第1話「髙木 有馬」(4)
「で、咲ちゃんと何話したのよ」
楽しそうに箸の先をひらひらさせながら顎に手を置いて叔母が尋ねる。
この艶聞中毒は、先程の少しの感動を返して欲しいものである。
色恋沙汰が大の好物な彼女には度々困らされる事があった。俺はせめてもの抵抗にとテレビのニュースに顔を向けたまま意識半分に返事を返す。
「別に、他愛もない話だよ。あと、なんか西野の勘がすごくなったって話」
間違ってはいないが確かに"勘"と言うとすごく陳腐になるもんだと今更ながら実感する。
「何それ、浮気でもしたか。うわぁ」
「付き合ってもねえのにどうやって浮気すんだよ」
「浮気なんかしたらスクープしてやるからね」
「新聞社の人間が言うと笑えねえ」
笑えない冗談とはこの事である。
「あの子、どう見ても有馬に脈アリだと思うけどなあ。このチャンス逃せば一生独身かも知れないわよ」
もっと笑えない冗談である。
十七年間浮いた話のない俺である、全くの他人事とは言えず思わず渋面を示す。実の叔母が言うなよと愚痴りたくなるが。
画面に映る"動物ほんわかニュース"コーナーを見て心を落ち着かせる。ああフレブルめちゃくちゃ可愛い。ぶっちゃいく。
「で、その勘が言うに明日はなんか危ない事があるかもだから気をつけろ、みたいな話」
「ふーん。いい女の勘が言うんだ、案外当たるもんだから用心してなよ」
叔母さんを見ているとあながち簡単に無視も出来ないと思えてくるものだから困る。
もともと理系脳の俺に勘だの予感だのと言う話は相性が悪いのだ。
やはり明日は本格的にボロ靴で登校すべきかと思案し出した時、テレビの液晶画面に番組中断とのテロップが映し出され臨時ニュースが流れた。
『ここで速報が入りましたのでお伝え致します。先程午後5時頃、鷺森市内の派出所で爆発があり、負傷者が数名出ているとの事です、市警によりますと爆発の事件性は未だ不明、爆発による火災はまだ鎮火されておらず、周囲の建物を巻き込んで広がっており…』
「うわぁ酷いねこれ、鷺森って隣じゃん、怖いよねぇ」
燃え盛る派出所らしき建物がテレビに映し出され、生中継で現場の緊張感と凄惨さを伝える映像を見て叔母が呟いた。
轟々と荒ぶる火は隣接する建物を巻き込んで勢いを増し続けている。燃えやすそうな木造建築が建ち並ぶ一帯に猛威を振るう火の手に、消防隊が決死の消火活動に臨んでいた。
そんな切迫した現場の様子をまだ若い新人キャスターがリポートするので隠し切れない緊張感が画面を通して此方にも伝わってくる。
どうやら鷺森駅前の派出所らしく、チラチラと映る景色には見覚えがあった。
「また例の事件の続きかねえ、次あたりウチの市駅近くの派出所が狙われたりしないでしょうね。川口さんとこの旦那さんが勤めてるのよ、あそこ。」
例の事件。叔母さんのおばちゃんコメントも流石だが、最近派出所を狙った爆発事件が相次いで起きており、世間を賑わせているのは俺も知っている事だった。
今までに三件、数名の警官と一般人が怪我をしており、テレビで見かける事も少なくない。これが同一犯なら四件目、まるでまだ逮捕出来ないのかと警察を挑発しているようだ。愉悦に醜く口角を上げる犯人の様子が想像される。
俺もニュースで一連の事件を知っていたが、その記憶を思い返していて事件に関係したある単語が頭をよぎった。
「爆弾屋…」
とあるネットサイトで爆発物の設計図や実物、銃器まで買うことが出来るという噂で、ネット上では事件との関係性が議論されていた。
サイトのURL等は一切不明。だが半年ほど前どこかの大学生が実弾銃を持って国会議員を襲撃した事件があり、逮捕された大学生が実銃の出所として言及したものが"爆弾屋"なるサイトだった為、一躍注目を集める事となった。
警察の捜査も虚しく、未だに特定はできておらず明言も避けられている状態だが、世間では既に謎のサイトに対する蜚語が飛び交い様々な場を賑わせていた。
「爆弾が買えるってサイトでしょ?物騒な世の中になったよねぇ、気を付けなよ有馬、変なもの見つけても触ったりかじったりしないでよね。嫌よ私、甥の死亡事故の記事とか書くの。」
「かじったりするような育て方したのかよ」
ほくほくのじゃがいもをかじりながら叔母さんにツッコミをいれる。
しかしよもや明日、西野の伏線が学校爆破事件とかで回収される、なんて事はないだろうなと恐ろしい想像をする。
爆破されるなら職員室、強いて言うならば体育教官室にして欲しい。筋肉ダルマこと柴田先生なら擦り傷くらいで済みそうだ、などと不謹慎な事を考えてしまった。
そうこう話している間にまた通常の番組に戻り、画面に犬のハプニング映像が流れ出す。ああコーギーのおしり。モフりたい。
新聞社の取材担当である叔母が、これで明日も寝られないぞおと愚痴を溢しながらヤケになった様に肉じゃがを口に掻き込んでいた。




