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アドレア・ストラーテンは怠惰に生きたい  作者: 如月あい
2章 アドレア・ストラーテンの迷い

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12/20

12.父の思いを知る

 ウェストカーム王国はセントレア王国の西に位置する国だ。

 ウェストカーム王国はセントレア王国とは昔から友好国として交流があるが、ウェストカーム王国の更に西にある大陸西方諸国とは、紛争を繰り返している。ウェストカーム王国はこの大陸の中で一番と言っていいほどの数の国と面しており、頻繁に国境が書き換わる。ウェストカーム王国は軍事国家でもあるため、併合の危機に瀕したことはないが、争いの絶えない国なのだ。

 ある意味では、ウェストカーム王国が大陸西方諸国との盾になっているおかげで、セントレア王国は長い間戦火を浴びることなく、平穏な暮らしを守ってきた。ウェストカームとしても、セントレア王国が安定的に食料を供給し圧倒的に兵站での有利を獲得することで、西方諸国との紛争に勝ち続けてきた。

 だからお互いにこの利を維持すべく、盛んな交易や、王侯貴族の留学を繰り返すことで、関係性を保ってきた歴史があるのだ。

 文化では、ウェストカームとセントレアはそこまで大きな差はないが、しいていうならば、ウェストカームの人間の方が人間関係において、社交性があるように感じる。それは、隣接する国の数が多すぎて、自国にも多くの異国の人間が住んでおり、他民族を受け入れつつ発展してきた背景があるのだろう。


「アドレア。夕方ごろには、ウェストカームの王都、セイレーンに着く。今日は着いたらそのまま支度をして、夜会に出てもらうから、その心積もりをしておいてくれ」

「分かりました。今回は二週間ほど滞在すると聞きましたから、楽しみです」

「自由に過ごせる日も多いから、街を楽しみなさい」

 アドレアにとって、この父とともに過ごす外国での日々は、セントレア王国にいるときと比べて、非常に自由度が高いことが多かった。国内ではどうしてもアドレアの顔を知られているため、必ず誰かと一緒にいないと警備上の問題になり、騒がれることが多いのだが、他国ではそうでもない。

 もちろん治安の悪い国では自由に出歩けないし、制約がかかることも多い。しかしウェストカーム王国は、軍の統制が強く、見回りも多いため、セントレア王国よりもよほど治安はよい印象だ。

 そのため、父も、滞在している街の中であれば、アドレアが自由に一人で行動することを許してくれている。ただ、そういう事情があるにせよ、セントレア王国内ではアドレアの単独行動に厳しい父が、どうして他国では許してくれるのかが、不思議だった。


「……父上は、どうして一人で行動することを許してくださるのですか? 国内では厳しいのに」

 馬車に揺られながら、アドレアは向かいにいる父にそう尋ねると、父は少し驚いたようにアドレアを見て言った。

「私はもともと、そんなにアドレアの行動を制約する気はないよ。子どもは自分の足であるいて、自分の目でいろんなものに触れた方がいいと思っているからね。だから昔から言っているだろう。ステリアには内緒だと」

 なるほど、どうやら母の意向のようだ。ステリアには内緒、という父のセリフは、確かに何度も聞いたことがある。アドレアは素直に父の言葉を受け止めて、母に漏らしたことはなかったが、もしそれを漏らしていたら、今のアドレアの自由は失われていたかもしれない。

 そう思うと、父が母の目の届かぬところでアドレアに自由をくれたのも合点がいく。そこまで考えて、アドレアはある考えに思い当り、父に尋ねた。

「まさか、サラを含めて侍女を連れてこないのって……?」

「そうだよ。誰がステリアの息がかかっているか分からないからね」

 父は茶目っ気たっぷりにそういうと、片目をつぶって見せた。

 母が外交の場に来ないのは、馬車酔いがひどいからだと聞いているが、まさかアドレアの侍女も連れていくことを禁じられていたのは、そういう理由だったとは。

「アドレア。お前はステリアによく似て、美しく、合理的な思考の持ち主だが、根本の性格は私によく似ていると思っているんだよ」

「ご、合理的な思考……」

 確かに母ステリアは、無駄なことが嫌いな人だ。また、自分が嫌なことでかつ必要のないことは、絶対にやらない人でもある。馬車酔いするからと言って、新婚旅行すら、近場の場所を選んだらしい。なんなら母はいかなくてもいいとまで言ったらしいが、父がなんとかなだめすかして、旅行を実現したとか。

 その母に似ていると言われると、確かにアドレアはそういう気質があるかもしれない。自分の興味のあることはやるが、自分の譲れないことに関しては、どこまでも頑固だ。だからこそ、レオンとの婚約破棄にこだわっているのだから。

「確かに母上の合理的なところは、私もよく似ていると思いますが、私が父上と似ているというのは?」

「ステリアは貴族としてこうあるべきだ、という考えをもとに、努力を惜しまないだろう? 根本的にあれは努力家で生真面目だ。ただ……アドレアは、見かけは同じように見えるが、根本的には違うだろう? どちらかといえば、面倒事を避けるための手段として、面倒にならない程度に義務をこなしているだけだ」

 父の正鵠を得た言葉に、アドレアは思わず言葉を詰まらせた。うすうすばれているかと思っていたが、まさか本当にここまで見抜かれているとは。

「私は、もともと窮屈なことが嫌いでね。好奇心も強いし、侯爵家の当主になるのも、昔は気が進まなかったものだ。アドレアも、レオン殿下が嫌、というよりは、王子妃という立場が気に入らなくて、王子に冷たくしているんだろう?」

「それは半分正解で、半分間違いです。今は確かにレオンのことがすごく嫌なわけではありませんが、婚約した当初は、レオンのことが嫌だったから、冷たくしたんです。……って、あ」

 アドレアはそこまで行ってから、レオンに冷たくしていたことを認めてしまったことに気づいた。しかし言ってしまったものはもう戻すことはできない。

 父はアドレアの本音を聞けたのが嬉しかったのか、にっこりと笑って言った。

「まあ、アドレアの態度はあからさまだったからね。最近は、本音を隠すのが上手になって、さみしいぐらいだ」

 四年もあればアドレアだって成長する。

 確かにレオンと出会ったあの頃は、感情のコントロールができなくて、思わず表情にも態度にも出してしまっていたが、最近はコントロールする気があるときは、できるようになった。レオンにはもう今更だと思い、レオンの前でそれをやることはあまりないが。

「ただ……王子妃を嫌がった本当の理由は何だい? 確かに面倒事が多いというのはわかる。アドレアが、平穏にできるだけ楽をして暮らしたいのなら、王子妃じゃない方がいいだろう。それにしたって、アドレアは少々、嫌がりすぎだと思ったんだ。仮にもストラーテン侯爵家に生まれたのだから、身分がつりあわない、というわけでもない」

 父が疑問に思うのも分かる。アドレアは貴族の家に嫁ぐ気はあるのだから、それが王子に変わったとして、本当にそこまでしがらみが増えるのか、面倒事が増えるのか、ということに疑問があるのだろう。

 ストラーテン家の娘が嫁ぐような家では、確かにそこそこの義務を抱えていて、王子の妃ほどではないにせよ、人付き合いや仕事も発生するのは目に見えている。

「セントレア王国で重婚を禁じた理由は、王家の乳児死亡率が平民よりも高かったから。という史実を読みました。人の権威への欲望は、恐ろしいものです。それなのに、今の王家は男児が少なく、レオンの立場は微妙なものだと理解しています。本人が望まなくとも、彼は権力争いの渦中にいる人間。私は……巻き込まれたくはない」

 おそらくレオンとの婚約を嫌がった本当の理由を、初めて他人に話した気がする。婚約した当初からこの考えは変わっていないが、あの頃に話していたら、きっと、大人たちにたしなめられただろう。王家で血なまぐさい事件が起こっていたのは一昔前のことなのだと。

 でも今のアドレアが言うのなら、きっと、父はそうやって簡単には誤魔化さないはずだ。そう思ってじっと父を見つめると、アドレアの言葉に対して何かを考えている様子だった。一笑に付されなかったことに安心したアドレアは小さく息を吐いた。

 こうして父とゆっくり話し合うのは久しぶりな気がする。父は仕事で忙しい上に、アドレアも両親がいないと寂しいという可愛げのある子どもでもなかった。そのため、こういう時でないと、父とゆっくり会話をする機会はないのだ。

「王家の男児が少なくて、情勢不安なのはアドレアの言う通り間違っていないよ。エイブラム殿下は非常に優秀で次期国王としての素質のある方だが、ある意味では、その完璧さがゆえに付け入りづらい存在でもある」

「国王は必ずしも、完全無欠の存在でないほうが都合が良いものもいる……嫌な話ですね。普段は優秀な国王の台頭を望んでいる癖に」

 人間の汚さの根底には、やはり欲があるのだとアドレアは思う。

 みんな自分の身が可愛くて、他人のことはどうでもいいのだ。そんな人ばかりだから、王家の子どもは死にやすいし、王家に連なるものは常に魑魅魍魎とした世界で生きることを強いられる。

「でも……個人的に、レオン殿下は、アドレアの婚約者として申し分ない方だ、と私は思うよ」

「どうしてですか?」

「それは、レオン殿下がアドレアのことを……いや、それは本人から聞いた方がいいな。とにかく、私はレオン殿下を応援している。アドレアが、心からこの婚約を望んでくれると、私も安心できるよ」

「心から望む……。そんな日は、来そうにもありませんけどね」

 父には申し訳ないが、父が望む日は訪れないだろう。アドレアはなんとしても第二王子妃になることは避けたいのだから。



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