第二十話
ティモシーは、あの後すぐに開放されたが、レオナールは暫くエクランド国に滞在すると聞き、生きた心地がしなかった。いつ呼び出され、実験台にされるかわからないからである。
そしてティモシーは今、ランフレッドと街中の雑貨屋の前に着いた所だった。王宮を出て、家ではなく街中へ向かったのだ。
「ほら、好きなの選べ」
「なんでまた、急に……。あんなにダメだって言っていたのに……」
「それじゃ、お前を守れないってわかったからだ。それに、髪を切って気分転換するつもりだっただろ? それの代わり。それと一人ではダメだがアリック達となら買いに来ていい。この店なら安心だからな」
ランフレッドは、ティモシーの安全を考えて、何でもダメだと押えこんでいた。それがなけれ、エイブに騙され一人でついて行く事はしなかっただろう。それで買う店と一緒に来る人物を限定してだが、自由にさせようと考えた。自分だけでは目が届かない。そう、悟ったのだ。
「え? いいのか?」
「今日は俺が買ってやるが、自分で買う時はちゃんと考えて買えよ」
嬉しそうに聞くティモシーに、ランフレッドは頷いた。
「じゃ、ポーチにするかな!」
「ポーチ? まあ、何でもいいけど……」
ティモシーは上機嫌で、ポーチといいながら色んな物を見てまわる。そして、店の奥を見て指差した。
「これがいい!」
淡いオレンジ色のポーチで緑色のリーフの刺繍が施してあった。大きさは、今のより少し大き目、値段はポーチの中で一番高かった。
「高!」
「お嬢ちゃん、お目が高い! これは職人さんが刺繍を施したポーチ。あなたならとってもお似合いだよ」
ランフレッドが値段に驚いていると、店の亭主がそう声を掛けて来た。
(お嬢ちゃんって……)
「おや、失礼。王宮専属薬師なんだね。立派なレディーにお嬢ちゃんはないか。しかし、ランフレッド。いつのまにこんなにキュートな彼女を口説き落としたんだい?」
亭主はランフレッドの知り合いだった。と、いうか街中で王子であるルーファスの護衛のランフレッドを知らない者はいない。
(レディー……。キュート……だと!)
何故かティモシーは、ランフレッドを睨んだ。
「……なんで睨むんだ。ティモシーは彼女じゃなくて、俺は保護者兼後見人なんだ。まあ、これからもちょくちょく買い物に来ると思うから宜しく頼むわ」
そう言いながらランフレッドは、ティモシーの頭をポンポンとすると、ティモシーはベシッとその手を払いのける。
「いいお得意さんになりそうだ。ポーチの他に何かいるかい?」
「とりあえず、今回はそれだけでいい!」
ランフレッドは、慌ててそう言った。懐事情というモノがあり、このままホイホイ買われてもこまるのである。
「毎度あり! ティモシーさん、また買いに来てくださいね」
「絶対に来る!」
ティモシーは頷くと、亭主に手を振って店を後にした。
次の日、調合室のドアの前にティモシーは、昨日買ったばかりのポーチを身に着け立っていた。今までにない程緊張して、ドアを開ける。
「お、おはようございま……うわ」
「ティ、ティモシー!」
ティモシーは挨拶が終わるか終わらないかぐらいに、ガバッと抱き着かれた!
「ちょ! え! ベネットさん……は、離れて!」
彼女は涙目でギュッとティモシーを抱きしめるが、ティモシーもお年頃。顔が真っ赤である。ティモシーは、母親以外の女性に抱きしめられたのは初めてだった。
「おいおい、ティモシーが窒息するって……」
ダグが呆れてそう言うと、ベネットはやっとティモシーを開放した。
(びっくりした。一体何なんだ……)
「あ、ごめんなさい。もしかしたら、このままもうって思っていたから……」
ベネットは、目に溜まっていた涙を拭いつつ、嬉しそうに言った。
あんな目に会えば仕事場に出て来づらく、このまま辞めてしまうのでは? とベネットは思っていた。
「心配かけてごめんなさい。皆、心配して言ってくれていたのに、あの時は見えてなくて……」
「まあ、恋は盲目って言うしな」
ティモシーの言葉に、いつも通りダグは返してきた。
「だから恋とかじゃないって! あの人は、私の欲しい言葉を掛けてくれて、それを自分を認めてくれているからだって思って……。でも実際は、信用させる為の手口で……。大人として扱われていると思っていたのに、子供だったから簡単に引っかかったって……」
最後は悔しそうにティモシーは言った。三人は何も言えず、ただ頷く事しか出来ずにいた。王宮内で一番年下と言うのもあるので子供扱いされるのも仕方がない。何せ、次に若いのはアリックである。年齢に開きがあった。また、世間知らずでそれに拍車を掛けていた。
「まあ、俺達はお前の事を理解してるつもりだが、噂も広がってしまってるし変な行動は慎めよ」
ダグがボソッと呟くように言った。
「噂?」
「お前があいつに襲われて、切れたランフレッドさんが半殺しの目に合せたって言う噂……」
「ダグさん、ストレート過ぎない? もっとこう……」
「ストレートも何もすぐ耳に入るだろうが」
アリックが抗議するもダグはそう返し、アリックはそれ以上言い返せない。
(あ、ランフレッドが言っていた噂か。って、もう広まってるんだ……)
「それか。ランフレッドさんから聞いている。……私が悪いから仕方が……」
「何言ってるの! 君は悪くないよ! そりゃ僕達の言ってる事に耳を貸さなかったけど。騙されてあんな事されて! 僕だって殴ってやりたいよ!」
あまり声を荒げないアリックにそう言われて、凄く心配掛けたんだとティモシーは項垂れる。
「あ、ごめん、ティモシー……。えっと……」
「俺言っただろう? お前が傷つけば、皆悲しむんだって。でもまさか、こんな事するとは……」
「待って! 未遂で終わってるわよ!」
そう断言したのはベネットだった。
「え? あ、その場にいたのか……」
ベネットと配達中の出来事だったと思い出しダグがそう言うも、ベネットは首を横に振った。
「違うの。聞いたのよ」
「あ、ランフレッドさんに聞いていたんだ……」
どういう風に聞いたかはわからないが、そう言えば起きた時に彼女が家に居たと思い呟くようにティモシーが言うも、それにも首を横に振った。
「違うわ。ルーファス王子よ」
三人は意外な人物に驚いた。確かに、ランフレッドはルーファスの護衛だが、わざわざ王子であるルーファスが一個人に伝える事でもない。
「ごめんね。私がしっかりあなたを見ていなかったばかりに……」
そうベネットは言うと、経緯を話し始める――
ベネットは十分ほどして、ティモシーの様子を見に行くがどこにも見当たらず、あちこち探し回った。それでも発見出来ず、巡回兵に協力をお願いし王宮に連絡をしようとした時だった。
ふと馬車が目に留まった。それは、王宮の馬車で、薬師達でも使用出来る物だった。だが、なぜこんな所に停まっているか気になり近づくと、ランフレッドが馬車に乗り込もうとしている所だった。しかも、ティモシーを抱いていた! いわゆるお姫様だっこである。
「ティモシー!」
ベネットは、ランフレッドに走り寄った。
「ベネットさん……」
ボソッと名を口にするもランフレッドはそのまま馬車に乗り込んだ。いつもと様子が違う彼にベネットは戸惑う。
まさか……という思いがかすめる。そこに馬車の中からベネットに声が掛かる。
「ベネットか? あなたも馬車に乗りなさい」
その声の主は、ランフレッドではなかった。中を覗き込んだベネットは驚く。ランフレッドの向かい側に、フードを被ったルーファスが居たのである。
断ることも出来ず、しかもルーファスの横に座るように言われ、気まずい雰囲気の中馬車は出発する。
ティモシーは目元が腫れていた。泣いた事がわかる。ランフレッドによりかかり、寝ているようだった。
王宮の手前でランフレッドは、ティモシーを抱き上げ馬車を降りた。このまま家に帰るようだ。ベネットは慌てて彼に声を掛ける。
「あの! 後でお伺いしても宜しいでしょうか?」
「そうだな。俺も色々話を聞きたい」
そうランフレッドは返し、家の中へ入っていた。
ベネットが、ルーファスの前に座り直すと馬車は出発する。
「ベネット……」
突然、ルーファスがベネットに声を掛けた。
「君に私は、ティモシーに一般常識を教えて欲しいと頼んであったはずだが? 君のお蔭で、ランフは彼を半殺しの目に合せてしまった。止める間もなかった」
「も、申し訳ありません……」
やっぱりそうだったとベネットは顔が青ざめる。
「安心しろ。事なきを得ている。発見が早かったからな」
「よかった……」
ベネットは、両手で顔を覆い涙を流す。どうして止めに入る事が出来たのかなどは考えに浮かばない。最悪の事態は回避されたと思うだけだった。
アリックとダグは、あんぐりとしていた。ベネットからティモシーは暫く休むと聞かされ、すぐに噂が聞こえて来た。しかも、あのランフレッドが仕事を休んでいた。噂の信憑性が上がったのである。誰もが噂を真実だと捉えた。
ティモシーは、ベネットの話を聞き終え、自分がエイブについていって、彼女に凄く迷惑を掛けた事を謝っていない事に気づいた。家で会った時は、そんな余裕はなかっのである。
「ベネットさん、ごめんなさい。ちゃんと話してくれたのに……。偶然エイブさんに会って、噂を確かめたくて……。迷惑いっぱい掛けてしまって……」
「私は大丈夫よ。あなたの性格上、そういう行動もとるかも知れないってわかっていたのに、釘を刺さなかった私にも非はあるわ。最悪な事態にならなくてよかった……」
「お前なぁ……。偶然って。……まあ、これからは周りのいう事に耳を傾けるこったな。アリックも気を付けろよ。ランフレッドさんの制裁を受けないようにな」
「な、何言ってるのさ!」
ダグが最後にアリックをからかう様に言うと、彼は顔を真っ赤にした。
「本当にごめんなさい。これからはちゃんと話を聞きますので、許して下さい」
深々とティモシーは頭を下げた。
今日家を出る時に、ふと皆は怒ってるのではと思ったティモシーは、皆が怒っていたかと聞くと、ランフレッドは『悪いと思ったら誠心誠意謝る事だな』とだけ言ってほほ笑んだ。
ティモシーは、三人には嫌われたくないと思った。だからランフレッドの言う通り、誠心誠意な気持ちで謝った。
「許すも何も怒ってないわよ」
「そうだよ。無事でよかったよ」
「少しは成長したみたいだな。まぁ、これからも宜しくな」
「皆、ありがとう!」
ティモシーの笑顔を見て、三人は大丈夫そうだと安堵するのだった。




