第1話「髙木 有馬」(14)
俺は脱線し過ぎたなと少し反省して頬を掻いた。
「この辺が物騒って話だろ、三ツ木が治安悪いのは昔からじゃねえか」
「お前有馬、生まれ育った町に愛着とかねえのかよ」
あっけらかんと言う俺に有村が反論する。
自分の意見を特に冷たいとも思わなかったが、この人相の悪さでこれ以上辛辣な意見を述べると後戻りできないレッテルを貼られる気がした。
"腐れ外道"なんて取り返しのつかない渾名を襲名した未来を想像して寒気がする。自粛しよう、将来「父さんは昔腐れ外道なんて呼ばれてたんだよ」などと子供に言いたくない。なんだその家庭、子供物心つく前にグレるぞ。
「にしてもよ、物騒より、平和な方がいいだろが」有村が弁当箱に残ったご飯を掻き込みながらもっともな事を言う。なるほど、もっともな事である。
もとより三ツ木市は以前よりずっと良くなったのである。数十年も昔には、それはそれは治安も悪かったらしくヤクザの縄張りがあった頃は街中で銃撃戦が行われた事もあるらしいと叔母から聞いた嘘みたいな話を思い出した。
と、ふと机の向かいを見るとあれだけあったお弁当はものの数分で米粒一つ残らずたいらげられていた。彼は食事を飲んででもいるのだろうか。
まだ半分も減っていない自分の弁当に箸を入れながら俺が応答する。
「そりゃそうだ、でもさ、派出所爆破の犯人もこんだけやれば流石に捕まるんじゃないか?」
「それがそんな事ねえんだよな、親父が愚痴こぼしてたよ。手掛かりも何にも残してねえんだって、親父の後輩が怪我してるから余計にな」
歯痒そうに口角を歪ませる有村の言葉に俺は何か引っかかる物を感じた。
「なに、お前の親父さんって警官なのか」
「おう、言ってなかったか」
言ってなかったも何も、聞いたことも無かったが。それならちょっと軽薄過ぎたよなと反省する。
しかしながら正義感は親父さん譲りだったのかと少し納得した。本当に色々とらしさの尽きない友人である。絵に描いたようなキャラ設定ではないか。
しかしこれでいて最後に得意なことが裁縫なのだから惜しい奴である。「そこは最後までやり切れよ!」と初対面ながら鋭くツッコミを入れてしまった事は記憶に新しい、そこまで来たら徹底してくれよ、キャラ。
「そうか、悪いな冗談にしちまって」
「いやあ、構わねえよ、爆破するぐらいじゃうちの頑固親父は殺せねえや」
高校生ながら大人顔負けの恵まれたガタイを持つ目の前の友人を見ながらその父親を想像した俺は、あながち冗談じゃないかもと思いながら苦笑いを浮かべた。
その後も昼食時間に二人して少々物騒な話に花を咲かせていたが「そういやもう期末テストの勉強とかしてんのか」という有村の一言でもっと物騒な話に話題が移る。
「やってねえ、今回はやべえかも」
七月の頭にある期末試験まで今日でちょうど一週間だった事を思い出してげんなりしつつ答える。これでも今までの真面目な勉強の末、最上位とはいかないまでもそこそこの成績は保っていたのだ。
しかしこの一学期は色々と忙しく、こと勉学に至っては中々手が回らずにいた為、このテスト期間に溜まったツケを支払う羽目になっていた。
そういえばと、ふと思い出した。このテスト期間、西野に勉強を教える約束をしていたのだった。
何も馬鹿を憐れんでの慈善ではなく(西野も憐れみを受けるほど勉強が出来ない訳ではない、たぶん。)、教える事で自分の勉強にもなるので俺はこれまでも何度か二人で勉強会を開いていた。
今回は紹介も兼ねて有村も呼んでやるかなと、迫る脅威に眉を顰めながら修学具合を思い出す友人を見て軽く微笑んだ。




