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第1話「髙木 有馬」(16)

「じゃあいつやる」

また前日と同じ様に自転車を手で押しながら見慣れた下校路を西野と二人で歩いていた。

昨日より早い時間帯の為、同じ制服の学生が通り過ぎるのをちらほらと見かける。


「出来れば…明日から毎日放課後とか…だめかな?」


「…そんなにやばいのか」


「全部赤点じゃないかなーって…うそうそ!流石に冗談だよー!」

本気で引き始める俺に慌てて西野が訂正するが引きつった笑みに冷や汗が(にじ)んでいる。


「…お前今の半分本気だったろ」


「…」


いや何とか言えよおい!嘘だろ!

予想以上の洒落にならなさに俺は戦慄した。


「全部…って事は無いけど、英語はマーク式だし、現代文は得意だし。あとは…」

西野が全部で八本立てた指の内二本を内側に折り曲げたが、そこで完全に沈黙する。まさかやばい科目数じゃ無いよな、その指。


はぁーと深い溜息を()きながら、一度約束してしまった手前どうにかするしかないかと諦める。

こんな時夏目が同じ高校なら。あのフジ、チワワ程度の脳みそも無いフジにさえ勉強を教える事が出来た夏目であれば家庭教師などお安い御用だっただろうと往生際の悪い無い物ねだりをする俺は、再三深々と溜息を吐いた。


「じゃあ明日はとりあえずうちに来い。一番やばそうな科目から順番に勉強する。」

そういえばちょうど叔母さんに会わせるにも良い機会だと俺が提案した。

西野の事を噂にしか聞かないから叔母さんはあれ程一人で盛り上がるのだ、実物を見せてやれば少しは大人しくなるのでは無いかと思ったのである。


「き、君のうち?そ、そうだね!それがいいや、うん!」

何故か目を逸らせながら西野が答える。恥ずかしそうな表情で心なしか顔も少し(あか)いのは気のせいだろうか。


変な奴だなと思いながらふと前方に目をやるとこっちに手を振る一団があった。

制服のリボンの色から見るに二年生だろうか、どうやら西野の顔見知りだった様で彼女が手を振り返していた。


「ソフト部の後輩だ、行ってくるね」


「おう、また明日な」


「明日から宜しくお願いします!」

西野は深々とお辞儀をしてそのまま前方の集団の方へ駆けて行った。憎めない奴ではあるんだよなと思いながら頬を掻く。


後輩の一人が「センパイ彼氏さんですかー!」などと言うのに対し「ちちちちがうよ!」と過剰なリアクションで否定する西野を遠目で見る、これだけ離れていても賑やかな声が響く集団に思わず笑ってしまう。


そのまま角を曲がって姿は見えなくなったが依然笑い声は民家を越えて良く伝わってきていた。

賑やかな後輩達に囲まれて楽しそうで良かった。


帰宅したら期末試験の勉強計画を立てなければと思いながらうーんと伸びをする。西野や、更に有村にも少し勉強を教える事を考えると今まで以上にタイトなスケジュールが出来上がる気がして鳥肌が立った。


夏前のじめじめと暑い空気に鳥肌を溶かしながら、ふとそういえば予知はどうしたと思い出す。

また振り回されたのかと溜息を吐いた。溜息をするごとに幸せが(こぼ)れていくと聞いたことがあったがそれならば今日は三度も零してしまった事になる。実に遺憾だ。


帰路は犬の落し物に一層注意しなければと下らない事を考えていたが…




ふと、西野達が去った路地を見つめる俺は違和感に(さいな)まれていた。

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