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魔王の娘と勇者

 勇者は自分が泊まる宿屋の一室に女給を招いた。

「参ったな、これだと勇者が美女を部屋に連れ込んだなんていう噂が広がるかもしれないね」

 勇者は狭い部屋の奥に進み、部屋唯一の窓から1度頭を出す。そして周囲を確認した後に窓を閉め、カーテンで光を遮る。

「そうですね。何でしたら、大きな声で喘いでみせましょうか?」

 女給も部屋の扉の内鍵をかけ、勇者の背中を睨みつけた。振り向いた勇者は呆れた表情を見せ、手にしていた剣を2人の間に設置されたベッドに投げる。

「生憎、魔物と交わる趣味はない。僕は人間だからね」

 女給も短剣をベッドに投げた。魔王をも倒した勇者と正々堂々戦っても勝てないのは明らかだったからである。しかし、女給は勇者の言葉を聞いて、おかしそうに笑う。

「そうですか。私の母は人間ですから、私は人間としても構いませんよ」

「君は混血なのか…なるほど」

 勇者は女給の顔をじっくりと見てから大きく頷いた。


「君は魔王の娘か」


 勇者が女給の顔を指さすと、女給はたちまち真剣な顔になる。

「その根拠を聞いても?」

「君のまとう魔力が魔王と似ている。そして、魔王は……人間の妻を持ったことで有名だからね」

 女給は溜息をついただけで否定することはなかった。

「では、ついでに。なぜ私の背後を取れたのですか?」

「僕は探知魔法で魔物の気配を探れるからね。街中に魔物が忍び込んでいるなんて危険だし、普段はすぐに殺しているよ。人々の安全のために」

「勇者に隙なし、というわけですか…いい心がけですが、どうせ死ぬなら1つ手合わせ願いましょうか?」

 女給…魔王の娘はベッドの上にある短剣をチラリと見た。すると勇者は片手で魔王の娘を制す。

「君の目的も理解した。僕を殺しに来たのだろう?」

 勇者はベッドに向かって歩きだし、短剣を魔王の娘に投げた。それを受け取った魔王の娘は短剣を抜いて構えるが、勇者は背を向けてベッドに腰を下ろした。

「やっぱりね。君の存在を探知してから、君は真っ直ぐに僕の方に向かって来たからね。用は最初から僕にしかなかったみたいだし」

 勇者は剣を掴むと、それを杖のように床についた。

「なぜ構えないのですか?私など取るに足らないと?」

 魔王の娘は素早くベッドに飛び乗り、背後から勇者の首に短剣を回した。しかし、それでも勇者は身動き1つ取らず、口角をゆっくりと上げた。

「正直言うと、僕は魔王と1対1で戦ったら100%勝てなかったと思うよ」

「一体何を…」

「僕は女神の加護を受け、この身に奇跡を宿したけれど、所詮は人間だからね。君の父は人間1人に負けるような魔物でもなかっただろう?」

「当然です」

 魔王の娘は即答する。勇者はそこで乾いた笑い声を出した。

「実のところ、単純な力比べでは魔王の幹部にすら1人じゃ勝てないんだ」

 魔王の娘は勇者の背中を見て、自分が出会った多くの魔物達を思い出す。すると、目の前にいる人間の勇者1人がいかに非力であるかが分かってくる。

「8年前、僕は魔王と戦った時に賢者を犠牲にした。彼は命を引き換えにして古代魔法を繰り出した。僕はそれによって消耗した魔王を他の仲間達と一緒になってトドメを刺したのさ。僕はただ、討伐隊のリーダーとして勇者を名乗ったにすぎない」

「………何が言いたいのですか?」

 勇者は肩越しに魔王の娘を見て笑う。


「僕1人ではおそらく……魔王の娘を倒すことはできないんだよね」


 ついに勇者は剣を手放す。

「盾役がいて、回復役がいて、強化役がいて…なんてね。僕1人だと、逃げ回るのがやっとだろうよ」

「つまり、あなただけを殺しても意味がないと?」

「その通り」

 勇者はまた大きく頷く。


「では、あなたはどうして逃げないのですか?」


 魔王の娘の問いに勇者は暫く考えて、ゆっくりと両腕を上げた。そして両手を広げ、手の甲を魔王の娘に見せる。

「ご覧よ。僕の手はこんなに赤いんだ」

 しかし魔王の娘は首を傾げた。なぜなら…勇者の手は何の変哲もない人間の手だったからである。

「この赤は、何度も何度も…何度も水で洗ったのに落ちないんだ。それでいて魔物を1匹殺す度にこの赤は濃くなっていく。薄くならないんだよ…どうしても」

 勇者は両手を擦り合わせ、拭い合い、固く結んで、また広げる。そしてその手を見て溜息をついた。


「僕はもう…疲れた」


 勇者は両腕を力なく下げる。

「僕は漁師の息子だったんだ。のどかな漁村に暮らしてた。そしたら親友がさ、裏山に神殿があるから探検に行こうって…10歳の頃かな。で、その神殿で女神様に出会ったのさ。そこで初めて魔物を殺したよ。死に物狂いだった。だからこそ…仲間を集めて魔王を倒す、その間中ずっと…その魔物が死ぬ瞬間の顔を思い出したんだ。最後の叫び声だって、今でも鮮明に思い出せる。僕はね…元々強い戦士じゃないんだよ」

「やめて」

「だから魔王を討伐した時、やっと楽になると思ったんだ。国から褒美をもらって故郷に凱旋して、そこでのんびり暮らせると信じていた」

「やめて」

「なのに…もらえたのは名誉だけ。僕の手はどんどん赤くなるし、それに比例して人々は僕に期待する。魔物を殺せ、殺せ、殺せって…対する魔物は僕に助けて、殺さないで、許さないってさ…」

「お願い…やめて」

「人々の笑顔が僕を追い立てるんだ。そして…その先はいつだって血の海で、魔物達が僕を見るんだ。真っ赤に染まった僕を…!」

「もうやめて…!」

 魔王の娘は勇者を引き倒し、その上体に馬乗りになる。そして短剣を持っていない左手で勇者の右頬を殴った。


「お前が被害者ぶったら、私達の恨みは誰に晴らせばいいのよ!」


 魔王の娘は声を荒げ、もう1度勇者の右頬を殴る。

「私の父はお前に殺された!偉大な父だった。誰よりも優しさと強さを知っていた。そんな父を殺したお前が…どうして被害者ぶれるのよ!どうして勇者が情けない顔をしているの!」

「……ごめん」

 勇者の絞り出した細い声に魔王の娘は首を横に振る。

「謝らないで」

「ごめん」

「謝らないでよ」

「…ごめんなさい」

 魔王の娘は短剣を振り上げる。

「お前みたいなのに殺されたお父様があんまりじゃない!」

 勇者の左目からは一筋の涙が溢れる。


「どうぞ僕を殺してください。僕を…助けて」


 魔王の娘は短剣を振り下ろした。短剣は勇者の左胸に刺さり、勇者はしばらく苦しんだ後に絶命した。


「助けてって…これじゃ彼を助けたことになるじゃないですか…私の復讐は…?」

 魔王の娘は勇者だった者から降りて、その者が持っていた剣を拾う。そして彼女は天井を仰いだ。


「こんなの…あんまりよ」

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