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第1話「髙木 有馬」(20)

西野を背負って立ち上がったその刹那だった。


どん。という重量のある破裂音が少し遠くで聞こえ、同時に右肩の(そば)を鋭い飄風(ひょうふう)が抜ける。

何の音かと顔を上げてから(とが)った痛みが右半身を貫通するまでは僅か数秒だった。



()ッッてぇ!!!?」

肩口から劇薬が()()る様な猛烈な鋭痛。脊髄から知覚に送られる危険信号が脳内麻薬を分泌する、鼓動が急加速する。


「―――――ッ!!!」

声にならない叫びを爆発させながら肩口を思い切り圧迫した。

激痛に目眩を覚えながらどうにか身体を倒さずに保つ、痛い、痛過ぎる。

背中には西野が乗っている、倒れる事は出来ない。


不意に、右肩を抑える左手に奇妙な暖かさを感じた。視線を向けると、今まで見た事のない量の血液が震える左掌を紅々(あかあか)と染め上げていた。


急激に湧出(ゆうしゅつ)する汗を肌に感じ奥歯を噛み締める。

噛み合わない顎がかちかちと音を鳴らした。

日暮れも近い夕方の薄暗闇の中、(くら)む両眼を凝らして烈痛のきっかけ、破裂音の出所を探す。


―――人影。

俺が上がって来たものとは別の南側の階段、その手前に人影があった。


「お前っ――!?」

気怠(けだる)げに濃紺のスーツを着(こな)し、無感情そのものの無表情を顔に浮かべながら片腕を真っ直ぐに此方(こちら)に向けている、あの男がそこに立っていた。

伸ばされた右手の先には鈍い黒色で金属質を隠す様に塗装された拳銃が、俺と西野を射(すく)めるように構えられていた。


―――撃たれたのか!!

痛みの正体に辿り着き、その鋭さに再三(うめ)きを上げる。

左手から裂けた皮膚と肉の感触が伝わる。弾丸が表皮を抉り取るに留まった事がまだ救いだった。


「面倒なんだよねえ、長引けば長引く程、処理も、段取りも。」

飄々とした様子でスーツの男が(のたま)う。その眠たそうな目付きの奥に何の感情も読み取る事は出来なかったが、声色にはほんの少しの苛立ちが滲んでいた。

ゆらりゆらりと一歩ずつ(にじ)り寄る。


「でも助かったよ、賑やかな所に逃げ込まれたらどうしようかと思っていたけど、中途半端に小賢しいと返って有難いよね。」

男が拳銃を懐にしまい込んだのは余裕の表示だろうか、ペラペラと雑言を並べながら歩み寄る。


不意に、本当に不意に男が視界から消えた。

彼我の距離が5メートルを切ったあたりである、俺は驚倒(きょうとう)に眼を見開いた。

俺の意識から男が消失した、(まさ)にそんな感じだった。俺の注意は完全にスーツの男だけに集約されていた筈なのにである。


「どこ…!?」

忽然と消えた男の姿を虚空に問うように視線を走らせる。


刹那。


まずスーツの男を捉えたのは視覚でも聴覚でもなく圧倒的な痛覚だった。ドス、と鈍く重い音が身体に響いて次いで鼓膜に届く。

鳩尾(みぞおち)(えぐ)るように突き出された拳が猛烈な痛みと嘔吐感を運んだ。

最初の一撃の後、更に追い討ちが左胸を打つ。二撃目も鋭く胸部を圧迫した。

そのあまりに(はや)い連撃はまるで同時に繰り出されたと錯覚する程であった。


「がッ…!!?」


打撃を受けた心臓が激しく収縮する。少量の吐瀉物がやけに酸っぱい味覚を伴って漏れ出た。

この身の(こな)し、消えたと錯覚したのは恐ろしい程の機動の結果だったのか。


蹌踉(よろ)めきながら何とか背中の西野を支えて踏み留まる。

スーツの、男はどうやら後ろに下がったらしく両手をぶらぶらさせて打撃の余韻を発散している。

男の顔には日常感のある気怠(けだる)さはもはや残っておらず、代わりに嗜虐心(しぎゃくしん)を薄い皮で覆った様な嘲笑が浮かんでいた。

それらは余裕の表れであり、余計な手間を取らせた俺を甚振(いたぶ)る積もりのようだった。敢えて拳銃を使わないのもその為だろう。

不意に(わず)かながら恐怖を苛立ちが勝る。


西野を地面に降ろして男の方を向き直る。無様でもいい、こいつに一泡吹かせないと気が済まない。俺は愚かにも全てを思考の埒外(らちがい)に追いやってファイティングポーズをとった。


愚図(グズ)が」

男の顔に更に鋭い笑みが刻まれた。

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