第四十九話
ティモシーはただ、何も考えずに走っていた。思いっきり全力疾走だった。
はぁはぁと息を切らし辺りを見渡す。見た事のない場所に来てしまったようで、辺りは雑木林だ。
(皆に責められ逃げ出してきてしまった。どうしよう……)
ティモシーは、これからどうしていいかわからなかった。来た道を戻れば、知っている道に戻るだろうと思うも、王宮に戻る気にもなれず、雑木林の中をフラフラと歩き回る。
まだ朝も早い。五時を過ぎた所だ。
(このまま母さんに会いに行こうかな……。あ、でもお金の持ち合わせがないや)
そんな事を思いながら歩いていた。
「ティ……モシー……さん……」
ふと呼ぶ声が聞こえたと振り向くとエイブが居た。一瞬夢の中かと思ったが、エイブは木に持たれかかりつらそうだ。
「ちょと! そんな体で何してるのさ!」
「君こそこんな時間にこんな場所で何してるの?」
「えっと……」
夢の事がバレて逃げ出して来たとは言いづらい。
「イリスに夢の事バラされた?」
「え……」
「まあ、彼女も皇女だから君の事など考えず問いただすよな……。う……」
エイブはその場に座り込んだ。
「エイブさん、どこから来たの? 横にならないと……」
「君に言いたい事があって……」
「聞くから! だから横になれる場所に……」
ティモシーがエイブを支え歩きだす。
「見つかったら大変とか思わないの?」
「見つからずに出て来たんだよね?」
そう返すと、エイブはだなと一言言って、指さした。
少し行くと小屋があった。そこに地下があり二人は下りて行く。扉の奥に部屋があり、ベットが置いてあった。ティモシーは、エイブを寝かせた。
「こんな所にいたんだね。そう言えば、ザイダさんは?」
「彼女は、ここに通っているだけだよ」
「そうなんだ」
少しの沈黙の後、エイブが切り出した。
「虫がいいかもしれないが、彼女の力になってほしい。俺は組織の人間だから……」
「そんなに心配なら……」
「いや、そうじゃない。俺は、皇帝に恩があるから返すだけだ。だから助け出す協力はする。それだけ……」
「恩があるって……。イリステーナ皇女も聞いていたけど一体何があったの? 国を追い出された訳でもなさそうだし……」
「話したら協力してくれるかな?」
別に話を聞かずとも協力はするつもりだったが、ティモシーは頷いた。エイブは、目を瞑り語り始めた――。
エイブの両親は、彼が小さな頃に流行病で亡くなった。その彼を魔術の腕を見込んで皇帝は、イリステーナ達と魔術を学ばせた。エイブはメキメキと力を付けていく。
彼が住んでいたヴィターヌ帝国は、隠れ魔術師の国だった。国の者の半分は魔術師で、魔術師の者もそうでない者も一緒に暮らしていた。
その国にも医者は数名いたが、流行病は治せなかった。でもエイブは、魔術師でも出来ない事が薬師になれば出来る事をその時に知る。
魔術の腕は国では上位のほうだったが、どうしても医者になりたかった。必ず戻って来るからと約束し国を出た。
しかしエイブは国の外に出て初めて知る。魔術師とバレると嫌煙される事を。それはまだましで、下手すれば殺されそうにもなった。
そしてそれは、友人や恋人でも同じだった。いつの間にか人を信じられなくなり、深くは付き合わなくなる。そして二十歳の時、薬師になりその後、トンマーゾと出会う。彼は自分と同じ魔術師で薬師だった。しかも王宮専属薬師で、魔術師の組織に属していた。
トンマーゾは、魔術師の世界を作ろうと組織に誘ってきた。別に特段断る理由もなく、誘われるまま入る。その組織は普段は別に自由だし色んな魔術も教えてもらい、特に魔法陣はエイブにとって魅力的だった。
トンマーゾは、エイブも王宮専属になる事を勧め、試験をパスし見事にエイブも王宮専属になった。
だがある日、付き合っていた恋人に魔術師とばれて告発すると言われ、慌ててトンマーゾに相談した。自分がバレれば、トンマーゾも魔術師だとバレる可能性があるからだ。
トンマーゾに言われ、彼女を呼び出すと彼は彼女に刻印を刻んだ。その行為には驚いたものの、これで彼女は他に話す事は出来ないと言われ安堵する。しかし、彼女は行方不明になった。
エイブはトンマーゾを問いただすと、ある商人に売ったという。驚くがもうすでに組織から抜け出せなかった。そうすれば、自分の命が危ないからだ。
それから半年後、トンマーゾはある人物をエイブに紹介した。彼女はエイブを好きだったらしく、トンマーゾの紹介の事もあり付き合う事にする。だが彼女にも魔術師だと知れてしまう。しかも彼女は、自分を薬を使って殺そうとしてきたのである。
エイブの部屋で飲んでいる時だった。隠れ見ていると、彼女が自分のグラスに毒を入れたのだ。エイブがそっとグラスを交換すると、当たり前だが彼女は倒れた。どうしていいかわからなくなったエイブはまた、トンマーゾに相談すると解毒剤を作り彼女に飲ませてくれた。
だが助けたとなると魔術師だと触れ回る恐れがると、トンマーゾは彼女を連れて行った。
その後噂が広まり王宮内にも居場所がなくなった。そして悟った。もう国には戻れないと。本当は王宮専属なんてやめたかったが、トンマーゾがそれを許さなかった。エイブは自暴自棄になった。
そんな時にティモシーが現れた。希望に溢れ何となく壊したくなった。本当はどこかに売り飛ばす気などなかった。トンマーゾにも内緒で、ティモシーに刻印を刻んでみようと思ったのだ。
後は知っての通りだとエイブは締めくくった――。
「バカだよなぁ。そういう訳で俺ではどうにも出来ないんだ。思い当たる所は探すよ。見つけたらいつものように知らせに行くから。もう、夢を忘れないで覚えてるみたいだし……」
ティモシーは頷いた。
「ねえ、組織抜けない? 本当は抜けたいんだよね?」
「わかってないね。城の中から俺達を連れ出しちゃう連中だよ? 無理だろう? それに君の元締めは、魔術師の王子だよね? 彼は俺を許すと思う?」
「それは……」
今の話を信じてくれれば、許してくれるかもしれない。それにイリステーナがエイブ側につけば、殺す事はしないだろう。
「大丈夫。だから……」
「ありがとう。じゃ、皇帝を助けてからだね。実績ないとだめだろう?」
「うん。……わかった」
ガシッとエイブは、ティモシーの腕を掴む。
「ここの場所は、絶対に人に言ったらだめだよ? 皇帝が無事戻れるまでは、君と俺が接触した事は誰にも知られちゃいけないから。いいね」
ティモシーは頷く。
「所でどうして、俺が近くにいるとわかったの?」
「普段は精神で動いているからね。ちょっと彷徨っていたら、君を見つけたからさ。この時間だし、こんな場所だし、何かあったんだろうと思ってね」
「そっか……」
エイブも勘がいいなとティモシーは関心した。
バタン。
上からドアを閉める音がした。
「え……」
エイブとティモシーは青ざめる。誰か来たと……。二人はその場で固まった。ここには隠れる場所などない。
「おい、エイブ……おっと」
二人を見た人物は、右手を向ける。それはトンマーゾだった。
最悪だと二人は思った。
「さて、この状況はどういう事だ? 一応言い訳を聞いてやる」
「言い訳って……」
エイブはごくりと生唾を飲み込む。
「レ、レオナール王子と喧嘩して王宮を飛び出して来たんだ。何も考えずに走っていたら迷子になって……」
「ほう。それを信じろと? 迷子になったらここにたどり着くのか?」
「俺が近くにいるのを関知して迎えに行った。勝手な行動をしてすまない……」
エイブはジッとトンマーゾを見据える。
「まあ、いいだろう……」
トンマーゾは、手を下ろした。二人は安堵する。
「で、王宮を抜け出すような喧嘩とはどんなのだ?」
トンマーゾ鋭い視線を飛ばしティモシーに質問した。王子と喧嘩するような内容だ。そうそうない。
「イ、イリステーナ皇女の事で。何も聞かされないで案内させられて。前もそんな事あったから……。言い合いと言うか怖くなって逃げて来たというか……」
「なるほどな」
トンマーゾは腕を組み、ティモシーの話を聞いている。
「それで近くにいるのがわかったから、行ってみたら動けなくなって、ここに運んでもらったところなんだ……」
「そうか」
そう言いながらトンマーゾは近づき、ティモシーの手を引っ張った。
「あ……」
「何を!」
ティモシーはトンマーゾに押し倒された。
「選べ。死か仲間になるか……。まさか、このまま無事に帰されるなんて甘い考えしてないよな?」
「え……」
「エイブのお気に入りみたいだから選ばせてやるって言っているんだ」
(仲間って……。魔術師だとバレた!?)
ティモシーは、トンマーゾの言葉に驚く。
「まあ、仲間になるって言うなら刻印刻む事になるけどな」
「え!」
(そんな! どっちにしても同じ事じゃないか!)
ティモシーは青ざめる。もう逃れられないと……。万事休すだった!




