13.そっくりな人
ウェストカーム王国の王都セイレーンは、通称水の都と呼ばれる街だ。
昔から戦乱の多いこの国では、過去数百年の間で、何度か王都セイレーンも戦場となったことがある。そのためか、王都セイレーンは街全体が要塞として機能するように作られており、町中のいたるところに水路と跳ね橋が設置されている。それは市内の住民の動きをやや制約するものの、いざこの町が戦火に飲まれた時には、敵の軍の足を止め、大軍を細分化するためにある。
要塞としての機能は平時でも徹底され、夜はすべての跳ね橋があげられ、住んでいる市民でさえ、無数にある跳ね橋のうち、どこが明日はかかり、どこが上げられたままになるか知らないらしい。それだけ徹底されたこの街は、数度、戦火に飲まれても、街の最奥にあるパトリシア城が落とされたことはないのだという。だからこそ、ウェストカーム王国は長い間、西の大国として国を維持してこれたのだ。
アドレアの乗る馬車も、例に漏れずこの国の跳ね橋の不規則さの洗礼を受けた。橋の傍に立つ兵士が、近くの橋で、今日かかっている場所を教えてくれるため、それを聞きながら馬車の進路を決める。また、馬車が一台ずつしかすれ違うことができないため、他の馬車との兼ね合いもみながら誘導されるようだ。
「さすがだな、セイレーンは。そういえば、アドレアはなぜ、パトリシア城が女性の名前をつけられているか知っているかい」
馬車の窓から、御者と兵士のやり取りを見ていた父は、嘆息をついた後に、アドレアに問いを投げかけてきた。アドレアは自分の中の記憶を掘り起こすと、父の問いに答えた。
「答えは、城を建設した時の女王の名前が、パトリシアだった。ではありませんか?」
「惜しい。正確には、軍事を強化し、かつて最もウェストカームの版図を拡大した女王の名をあやかってつけた、だね」
「なるほど。ですが、パトリシア女王の名は、あまり史書に出てこないような……?」
「パトリシア女王は、通称はルナリークとして知られている。ただ、女王本人がルナリークという名前を気に入っていなかったため、ミドルネームである、パトリシアの名を城には付けた、とされているらしい」
女王ルナリークと聞けば、アドレアはピンと来た。ウェストカームではその女王の人気が高いから、女の子にルナリークと付ける親が多いのだとか。
世界史にうとくとも、女王ルナリークの名前は知っている人が多いほど、歴史上の偉人として有名な女性である。しかしまさか、その女王が自分の名前を嫌がり、ミドルネームを用いていたとは知らなかった。
「ちなみに、今の王女殿下の名前も、ルナリーク王女殿下だ。双子の王子がルクレティオで、こちらも、かつて偉業を成し遂げた国王の名からとっている」
「お会いできるのが楽しみです」
隣国の王女や王子に興味があるのはもちろんだが、アドレアは双子という存在に実際に会ったことがなく、双子という神秘の存在に会うのが楽しみなのもあった。
双子は本当に顔がそっくりだったり、相手が考えていることがわかったりするのだろうか。学術的には、双子がどういうものかを知っているが、双子にまつわるさまざまな逸話は、アドレアの興味をひいてやまなかった。
「今日、お会いできるはずだよ」
父はそういうと、穏やかに微笑んで、再び馬車の外に視線を移したのだった。
幾つの水路を越えたか分からなくなった頃、ようやく、馬車はパトリシア城の城門前までたどり着いていた。
パトリシア城は、女性の名前がついているのにもかかわらず、物々しい雰囲気の城だった。
不要な装飾を廃し、敵の侵入を防ぐ機能性だけを追求した城は、ある意味で洗練されているが、豪華絢爛とは言い難い。女性名がつくぐらいだからもう少し華やかなのかと思ったが、まったくもってそうでもない。やはり女王の身近な人間にとっても、ルナリークという女性は、力強いイメージが強かったのかもいしれない。
城門をくぐってしばし馬車が進んでいくと、驚いたことに再び城門が現れた。城門があるということは、それは城壁がその数分あるということだ。
一つ目の城門から二つ目の城門は、主に使用人が住んでいる街があり、王族が住んでいる居住部にたどり着くまでには、なんと五つの城壁を超えないといけないらしい。こうして考えてみると、セントレア王国の王城は警備という面で言えばザルだなとアドレアは思った。
セントレア王国の方が、王族が住んでいそうな華美さはあるが、万が一戦火が及んだら簡単に崩落するだろう。それは、セントレア王国が長い歴史の中で、国土を戦火に巻き込まないような政策を意識的にとってきたことにも起因する。
国の歴史が違えば、文化も変わってくるのだということを、改めて実感したアドレアは、三つの壁を越えたところで馬車を降りた。基本的に外部からの賓客は、三つの壁を越えた部分でもてなされるらしく、それより内部に入れるのは、ウェストカーム国民でもごく限られたものだけのようだ。
馬車から降りると、二メートルほどの生け垣で作られた迷路を案内された。生け垣の通路は広いが、道がとにかく複雑なので、置いていかれたら確実に迷うような作りになっている。おそらくこれも、客人をあえて迷路をとおして案内することで、城内の位置関係を正確に把握できないようにしているのだろう。誰が最初に考えたのかわからないが、防衛という観点では効果的だ。
嘘か本当か分からないが、この国の防衛意識を感じさせられる逸話として、ウェストカーム周辺諸国でささやかれているのは、ウェストカームの地図として世に流布しているものは、実は複数
パターンがあり、どれも真実が描かれていない、というものだ。市街図を正確に把握されるということは、敵に戦略を立てられやすいと同義である。そのため、ウェストカームの地図で流布しているものを突き合わせてみると、色々な場所に齟齬が生まれているのだと言われている。
実際には、地図には版があるので、作成日がずれたから発生しているのでは、と言われているが、これに対してウェストカーム王国は公式見解は無言を貫いているので真偽のほどは分からない。
そんなことをぼんやりと考えながら歩いていたアドレアは、自分の前を歩いていた父が歩みを止めたことで、ようやく迷路をぬけ、目的地に着いたのだと理解した。
「ようこそお越しくださいました。ストラーテン侯爵」
男性にしては少し高めのよく通る声が、父に声をかけた。アドレアはその人物が誰かわからないため、ひとまずは後ろに控えて父が返答するのを待つ。
「御自らお出迎えいただき恐縮です、ルクレティオ殿下」
真後ろに立つアドレアからは父の表情はみえないが、声だけでも父が驚いているのが分かる。本当はこのタイミングで王子が出てくる予定ではなかったのだろう。
それにしても、ルクレティオとはどんな人物なのだろうか。アドレアは自分が紹介されるのをそわそわとしながら待った。
「ルクレティオ殿下、こちらは娘のアドレアです」
「ご紹介に預かりました、アドレア・ストラーテンと申します」
アドレアは一歩進み出て、一礼を取った。そしてゆっくりと顔を上げる。
「……っ」
顔を上げて視界に飛び込んできたものを見て、普段は社交の場でのポーカーフェイスに自信のあるアドレアだが、この時ばかりは、驚きを隠せなかった。
そこにいたのは、自分の知っている少女にそっくりな少年だったからだ。




