消せない過去を消してみた─ブログサービス終了のお知らせ─
『本ブログサービス終了のお知らせ』
何度も開いたそのページを眺めながら、彼は感慨深く何度も頷いていた。
そのメールが指す終了日は昨日。
窓の外では近くの桜が、早くも満開を迎えていた。
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『本ブログサービス終了のお知らせ』
その知らせがが来たのは、うず高く積み上がった入道雲が空に浮かぶ頃であった。
Ziofeel。
あるネット会社が提供するブログサービスだ。
当時から既存のサービスと比較すると、開設から更新まで簡単であり、多くの人が好んで使っていた。
子供が日々育つ姿を誇らしげに紹介するブログ。
病気の解説をするブログ。
好みの本を紹介したり、アイドルを追っかけたり、農業の様子を見せたり、多くの人がブログによってその日々を記録していった。
そして彼は、イラストを日々書き連ね、ブログに公開していった。
画像は写真からスキャンに。
筆は鉛筆からペンに、そしてデジタルカラーに。
粗雑な描画は繊細で美麗なものに変わっていく。
今では目を覆いたくなるものも多いが、それまで彼が積み重ねたものの一端が、確かにそこにあった。
更新頻度は減ったものの、今も彼は更新を続け、イラストを公開している。
そして新米と言えどイラストレーターの肩書を得た彼は、新人小説家の挿絵という依頼を請け負っていた。
彼は作家にメールを送った。
「よう、お知らせ見たか?」
『見たぞ。いよいよ終わるんだってな』
送ったメールは、すぐさま返ってきた。ほとんどノータイム。
作家は同級生の友人であった。友人の作品の挿絵を、彼が担当しているのだ。
「いよいよあのブログも終わりなんだな」
『しょうがないだろ、もうこのサービス二十年経つんだぜ』
「そんなもんだったの?」
『最古参と言っても良いんじゃない?』
そんなに長かったのか。彼はただ、驚嘆していた。
「そんだけ長かったから会えたんだなぁ」
『俺たちの友情は、これがきっかけだものな』
友人はかつてブログにて小説を連載していた。
そこに、互いも知らない頃の彼が、応援にイラストを送ったのだ。
スキャンとはいえ鉛筆書き。今では赤面もののイラストを勇んで送りつけると、大層喜ばれた。
そして彼は気を良くして、何度もイラストを送った。
友人もまた喜び、返礼の小説を公開した。
そんなことが何度も続き、気づけば、愚痴すら言い合う程に仲良くなっていた。
かくしてオンラインの友達となった二人は、オフ会なるものをやってみよう、ということになったのだ。
そのとき初めて伝えた住まいが、隣街同士であった。
このときになってようやく、二人は同じ学校の隣のクラスの同級生だと知ったのだ。
「しかし消えるとなると……小説もSSも消えるのか」
『おなじじゃね?それ』
「違うのだ! というかお前が言うことか」
『てきとーやってたからなそこらへん。とりあえずなんでも保存してきなよ』
「そうだな…ああどれだけあるのやら」
『ブログ一括でやってくれるプログラムもあるみたいだし探せば?』
「そうする」
しばらく探し回っていて、ふとしたことが頭に浮かんだ。
そういえば、と。
「ブログ、移転先はどうする?FunCiteかそれとも足軽か」
『どこでもいいんじゃない?ジオ使ってたのも最初に使ったってだけだし』
「いやまあそうだけどさ、またこんな事なったら面倒じゃね?」
『そんときゃそんときよ』
「それもそうか」
仕事を進めながら、話は弾む。
あんな小説があった、こんな漫画があった。
保存するにたるであろう作品を、頭の奥から互いに掘り出しあって、その日は終わった。
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年も変わる頃もまた、イラストを書く。
ふと友人のブログを見てみるが、いまだZiofeelにそのブログがあった。
移転する、といった言葉どころか、更新もなかった。
友人がweb発の小説家として頭角を表したのは、大手の小説投稿サイトにその場を移してからだ。
彼も挿絵を投稿しては、喜ばれた。人気の一端を担っているのは確かだった。
この挿絵をたどって彼のブログを訪れる読者も多くいた。
しかし友人はこの投稿サイトとブログとの紐づけをしていなかった。
友人のブログと、この作者が同じというのは、ついぞ周知されることはなかった。
友人の作品が注目のweb小説として拾われた際、
彼の挿絵もまた拾われ、ともに作品として出版されたのだ。
コンビのアマチュアが同時に商業デビューというのは珍しいらしく、注目を浴びた。
それが幸いしたのか、小説は人気になり、五巻の発売も決まったのだ。
ブログはどうするのか、と友人にメールを出した。
一日もたってから、答えが返ってきた。
ずいぶんと遅い返事に困惑しながらも、メールを開く。
『俺はやめるよ。あれは所詮過去だ』
消えるに任せる、と。淡々とそう書かれていた。
ほんとにいいのかな、と『お知らせ』の注意事項をみる。
曰く、復旧は不可能、データは消滅します。
なんとないその文面は、ひどく冷たいもののように思えた。
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最終日。今日を超えると新年度。
新たな生活が始まり、多くの人が気を揉むときである。
彼もまた、気をもんでいた。
ペンを手に取るがどうも気が乗らない。
仕事だから、と言い聞かせることすらできない程であった。
友人のブログを確認すると、いまだZioFeelにそれはあった。
この一週間、毎日確認していた。移転した様子はどこにもなかった。
友人にメールしようかと思って、やめた。
代わりに、USBメモリにそのブログを保存した。
以前友人から譲られた根付のキーホルダーをくくりつけたUSBメモリだった。
他のサービスに移転する人がいた。
終わるなら、と足早にブログをたたみ、去っていく人がいた。
もはや忘れ去り、終わるということに気づかない人がいた。
もうどうでもいい、と手をつけない人がいた。
かくして誰もそうと気づかぬほどにひっそり、あっさりと日付が変わり、新年度がやってきた。
幾百万もの人々が積み上げた二十年は、0と1に消えた。
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”先生”から連絡が来た。
そっけないメールの文面をざっと見る。
──マシYen先生から。イラストの一部修正。
要項をまとめて書き込み、タン、とキーを打てば返信が送られた。
マシYen先生はネット小説で投稿を重ねた上で、新人賞でデビューしたというという新人作家だ。
彼はその初の商業小説の挿絵を担当している。
今と手をつけているのは、その第二巻のイラストだ。
記念すべき第一巻の売れ行きは好調、さらなる続刊も決まったというのだから、良いことだ。
イラストの評判も良く、胸が高鳴る。
メール曰く、一点ほどキャラの特徴を読み違えてしまったらしい。
何分今回から登場する新キャラクターだ。小さな箇所であるが、目立つ場所。
それでは批判にもつながってしまうだろう。
ふと喉の乾きを覚えて、コップに手を伸ばす。
掴もうとしたその指がなにかに触れた。
USBメモリだ。下がっているのは、どこで買ったかも覚えていない根付のキーホルダー。
「……なに入れてたっけな、このメモリ」
首をかしげて、差し入れてみる。
中身はどこぞのブログであった。だが、見た覚えはない。
──なんでこんなものを保存したのだろう?
考えても、答えは出ない。
中身の記憶がないというのなら、どうでも良いということだ。
このメモリにもデータを突っ込んでおこうか。
さて、と彼はペンを手にとった。
マシYen先生の注文に沿うように、イラストを修正していく。
マシYen先生とは何度か話をした。
彼が同じ学校の、それも隣のクラスの同級生であるというのは驚きであった。
かつてはその名前も、知ることはなかった。
意気投合はすぐだった。学生の時に会えなかったのはもったいなかった、と二人でいたく惜しんだ。
「もうちょい早く会えたらなー」
そんなどうにも成らないことを呟いて、カーソルを動かした。
イラストは完成した。
──保存、ファイルはUSBメモリを選択。
カーソルは『上書き』に重なった──