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アドレア・ストラーテンは怠惰に生きたい  作者: 如月あい
1章 レオン・セントレアを認めるまで

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10/20

10.この拒絶はあなたのため

 レオン・エメラルド・セントレアがアドレアの婚約者となってから四年の月日がたった。当時十歳だったアドレアは十四歳となり、レオンは既に十六歳を迎えた。

 さすがに四年も月日がたてば二人を取り巻く状況もかわる。特にレオンは、半年後から始まる学校の入学準備でとにかく忙しそうだった。

 セントレア王国では、王族や貴族問わず、十七歳になる年から十九歳になる年まで、上級学校に行くことが義務付けられている。いままで家庭教師をつけて学んできたことに加え、社会での立ち回り方を学ぶためだ。セントレア王国第二王子であるレオンも例には漏れない。

 現に、レオンの兄にあたる第一王子は既に学校に通っている。とても優秀だと評判で、レオンも尊敬している様子がうかがえた。

 そんな状況なので、半年後から始まる学校の準備と、学校に行っている間には勉強しづらい王族としての執務にまつわる勉強が忙しいのか、最近のレオンはアドレアと会うときいつもやや疲れた表情を見せていた。

 しかしそれでもレオンはあの日からずっと、一週間に一回会うという約束を守り続けている。その約束は今まで一度も崩されたことはなかった。


 そして今日は、アドレアが王城に来ていた。

 最近のレオンは疲れている様子のため、もう少し会う頻度を減らしてもいいとアドレアは思っているのだが、レオンはそれをかたくなに拒否した。アドレアは昔ほど、頻繁に婚約破棄したいとは言わないが、レオンはそれを言い出されるのを嫌って、会う頻度を落としたくないのだろう。

 正直に言って、虫よけのための婚約としてはもう期間が長すぎて、レオンは本当に虫よけだけのつもりなのかと疑い始めている。のらりくらりと躱され続けたら、本当にこのまま結婚してしまいかねない。それだけはなんとしてでも避けたいところだ。

 しかしアドレアは、今ではさすがにレオンのことを嫌っているわけではない。少なくとも、友人とは少し違うが、その程度には親愛を持っているつもりだ。

 だからレオンが具合が悪そうだったら普通に心配するし、彼が弱っている時に、彼が嫌がることを積極的にするのは気が引ける。レオンが嫌がるのに、無理に会う頻度を減らすことはできないのだ。

 

 いつもの庭園の一角で待っていたアドレアだが、レオンはなかなか姿を現さなかった。おそらくやることが山積みで、時間がかかっているのだろう。

 アドレアは特に予定があるわけではないから、別に待たされるのは構わないのだが、レオンがここまでアドレアを待たせるのは珍しいので、少し不安になってしまう。気晴らしに庭園でも見て時間をつぶそう。そう思って、アドレアが立ち上がった時だった。

「アドレア様」

 いつもレオンについている従者、テオバルトが何やら慌てた様子で、アドレアの傍にやってきた。

「どうしたの?」

「殿下が倒れられたので、一緒に来ていただけませんか?」

「倒れた? レオンが?」

 驚いて問い返すと、テオバルトは真剣な表情でうなずいた。

「わかった。事情は歩きながら聞くわ」

 そういうとアドレアは城の方へと歩き出した。テオバルトはそのやや前を歩きながら、かいつまんで状況を説明してくれる。

「つまり、過労による高熱で倒れたということ?」

「医師の見立てではそうです。剣術の訓練を終え、着替えてアドレア様のところに向かわれる途中で、倒れられたときは驚きました」

「やっぱり疲れがたまっているのね」

 熱を出していたというのならば、朝から具合が悪かっただろうに、レオンはそれをずっと隠して生活していたということだろう。それはおそらく、今日、アドレアが城に来る日だったからだ。あの男はこの一週間に一回の約束を絶対に死守してきた。今日も何食わぬ顔でアドレアと会話して、一日を終える気だったのだろう。

 レオンはあまりアドレアに弱みを見せない。

 しかし倒れるほど弱っているというのに相談もないとは、なんだか自分がまったく信用されていないようで腹立たしかった。いくらアドレアだって、高熱を出した男が約束を破ったからと言って、その一回で婚約破棄を強要するほど冷酷ではない。これまで四年間、一度も破られたことのない約束なのだから。

 

 テオバルトに案内されたのは、レオンの私室のようだった。

 廊下に面した部屋はソファとローテーブルが置いてあり、そこからさらに二つ続く部屋の一番奥に、レオンの寝室があった。

 アドレアはこの四年間で初めてレオンの部屋に入るが、部屋は落ち着いたシックな印象で、無駄な飾りのないシンプルな部屋だった。ベッドの周りには人が囲んでいて、レオンの姿は見えない。

 ただ、そのシンプルな部屋のベッドサイドテーブルに、見覚えのある少し色の褪せた紺色の袋が置いてあってそれはアドレアの目に留まった。

 あれはおそらく三年前にアドレアがあげたポプリだ。レオンが律儀にとって置いているとは、正直に言って意外だ。あの場で喜んではいたが、まだ持っていたなんて。

「殿下のお加減は?」

 テオバルトが声をかけると、寝台の傍にいた医者と数人の侍女、それから騎士が全員視線をこちらに向けた。そしてその場を代表して医師が答える。

「熱はまだ高い状態ですが……安静にしていれば治るかと」

「それはよかった」

「私は席を外しますので、ないとは思いますが、万が一、容態が急変するようなことがあればお呼びください」

 医師はそういうと席を立ち、部屋から出て行った。それに従って、なぜか侍女や騎士たちもテオバルトとアドレアを残して部屋から出て行く。

「アドレア様、こちらへどうぞ」

 アドレアはレオンのベッドの傍においてあるクッションのよく効いた椅子をすすめられて、そこに座った。そしてようやく、レオンが眠っている様子を視認できた。

「私もしばし外しますので、殿下を見ていていただけますか?」

「いいけど……私は大して役には立たないわよ?」

 アドレアはストラーテン侯爵家の娘として育ち、他人の看病なぞ今までの人生でやったことが全くない。病人の傍にいても、最も役に立たない女である自覚はある。

「殿下はアドレア様のことを気にされていたので、できれば、目が覚めるまで、傍にいて差し上げてほしいのです。殿下はそれだけを気にされていたのですから」

 しかしテオバルトはそんなアドレアの心配をよそに首を横に振ると、アドレアがそばにいることが意味がある、というような言い方をした。

 実際にレオンがそれで喜ぶのかどうかはおいておいて、アドレアは単にレオンが心配だったので、傍にいることを決めた。

「これ、額に当てている布、乾いたら水にぬらすの?」

 そばに水のはったボウルと、飲料用の水がそれぞれ置いてあるのを見て、アドレアは問いかけた。

「はい。それは侍女がやりますが……」

「いいわ。さすがの私でも、この布をぬらして当てておくぐらいのことは造作もないもの。それで、他に気を付けることは?」

「静かに眠っておられるときはよいのですが、ひどく咳をされたり、呼吸が荒くなったりしたら、呼んでいただけますと幸いです」

「そう。分かったわ」

 そんなに難しくないことだったので、アドレアはうなずいてそれを請け負った。するとテオバルトは一礼して、本当に寝室から出て行ってしまった。

 残されたアドレアは、レオンの様子をじっと見つめた。熱があるからなのか、頬がかすかに赤みを帯びている。額に当てられた布を試しに触ってみると、体温からか非常に熱くなっていて、アドレアはそれをボウルに浸して、温度を下げた。そして固く絞ると、額にもう一度そっと乗せる。

 レオンがあまりにも静かに眠っているので、そっとレオンの首に手を当ててみると、汗をかいているからかややしっとりとしていて、触れた場所からは熱が伝わってきた。

「あど……れあ?」

 アドレアが触れたことで目を覚ましてしまったのか、レオンが目を開け、かすれた声でアドレアの名を呼んだ。

「レオン、眠っていて。無茶しすぎなのよ」

 アドレアはそういうと瞼にそっと手のひらを翳した。

「すま……ない」

「謝ることはないわ。誰だって風邪をひくものよ」

 意識的に優しい声を出すように努めたアドレアは、レオンが眠りにつけるよう、瞼の上に手をかざして光を遮り続けた。それが効果的だったのか、もともと半覚醒だったからなのか分からないが、レオンは、しばらくするとすぐに眠ってしまった。

 アドレアは一度はレオンに顔を見せたことに満足すると、椅子から立ち上がった。

 そしてふと、ベッドサイドにある紺色の小さな袋に目が留まった。アドレアはそれをつまみあげると、袋のひもを緩めて香りを確かめた。かすかに香るような気もするが、四年も経っているから、香りが薄れてしまっている。

 こんなに長い期間持っていてくれるなら、香りは復活させた方がよいのではないだろうか。おそらく袋の中身を取り換えれば、元のような華やかな香りが戻るはずだ。

「レオン、これ、一時的に預かるわよ」

 絶対に本人に届いていないだろうと分かっていながら、アドレアはそう声をかけると、袋を持ち、部屋の外に出た。

「アドレア様、どうかされましたか?」

「レオンが一度目を覚ましたの。ゆっくり休んでと伝えて顔を合わせたから、後の看病はお任せしても良いかしら?」

「かしこまりました。そういうことでしたら」

 テオバルトがそういうと、侍女やその場に控えていた侍従が動き出した。

「それと、一つあなたに頼みがあるのだけど」

「私にですか?」

「国王陛下に言づけてくれない? レオンとこれから三カ月間、会わないことにしたいと」

 テオバルトの表情の変化は劇的だった。

 先ほどまでは穏やかな笑みを浮かべていたというのに、アドレアの言葉を聞いた瞬間、まずはさあっと顔が青ざめ、次に動揺を隠せぬ様子で言った。

「殿下は熱にうなされているので、もし殿下がお気に障るようなことをしたにしても、どうか寛大になってくださいませんか?」

 どうやらアドレアとレオンが喧嘩でもしたと思っているらしい。さすがのアドレアもそこまで大人げなくはない。

 四年前ではあるまいし、アドレアもすでに十四歳でそこそこの分別はつく。

「違うわ。レオンが何かしたわけではないわ。レオンのために提案しているのよ。最近のレオンはいつも疲れた様子で、休まっていないように見えたわ。私と会う時間があるなら、眠った方がいいと思ったの。体調不良が癖づいてもいけないもの」

「なるほど……ですがレオン殿下は……」

「レオンが嫌がるのは承知の上。それでも、レオンのためよ。こんな風に倒れてほしくはないの。あなたは立場上、自分の主の健康を考えるべきでしょう? レオンの許可じゃなくて、陛下の許可を取ってほしいのはそういう意味よ」

 テオバルトは迷っているようだった。レオンの心情を優先すべきか、身体の健康を優先すべきか。しばし考え込むように視線をふせ、そして何かを決意したようなまっすぐとした目でアドレアを見た。

「三か月……とおっしゃいましたが、三か月後は必ず、レオン殿下に会ってくださいますか?」

「ええ。約束するわ。私、約束を違えたことはないの」 

「……承知しました。陛下にお伝えします」

「ありがとう」

 その言葉を聞いてアドレアは安心し、思わずほっと安堵の息をついた。


 こうして、四年間ずっと守られ続けてきた週に一度会う約束は、ついに三カ月間、休止することとなったのだった。

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