プロローグ
《アクティナ歴 965年》
全種族の頂点にして全知全能、圧倒的な力を持つ最高神アーレスによって作り出された大陸"アクティナ"は豊かな大地が広がり、多様な種族が共存する土地であった。
その中でも特に美しいと噂されていたのがランヴロスという場所である。
切り立った山道を何時間も登り続け、茨の道を進み、1面の氷の上を進めば見えてくるのは楽園。
透き通った水は精霊の加護を宿し、燦々と降り注ぐ陽光が暖かく土地を照らす。
そのおかげで辺り一面の色彩豊かな花々は一年中咲き誇っていた。
──しかし、それも今となっては過去の話。
ランヴロスはまるで時が止まっているかのように果てしない静寂に包まれている。
美しかった大地はその色を全てはぎ取られ、ただ1色に。
荒廃した大地には生命の息吹を感じ取ることが出来ない。
空は陽光を遮断するように重くどす黒い雲が覆い、かつて精霊の加護を受けていた流水は枯れ果てていた。
中心には銀色に輝く美しい槍が1つ。
そして、その槍に突き刺さったまま大地に横たわる2体の影があった。
闇をも支配する黒炎を司りし悪魔。
癒しの力を持つ天使。
地上のあらゆる種族から終焉の悪魔と恐れられた者と、幸せを運ぶと崇められた者。
決して混じり合うはずもない2体は息絶えながらもお互いを腕に抱き、そして静かに微笑んでいた。
突然その場の空気の流れが変化し、風が巻き起こる。
風は砂を巻き上げながら更に強くなり、槍に突き刺さったままの2体の服がバタバタとはためいた。
そして、静かになった風の渦から4体の種族も異なる者達が現れた。
のちの神話で彼らはこう語られている。
最強の魔獣 氷狼フェンリル
大地の覇者 精霊ティエラ
知識の暴食者 麗姿アネモス
神の守護者 鋼鉄アーイディオン
彼らは幸せそうに微笑み眠る白の天使ただ見つめている。
酷く心苦しそうな表情の反面、彼らの瞳には強い決意が宿っていた。
1人して涙を流す者はいない。
──しかし、彼らは知っていた。
これから彼女は輪廻、苦しみ続けることを。
ティエラが何もない茶1色の大地に手を翳すと、地面が震えそこに神殿が姿を現した。
アネモスは槍の周りに張られた何重もの魔法円に新たな線を付け加えていく。
その新たに付け加えられた線をなぞるように白い光が徐々に浮かび上がり、そして次第にあたりが見えないほどに輝き出した。
「おい、坊主。お前はまだ若い、帰ってもいいんだぜ?」
ティエラがまだ背丈が彼の半分程しかない少年、フェンリルに向かってその言葉を吐く。
今は人型のフェンリルだが、威嚇するようにその立派な牙をだし鋭い目でティエラを睨む。
「覚悟の上だ。ジジィは黙っとけ。」
敵意剥き出しのフェンリルにティエラは溜息をついたが、その後何も言うことはなかった。
「...フェンリル、ティエラ、アーイディオン。
もう一度言うが、この術をかければ今の肉体には二度と戻れない。そして、この力も失う。
それでも、君達は光を追うかい?」
アネモスの問いかけに対して3人は即座に頷く。
誰もが迷いなんて持っていなかった。
その様子を見て、アネモスは魔法円の方へ振り返り手を翳した。
「334のアギオアステールの元で我ら自らを捧げ1つの契りを結ぶ。
光の檻 届かざる幻影 永久なる空の壁 意志胸に刻むものが集う。」
その魔法円から飛び出す膨大な魔力に地面は震え、風圧が作ったばかりの神殿の壁にヒビを入れた。
「我ら主と共に死す者、悠久の時を廻り 希望の曙光カリスの光再び地に差すとき平穏なる障壁破り 守護者としての力蘇る。」
彼らは魔法円の内部に描かれた星の角にそれぞれが立ち、中心の槍にそっと手を触れ何かを呟く。
種族か、はたまた魔力の属性の違いからかそれぞれが包まれていく光の色は白から変化し更に強くなる。
彼らはその光に呑み込まれ跡形もなく消え去った。
彼らが去り、しばらくすると光も勢いを失い中心の槍に吸い込まれていった。
神殿の外にまで吹き出していた大量の魔力が消え、ランヴロスに再びの静寂が訪れる。
先程の魔力による風の威力で空を覆っていた雲は吹き飛ばされ、久しく顔を見せなかった太陽が大地を照らし始めた。
それでも、その土地に残ったのは巨大な神殿と中にある槍、そして静寂だけで陽光を待ちわびる生物さえ存在しなかった。