第八十三話
――話は十八年前から始まった。
トンマーゾはステラミリスと婚約を取り交わす。第一王女のユテラティーネの婚約も決まった。だがステラミリスは、サンチナドが何やら陰でやっているみたいだとトンマーゾに言ってきた。サンチナドは、国王のメルヒオルにえらく気に入られている人物だった。隣国の者と継ぐ者が結婚すると言う取り決めがなければ、サンチナドとさせたいと言っていたほどだ。
探りを入れたトンマーゾは何やら黒い石を密かに研究しているのを突き止めた。そしてコーデリアに魔法陣の情報を盗んでくるように言ったのも知る。それをステラミリスに伝えると彼女は、黒い石の事は伏せて魔法陣の事でサンチナドを問い詰めるも知らないと話すだけだった。
ステラミリスは、メルヒオルにその事を話そうと思っていた時だった。コーデリアがユテラティーネの婚約者ヘルムートと恋仲だと噂が流れた。トンマーゾ達は、先手を打たれたと慌ててコーデリアを逃がす。
こうなってはメルヒオルに何を言っても無駄だとわかっていた。彼は野心家だった。隣国ラミアズア国を配下に置きたいと思っている節もあった。もしかしたら魔法陣の件もメルヒオルが命じたかもしれない。
その後二カ国で話し合いが行われたが決裂した。そしてすぐさま戦争が起こった。いやラミアズア国の王と王子の処刑ですぐに方が付いた。しかも驚く事に魔術師の滅亡を企んでいたという体裁で処刑された。
サンチナドはメルヒオルに王女と言われるも、自分はそんな器ではないと適任な人物としてロムーアンドという男を紹介した。彼は勿論サンチナドの息が掛かった者だ。サンチナドは、これまで通りメルヒオルの相談役としての立場を確立する。
王女の婿がお飾りなのはサンチナドは知っていた。より良い魔術師の子孫を残す為の存在だったからだ。
戦争から一年程で、ユテラティーネとロムーアンドが結婚するも王位は継承されなかった。そしてトンマーゾは、メルヒオル直々に婚約解消を言い渡された! 絶対にサンチナドが手を回したに違いないが従うしかなかった。
ほどなくしてサンチナドが指揮を取る魔術師の組織チミキナスナが結成される。組織では国民から組織の一員になる者を募集した。それは敗北した元ラミアズア国の者からもだった。魔術師の世界の復活を密かに掲げたサラスチニ国は、賛同する元ラミアズア国民を歓迎して迎え入れていた。
その組織に自らトンマーゾは志願した。反発するよりはいいだろうという考えからだった。また魔術師の復活は、トンマーゾにとっても別に悪い話ではなかった。
その組織に当時十六歳のクレも志願していた。彼女はサンチナドに心酔する一人で、優しく強いステラミリスを慕っていた。
そんな彼女と組んでトンマーゾはエクランド国に送り込まれた。二人は年も離れている事もあり、知らない者としてそれぞれ潜伏する事になった。
暫くはそれぞれの当てがられた国に潜伏し、優秀な薬師の獲得と魔術師を探し出す事が役割だった。だが、エクランド国では優秀な薬師は沢山いたが獲得――つまり国へ連れ帰る事は困難だった。
薬師達は、この国で仕事が出来るのがステータスだからだ。わざわざ聞いた事もない国に行こうという者はいなかった。魔術師だって見当たらない。そもそもこの国は他国と違い思ったより警備が強化されていた。
薬師に関して言えば国にいる者達を手厚く保護している。仕事がないと言えば紹介もしてくれる。そして薬師達の管理もきちんとされていた。
魔術師の組織の存在は、暫くは知られてはならない為、目星をつけるだけで良しとされている。薬師獲得は、いずれ魔術師の世界が訪れる時に戦争になる恐れもあり、自分達側に優秀な薬師達を揃えておきたいという考えからだった。
魔術師の国とわかった時点でサラスチニ国と戦争する国などいないと思うトンマーゾだったが、命令に背く事も出来ないので、自ら薬師になりエクランド国に潜伏する事にした。
トンマーゾはステラミリスと定期的に連絡を取り合っていた。と言っても、彼女が精神体になって会いに来る形だった。その彼女に、クレがトンマーゾの監視をしているみたいだと教わる。彼の情報が入って来ているのをステラミリスは掴んだのだ。
トンマーゾはやっと何故あんな小娘と組まされたか理解した。クレはサンチナドにある事ない事吹き込まれ、一時期ステラミリスの婚約者だったトンマーゾの監視役にあてられたのだ。彼女もまた精神体で動ける体質だった。それにこの国にあてがられた理由もだ。手柄を立てられては困るからだ。どう考えてもこの国から薬師を連れ帰るのは無理だった。薬師の国から薬師を一人も連れて来られない。トンマーゾの株は下がる。
トンマーゾは当初、自分を認めてもらうつもりだった。だがそれは諦め、サンチナドの謀略を暴く事にする。ステラミリスと連絡を取り合っているのを知られては困る。監視されるのも動きづらい。そこで王宮専属薬師になる事を思い立つ。知り合いを作り後見人を確保する。そして一発合格を狙う。失敗すれば次はないからだ。なってしまえばどうしようも出来ないだろうが、なろうとしているのならば阻止できるからである。
トンマーゾは一発合格を果たす。薬師になったばかりだが、薬師の技術は以前から習得していたから出来た事だった。
その後、ステラミリスとの連絡は昼間行う事にした。トンマーゾとステラミリスは指輪を交換しあっていた。それはマジックアイテムでお互いを感じられる物。つまり精神体が近くにいるとわかる物だった。
ステラミリスが訪ねて来た時は、そっと裏手の森に入り魔術で自分を眠らせステラミリスと会話していた。夜だとクレが精神体で監視に来るかもしれないからだ。
トンマーゾが王宮専属薬師になって半年ぐらいたった時だった。ステラミリスが訪ねて来てレクドクラ国の王子と結婚させられると驚く連絡をしてきた。勿論トンマーゾも驚いたが、隠れ見ていたクレも驚いて出て来た。
クレは感がよかった。夜しか行動を起こす機会がないトンマーゾが大人しすぎると、昼間にこっそり何かをやっているのではと、精神体を飛ばし監視していたのだった。
クレはその国は今、内戦が勃発しているはずだとそんなところに嫁に出すなんてありえないと言う。サンチナドの仕業だとトンマーゾが言うがクレは更にあり得ないと断言する。
ステラミリスは自分達が会っていた事を伝えない様にとクレを説得する。言えばステラミリス自身が危ないからと何とか説得するも不安が残った。
その日の夜、ステラミリスは再び会いに来た。昼間はクレがいたので話は中断になったと訪ねて来たのだ。そして一週間後には国を立つと言われ、トンマーゾはあの場所で落ち合おうと約束しその場所にすぐに向かった。
ステラミリスに結婚を申し込んだ思い出の場所だ。その場所は二人しか知らない。トンマーゾは、そこに行く為にこっそりと自国に忍び込んだ。元ラミアズア国とサラスチニ国が見渡せる丘。そこにトンマーゾは急いだ。
だがステラミリスは来なかった。代わりに来たのは泣きじゃくるクレだった。
クレはステラミリスが結婚させられると聞いた日に、サラスチニ国に向かっていた。数日後国に戻ったクレの耳に届いたのは、ステラミリスの結婚の噂だった! 結婚は本当だったと、精神体になりステラミリスに接触しようと試みる。だが国にはすでに彼女はいなかった!
途方に暮れるクレの前にステラミリスが接触してきた。勿論精神体だ。彼女はクレに丘を訪ねて来るトンマーゾにサンチナドの謀略の手がかりを残したと伝えてと託した。そして最後に「来てくれてありがとう」と言って消滅した――! 殺された! と直感的にクレは思った。
こうして一日遅れてついたトンマーゾを訪ねて来たのだった。
話を聞いたトンマーゾは愕然とする。やっぱり二人で逃げていればよかった。国を捨てられないというステラミリスの言葉で留まった。あの時、無理にでも二人で国を出ていれば! トンマーゾは後悔に押しつぶされそうだった。
殺してやる――そういう思いが湧き上がる。
「殺してやる……」
そう呟いて立ち上がったクレの手をガシッとトンマーゾは掴んだ。彼は城の中にいて無理だからだ。彼を人目の付かない所に誘い出さなければならなかった。
トンマーゾがジッとクレを見つめ「復讐をしたいか?」そう問うと、彼女は頷いた。二人はここでサンチナドに復讐を誓う。ステラミリスが残した手がかりを探さないと考えた時、ふと先ほどから感じるモノがあった。彼女が傍にいる感じ――。まさかとトンマーゾは地面を掘った。
そこにはステラミリスの指輪があった。彼女がいるような感じがするわけだとその指輪をトンマーゾは握りしめる。一緒に埋まっていた手紙と『黒い石』を手にする。
手紙には、サンチナドがこの石を使って『練れない魔力』の抽出実験を密かにしている事が書いてあった。実験内容も書かれていた。
「ごめん……」
トンマーゾはボソッと呟いた。彼はサンチナドの謀略を暴く事が目的ではなく、彼を殺す事が目的になった。だからこれは必要ないものになったが、これは自分でも実験しようと思い立つ。
ステラミリスの願いは、サンチナドの謀略を暴きこの国を救う事。だがトンマーゾは自分の手で裁きたかった!
黒い石と指輪を持って一足先にトンマーゾはエクランド国に戻った。クレはこの日から二重スパイとして生活する事になったのである――。




