第1話「髙木 有馬」(13)
三限の終わり且つ昼休みの始まりを告げるチャイムが学校に響き渡る中、俺は何をするよりも先にメッセージアプリを開き『ふざけんな』と西野に送信した。その下には思い付く限りの腹の立つスタンプまで添えてやる。
思えば二限の古典で単語テストが無かった時点で気付くべきだった、まさかあの穏やかな英語教師が大胆にも抜き打ち単語テストを敢行するとは誰が予想できようか。
皆さんの前回のテストの平均点が悪かったので、じゃねえよ、こちとら古典単語の勉強しかしてねえんだよどうしてくれんだ。何聞かれてもあはれといとおかししか書けねえよ。
生徒の味方だと思っていた優しい英語教諭が不倶戴天の怨敵と化した瞬間であった。
クマのキャラクターがすごい形相で怒りを示しているスタンプの下に『英語の単語テストじゃねえか』と一言添えておく。
すぐに既読マークが付き返事が返ってきた。
『あれ、ごめん笑、君せっかく朝から勉強してたのにね』
見られてたよ。
だめだ、西野の思うツボだ、決して振り回されてはいけない。俺は再三眉間に皺を寄せて低く呻いた。
何してんだ飯食おうぜと俺の席にやって来た有村が頭を抱える席の主に怪訝な表情をする。
今更ながらになかなかの空腹に気付いた俺はとりあえず西野には後で直接クレームを入れる事に決めておき、いつもの様に席を前に付けて2人分の即席の食卓を用意した。
窓側の自分の席に差し込む昼の日差しがふと目に入り、春とは違う光の質感が夏の訪れを確かに感じさせていた。
「しかし物騒になって来たよな」
毎日放課後の練習に加えて朝練まで熟す筋肉質な友人は消費も凄いのだろうか、話しながら机の上に置く弁当はちょっとしたノートパソコンぐらいの総面積がある。
開けられた中身をちらりと確認すると半分が唐揚げで残りがご飯とそれだけであった。なんて潔い構成だろうか。
「物騒って、事件とかが?」
有村の二極化した弁当と自分のコンビニ弁当を見比べながら応答する。
「爆発事件もだし、ちょっと前には議員が撃たれたろ、あれ、うちの近くでさ。しかもしまいには、期末テストまで近づいて来やがった」
ああ、そこに入るんだ期末テスト。
大量のご飯を頬張りながら深刻そうに有村が言う。しかしながらこいつに至っては本気で深刻に思っているのだろう。
最後の期末テストは置いておくとして、この憎めない友人は本当に人一倍正義感が強く、去年の秋頃には通りがかった火災現場から二人を助け出したとの噂も聞いた。思えば秋学期の途中、学年集会でそんな事を言っていた気がする。
その上クラスでもイベントの度に全力で盛り上げるまさに人気者である、本当に何で俺とつるんでんの。
そんな性格の良さそうな有村の漢前面に対して俺の悪人面である。
二人して机を挟んで食事する様子が完全に小悪党の取り調べ風景だと初めに言い出した奴を俺は絶対に許さない。
有村にしろ西野にしろ、自分が残念な分友達には恵まれる星なのかもしれないと思っていると「おい聞いてんのかよ」と唐揚げを頬張った間抜け面の友人に引き戻される。
「ああごめん聞いてなかった、なんだっけ」
「物騒な話についてだよ」
「野球部初戦敗退とか?」
「物騒な話はやめろ!!」
有村が引きつった顔で飛び退った。
そこまで外道なジョークを平気で口にするとは流石、悪人面してるだけあるぜと冷や汗を垂らした友人が勝手に納得する。やかましいわ。どうせ目つき極悪だよこっちは。
俺は悪態を吐きながら、個性を活かすのは良い事だというのが口癖の学年主任に"小悪党"と書いた進路希望調査を提出したらどんな顔をするかなとそんな事をふと考えていた。




