第七十四話
ティモシー達は、馬車から降りるとちょっとした木陰に入った。
「ここら辺でいいかしら」
ミュアンがそう言って、エイブに振り返った。
「ねえ、一体何をする気なの?」
「刻印の上書きよ」
ティモシーの質問にミュアンは驚く回答を返して来た。
「そんな事できたの?」
にっこりほほ笑んでミュアンは頷く。
(じゃ、なんで直ぐにそれしてくれなかったんだよ!)
ティモシーは、ミュアンに刻印をつけられたと告げていた。だが、出来る事さえも聞かされていない。
「そんな顔をしないの。色々理由はあったのよ。では約束通りザイダの刻印から上書きをします。座って下さい」
怯えた目でザイダはエイブを見た。かなり不安げだ。
「大丈夫。俺を信じて」
ザイダは頷くと、両膝をついて屈んだ。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
ミュアンは、ザイダの後ろ髪をかき上げると、首の後ろに指をあてた。
「あれ? ザイダさんも首の後ろだったの?」
ティモシーはてっきり、胸に刻印を刻まれたと思っていた。
「俺もはじめ胸かと思ったけど、首にしたみたいだね。胸に掘るのって結構大変だから、逃げない様なら首で十分だったんじゃない?」
ティモシーの横に立ち、様子を見ているエイブはそう語った。
「う……」
ザイダは痛かったのか少し呻いたが、叫ぶ程ではないらしい。
「では、次はティモシーね」
「うん……」
ザイダが屈んだようにティモシーも膝を付いて屈む。ミュアンはティモシーの後ろ髪をかきあげ、首に指をあてた。
トンマーゾが刻印を施した場所に上からミュアンが刻印を施す。彼に施された時は激痛だったが、ミュアンのはチリっと言う感じだった。
「はい。終わり。これで彼は追ってこれないわ」
「あれ? エイブさんは?」
ミュアンの言葉にティモシーはエイブに振り向いた。
「俺は何故か施されていないんだよね。魔術を練れなくされただけ……」
「え! エイブさんも練れなくなってるの?!」
エイブは頷いた。
「あの人の考えが俺にはわからないよ。殺すわけでもなし、裏切るかもしれない相手に刻印を施さないなんてね……」
「そうね。もしかしたら何かを企んでいたのかもね。練れなくしたのもその為かもよ。よかったわね。私に出会えて」
「………。まあ、そう言う事にしておきます」
エイブは、苦笑いをしながら返した。
「ねえ、母さん相談があるんだけど。二人っきりで話したい」
「レオナール王子の事ね。エイブの様に魔力を練れなくなった件かしら?」
「え? なんでそれを知ってるの?」
ティモシーは驚いた。
「彼から聞いたわ」
チラッとエイブを見てそう答えた。
「え?! もしかしてあの時、聞き耳たててたの? 一応確認したのに……」
ティモシーはドアの外から聞いていたと思っていた。実際は、あの場所にいたのだが。
「ティモシー。あなたの気持ちはわかるけど、彼にその気がないのならあなたが何かする必要はないわ」
「でも……」
「レオナール王子が自分から頼んで来た時は、必ず手助けします。約束するわ」
「……うん」
ティモシーは俯いて、返事をした。
何とかしたいと思っても自分では何も出来ず、ミュアンさえ説得できない自分がなさけなかった。
「さて、戻りましょうか」
「あ、え? ちょっと待って。レオナール王子の事はあれだけど、色々説明とかないの?」
「それは、こんな所で話す事ではないわ。馬車の中で話してあげる」
「わかった……」
今度こそ本当の事を話してもらえると信じてティモシーは馬車に戻った。
ドアに手を掛けふと中を覗くと、驚く光景が目に飛び込んで来た。ブラッドリーとレオナールが抱き合っていた。ティモシーにはそう見えたのである。
「え……」
「どうしたの?」
ミュアンの質問に答え辛そうにティモシーは言う。
「えっと、二人が抱き合ってるんだけど……」
その言葉に三人は、中を覗き込む。
レオナールがブラッドリーに体を預け、彼はレオナールの頭を撫でていた。
「うそ!?」
「二人ってそういう関係?」
ザイダとエイブは驚きの声を上げた。その声が聞こえたのか、ハッとしてレオナールはブラッドリーから離れた。
中に入り辛い。そう思いティモシーがドアを開けるのをためらっていると、ミュアンがガバッと開けた。
「何をしているのよ。さっさと乗って。出発するわよ」
「もしかして、母さんって空気読め……いた!」
「あなたに言われたくないわ!」
そう言い返されティモシーは、尻をぺしっと叩かれた。ザイダとエイブは慌てて馬車に乗った。ティモシーもむくれながら乗り込む。
レオナールは少し頬を染めていたが、ブラッドリーは平然としていた。
馬車がほどなくして出発するとレオナールはミュアンに話しかけて来た。
「ミュアンさん。お願いがあります」
「何かしら?」
レオナールは一呼吸置いて口を開く。
「私は魔力を練れなくされました。もし治す方法があったら教えてほしいのです。それと、あなたの国にコーデリアさんという方がいたと思うのですが、その方について何か知っている事がありましたら話して頂きたいのです。お願いします」
座ったままだがレオナールは、ミュアンに頭を下げた。ブラッドリーも一緒に下げる。
「母さん……」
レオナールからミュアンに視線を移したティモシーは、ミュアンをジッと見つめる。
「そう。よかったわ。彼のお蔭ね。いいわ。どうせ、エイブのも戻るかやってみるとこをだったから」
ミュアンは、ブラッドリーが彼を説得したのだと気が付いた。
「ありがとうございます」
「え? 確実じゃないの? どんな事する気?」
「男のくせに怯えないの! 別にこの腕輪を嵌めるだけよ」
腕輪を二つミュアンは取り出し見せる。
「二つしかないので、ブラッドリーさんは後で宜しいかしら?」
「私はおかまいなく」
ブラッドリーは、どちらにしても怪我をして動けない。
「では、二人共横になってもらえる? エイブはザイダにレオナール王子はティモシーに膝枕をしてもらってもいいかしら?」
「え? 膝枕! 何故?!」
エイブは驚いていう。他の者も不思議そうにしている。
「母さん、何をする気?」
「魔力を練れる様にするのよ? 他に何があるの?」
「わかりました。従います。ティモシー失礼しますよ」
「え?!」
ティモシーは焦る。ブラッドリーをチラッと見た。怒ってはいないようだが、先ほど抱き合っているのを見ているので気が気じゃなかった。
エイブもザイダの膝の上に頭を乗せた。ザイダはほんのり顔を赤らめる。
「ではいくわよ」
そうミュアンは言うと、エイブとレオナールに腕輪を嵌め、それを一周なぞる。すると一瞬腕輪は光った。
「これってもしかして、ハミッシュ王子が使っていた剣みたいな感じ?」
魔術を封じ込められても魔術を使っていた時の事を言っていた。剣を擦り光る魔術を繰り出していた。
「まあ原理は……」
「黒い石みたいな感じ? って、これ!」
エイブはハッとしてミュアンを見た。
「え、何?」
「凄い勢いで魔力を吸い取られています」
どうしたのかとティモシーが問うと、レオナールが答える。そして驚いている内に二人は気を失った。
「ちょっと母さん! 二人に何を!」
「もう、落ち着きなさい。これしか思いつかなかったのよ。これでダメなら今の私にはどうにもならないわ」
「ほ。本当に大丈夫なんですよね?」
恐る恐るザイダがミュアンに問う。気の強い彼女だが、ミュアンには敵わないようだ。
「大丈夫よ。私にとって、エイブは協力してもらう大切な仲間よ。魔術が使える様になってもらわないとダメなのよ」
「何をさせる気なの?」
「それは、二人が目を覚ましたら話すわ」
ティモシーの問いにミュアンはニッコリと微笑んで答えた。
ティモシー達は、二人が目を覚ますのを待つしかなかった。不安げな顔で自分の膝で目を瞑るレオナールを見下ろす。
「大丈夫よ。魔力がすっからかんになっても死にはしないわ」
「それは知ってるけど……」
前にダグが相手を昏倒させる為にやった行為だ。それで死なない事は知っている。
「魔力はね、体で作られる訳じゃないのよ。空中に漂う魔力を体に取り入れているのよ。多分彼らの中にある魔力が影響して練れないと思うの。だから一旦全部体から出すまでよ。わかった?」
ティモシーはミュアンの説明に、そういう説明は先にしてほしいと思うも安堵して頷いた。




