14.ルナリークとルクレティオ
それは、衝撃的な瞬間だった。
アドレアの知る少女にそっくりな少年が、あろうことか、ウェストカーム王国の王子ルクレティオとして目の前に立っているのだから。もっと正確に言えば、少女が男装したときの姿そのままと言っても良い。
そしてそれはつまり、アドレアの知る少女が、この国の王女ルナリークだった、ということの証明にもなる。
「どうかされましたか?」
驚きのあまり固まってしまったアドレアを気遣うようにルクレティオが声をかけてきた。アドレアは動揺を悟られまいと、慌てて笑顔を取り繕って、首を横に振った。
「なんでもありません」
アドレアはそう言い切ってから、ちらりと父を見た。
父には例の少女と出会ったことを話していない。だからこの場でルクレティオに驚いた訳を正直にはなすわけにはいかなかった。おそらくアドレアの行動自体に父が何か言うことはないが、どちらかといれば、アドレアと出会ったルークと名乗った少女の方が、父に知られると困るのではないだろうか。
「なるほど……ルーク……」
アドレアはルークという名を思い返して、彼女がそう名乗ったわけを悟った。全くの偽名ではなく、おそらくルナリークの愛称なのだろう。
「ところで、ストラーテン侯爵はこの後は、ソランデルとお会いになられる予定ですよね?」
「はい。ソランデル閣下と交易についてお話ししたく……」
「それでしたら、アドレア嬢をお借りできませんか? 私には双子の妹がいまして、同年代の子と関わるのは珍しいものですから、喜ぶと思うのです」
アドレアはルクレティオの提案に嬉しい気持ちと、慌てる気持ちとが入り混じった複雑な感情がこみあげてきた。アドレアとしてはルークに会いたいところだが、彼女は自分の出自がバレるのは避けたいのではないだろうか。
しかしアドレアのそんな戸惑いをよそに、父はぱっと顔を輝かせた。
「それはそれは、アドレアにとっても貴重な機会です。どうぞお連れください」
「……ありがとうございます。私もルー……ルナリーク殿下とお会いできるのが楽しみです」
あやうくルークと言いかけたところをどうにか誤魔化したアドレアは、ルクレティオに対しては、内心の動揺を押し殺して微笑んで見せた。
ルクレティオは一瞬、かすかに唇の端をあげたように見えたが、すぐにもとの穏やかな笑みに戻り、父の許可を得て、アドレアを連れ出した。
ルクレティオの案内で再び生け垣の迷路の中に入り、ルクレティオの護衛の騎士を除けば、アドレアとルクレティオの二人きりになったところで、彼は茶目っ気たっぷりな表情でアドレアを覗き込んだ。
「さっき、ルークって言いかけたでしょう」
「あ……」
ルクレティオの言葉が図星だったため、アドレアはどう返答してよいか分からず、思わずしまった、という顔をしてしまった。するとなぜかルクレティオがくすくすと笑いだし、安心して、と続けた。
「ルークは僕にアドレア嬢のことを聞かせてくれていたから、二人が会ったことを知ってたんだよ。とはいえ、ストラーテン侯爵には言ってないようだから、さっきの対応で正解だったとは思うけれど」
「殿下はご存じだったんですね。……よかった。私の不注意でばらしてしまったかと」
「知らなければ、さすがに勘づくことはなかったんじゃないかな? こっちだよ」
複雑な迷路を抜けた二人は、今度はこじんまりとした建物の前に出ていた。丸い変わった屋根が特徴的な、建物で、壁のレンガも鮮やかな黄色でかわいらしい雰囲気だ。建物の周りには、美しい花々が整然と並んで咲いている。
ルクレティオはその建物に近づくと、振り返ってアドレアの方を向いた。
「ここは母上が生きていた時に気に入っていた場所なんだ」
ルクレティオはどこか懐かしむような表情を見せた後、美しく咲く花に目を向けた。
ルナリークとルクレティオの母であるウェストカーム王国の王妃は、二人が幼少の時に亡くなっていると聞く。セントレア王国には病死と伝えられているが、あまりに急逝したことから、不穏な噂も漂っている。
実際の死因が不明だなんて、やっぱり王家は物騒だ。とアドレアは幼いながらに思ったのでよく記憶している。その件の王妃が好きだった場所、ということは、ルクレティオとルナリークにとっても、母との思い出の場所なのだろう。
「素敵な場所ですね」
「ありがとう。さあ、中に入ろ――」
ルクレティオが言いかけた時だった、扉が勢いよく開かれて、建物の中から一人の美少女が出てきた。
褐色のすべらかな肌に、つややかな長い髪、そして美しいルビーのような赤い瞳が印象的な少女だ。そしてその姿は、アドレアの隣にいるルクレティオにそっくりな姿をしていた。
「殿下、お待ちを……!」
勢いよく出てきた彼女の後ろから追いかけてきたのは、鋭い氷のような冴えた美貌を持つ少年が出てきた。彼は服装から見て、騎士だろうか。ルクレティオについている騎士と同じ制服を着ており、帯剣もしていることからおそらく間違いないだろう。ただ、やや歳が若いのは気になるが。
「カーティスはついて来ないで!」
ルナリークはまだアドレアとルクレティオに気づいていないのか、後ろを振り返ってそう叫んだ。
カーティスはどうやら二人に気づいたような表情を見せたが、ルナリークは後ろを向いていて気づいておらず、カーティスとの話を続けている。
「騒がしくてごめんね。……カーティスとは幼馴染で、二人は仲がいいけど喧嘩も多いんだ」
ルクレティオはやれやれといった表情をしたあと、後ろからそっと近づき、ルナリークの肩に手を乗せた。
「ルーク。彼女が驚いているよ」
「彼女? 彼女って誰――」
ルナリークはぱっと黒髪をなびかせて振り返ると、アドレアの存在をようやく認識したらしい。一瞬目を丸くしたあと、先ほどまでの不機嫌な様子とは打って変わって、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「アドレアじゃない! 久しぶり! ……って、ここにいるってことは、私のこと、バレちゃったってことかしら?」
ルークはどうやらアドレアが心配していたほど、自分が王女だとばれたことに抵抗がないようだ。その様子に安心したアドレアは思わず微笑んだ。
「久しぶりね、ルーク。あなたが王女だったなんて驚いたわ。……こんなに砕けた話し方でない方がいいのかしら?」
初めて会った時は、まさか王女だとは思っていなかったので、砕けた口調で話していたが、一応、一国の王女と他国の一貴族という立場だ。父のこともあるし、許可を取る必要があるだろう。
アドレアはそう思って言ってみたが、ルークは首を横に振って言った。
「あら、大丈夫よ。全然、そのまま話して頂戴。ティオ……ルクレティオにも敬語なんて使わなくていいわよ。私が許可するわ」
「いや、さすがにルクレティオ殿下にまでそんな口調で話すのは……」
「僕も気軽に話してくれた方が嬉しいよ。ルークの友人は僕の友人だからね。ティオと呼んでくれていいよ」
「そうよ。ほら、アドレア。遠慮なんていらないんだから」
「それなら……そうさせてもらうわ。よろしくね、ティオ」
ためらいながらもアドレアがそういうと、ルナリークとルクレティオはそっくりな表情でアドレアに笑いかけた。まるで鏡写しのような二人に、双子というのはこういうものなのかと、なんだか不思議な気持ちになってきた。
「どうしたの、変な顔をして」
ぼうっと二人を見つめていたら、ルークがアドレアの前でひらひらと手を振った。
「あ、ごめんなさい。双子って初めて見たから、なんだか不思議な気持ちなの」
「ああ。そっくりでしょ? それに私の男装もレベルが高かったと思わない?」
ルークはティオの肩に手を置いて首を傾けてティオと顔を並べた。本当に見れば見るほどそっくりだ。唯一違うと言えば、瞳の色が、ルクレティオは青いことぐらいだろう。しかし瞳の色など、よく見ないとあまり分からないものだ。
「ええ。正直、あのとき女の子だと分かっていなかったら、たぶん、今日ティオに向かって久しぶりって言ったと思うわ」
「そうよね。けっこう城内でも本気を出せばバレないのよ」
ルークはパチンと片目をつぶると、何かを思いついたのか、パンと手を立てていて言った。
「あ、そうだ。これから街に行こうと思ってるの、アドレアも行きましょうよ」
「殿下、ですから街に行くのは……!」
はしゃいだような様子のルークを止めたのは、ルークの後ろにいたカーティスだった。




