第1話「髙木 有馬」(6)
「…有馬か?」
二年ぶりに会う旧友は、見た目こそ成長したものの雰囲気は全くと言える程変わっていなかった。
どことなく幼さが残る端正な顔立ちに柔らかい焦茶色の髪、身長は俺と変わらず平均くらいだが細身で、けれどもしっかりと筋肉がついているのがジャージの上からでも見て取ることができる。
夏目 誠一郎は中学の仲間内で参謀の様な奴だった。頭の回転が速く、中学卒業後は県外の有名進学校に進学した為、ついぞ会うことが無くなってしまっていたが。
「やっぱりか夏目、元気してたか!なんだよ変わらねぇな!」
「有馬も相変わらず悪巧みが似合いそうな顔だね、元気そうで何より。」
近付いて肩を叩き合いながら軽口を交わす。昔からこんな皮肉を言う奴だった、がそんな所ですらも今は懐かしい。
「お前もその一言余計なとこ相変わらずだよ」
「おっと、最近は自粛してたんだけどね、懐かしい友達に会うとつい素が出ちゃうよ。」
「わかるぜ、俺も普段めっちゃ愛らしい顔してっから」
相変わらずなリズムの掛け合いに軽い笑みが溢れる。
旧友とはよく言ったもので、数年ぶりに会ったとは思えない、非常に心地良い小慣れた会話がそこにはあった。
しかし俺の顔、そんなに悪人面なのだろうか。致命的な目つきの悪さだと言われる事は一度や二度では確かにないが、これでも今の瞬間には予期せぬ旧友との再開に目をキラキラと耀わせていたはずなのだが、おかしい。
そんな不平を心中で静かに叫びながら、どちらからともなくベンチに腰掛ける。
「最近どうしてんだ?」
体格と顔つきがちょっと変わっただろうか、昔はもう少し身体的にも精神的にもなよっちい奴だった気がする。
「僕の方は昔とあんまり変わらないよ、ただ少し勉強が忙しいぐらいかな。有馬こそ、最近どうなんだ?」
軽い近況報告に花を咲かせながら懐かしさを噛み締める。
中学に上がる頃、俺は家庭環境の劇的な変化から胸中が酷く荒んでいた。そんな俺と友達でいてくれた夏目や西野は、随分俺の助けになってくれたのだなと今にして思う。
なかなか懐かしい顔ぶれに会う日だ、この調子で帰り道にフジにまで会うんじゃないかとそんな事を考えているとふと、夏目がポケットから何か白い物を取り出した。
「お、ボールか。」
「キャッチボールでもどう?昔はよくやっただろ?」
夏目がベンチから立ち上がり公園の中程まで歩きながら俺にボールを放ってよこす、中学のありふれた軟式野球ボールだ。
白球を受け取ると、恐らく中学生時に書いたであろう至極達筆な"夏目 誠一郎"が目に入り、らしさにクスリとする。
放られたボールが風を切り、皮膚と擦れ合って掌に収まる――そんな一連の少し乾いた音が会話の間を縫ってしばらく続いた。
テンポ良く会話を指揮するメトロノームの様である。どことなく心地良い音が掌に響く。
「そっか、部活はしてねえんだな」
「有馬こそ、二年でサッカーも辞めちゃったんだね。」
「色々あってな、惜しまれつつも引退したよ」
何十球目かのボールと質問を受け答えしながら、そういえばと思い出す。
「今日西野とも話したよ、久しぶりに。あのど天然、全然変わってねえぜ。」
これには夏目も俺と揃って苦笑を浮かべる。
「懐かしいなぁ西野、すごい綺麗になってるって噂は聞くよ。今度4人で集まってみようか、昔みたいに。随分久しぶりになるけど」
それ良いなと相槌を打つ。確かに、互いに忙しかったのもあるだろうが中学卒業から1度も四人で集まってないのが不思議なくらいである。
「フジの野郎が何してるか分からんけど、連絡ぐらいつくだろ。一度言ってみるか」
このまま高校を卒業してしまったら、それこそ会う機会が無くなってしまうかもしれない。こんな友人達との少し粗いけども大事な繋がりは、ずっと持っておきたかった。
そのうち社会人になって上司の愚痴でも溢しながら酒でも交わす、そんな仲になるんだろうなとまだ高校生のガキなりに思うこともあるのだ。
キャッチボールは時間を忘れて弾み、ふと気付いて公園にある時計を見ると家を出て二時間も経つ頃だった。
「じゃあ俺そろそろ帰るわ、久々に良いもんだな、こういうの。」
最後の返球を惜しみながら夏目に放る。
「そうだねまた、今度は四人で色んな話をしよう」
「フジにちゃんと彼女が出来たかとか聞きてえしなあ」
「それは是非とも聞きたいな。あの歴史的に無様な告白はいい思い出だしね、楽しみだ。」
場にいない人物の黒歴史を思い出してお互い笑い合う。ふざけんな良い度胸だなと赤面も隠せず憤慨する気の短い友人が容易に想像できた。
そんな中ふと夏目が表情を切り替えて俺に向き直った。
「ひとつ言い忘れてた、あんまり何の事かは分からないかも知れないけど」
先程までと打って変わった親友の神妙さに何かと少し身構える。
「おう、どうした」
数拍分息を置いて夏目が言った。
「爆弾屋には、気をつけて」




