第1話「髙木 有馬」(1)
「私さ、予知能力あるんだよね」
中学からの友人、西野咲は久々の会話をそんな一言から始めてきた。
「……は?」
たっぷり4拍分の長い沈黙の後、それだけしか絞り出せなかったのも無理はない。
俺、髙木 有馬と彼女は高3進級時にクラスが別れて以来、六月も末になる今日まで話す機会が無かったのだ。
その久しぶりの会話の出だしがこれである。
「じゃああれだ、次の期末テストの問題、教えてくれ。」
冗談と受け取って俺が軽く返すと彼女は少し不満そうにした。
「やっぱり」
「やっぱりって何だよ」
「ほら、そう言うと思った、君は。っていうやっぱり」
「なんだよあるんだろ予知能力」
「あるけどそんなのではございませーん。なんかね、勘みたいなやつ。あっこれダメだなーとか、こっち行った方がいいなー、みたいな」
コロコロと賑やかに表情を変えながら彼女が説明する。
親しみを無邪気に振る舞う。良く通るリズムのいい声色が気分のままに転調する様は子供の奏でる木管楽器を思わせた。
少し天然な所がある彼女は俺と違って愛想も人当たりも良かったのだ。
「それ予知って言わなくね」
「ほら!それも言うと思った!むう」
今度は膨れた顔をして腰に手を当てるジェスチャーを大袈裟にしてみる。よくそんなに膨らむなぁ、頬っぺた、と感心すると余計に膨れてしまった。針かなんかで突くと破裂しそうだ。
そんな事を話しながら大通りを川の方へ抜けていく。
自転車を押して土手の道に上がると見慣れた河川敷に子供達の賑やかな声が響いていた。
夕方の下校時間、自転車を敢えて押しながら見知った道を帰る。こんな時間が俺は嫌いじゃなかった。
「じゃあこんど宝クジでも買いに行こうぜ」
「やだ。超能力者を利用したがる悪人には気を付けろってX-MENが言ってたもん」
そのX-MENは俺のDVDだ、早く返してくれ。
「俺は悪人か」
「そんなことないけど…目つき以外は。」
「良い度胸だなてめぇ、次のテスト勉強手伝ってやんねーからな」
「や、それは困る!うそうそ、私意外と好きだよ君の目」
「フォローガ棒読ミダヨ西野ー」
過剰な棒読みで返答しながら目尻を押さえてそんなに目付きが悪いかなと少し本気で考える俺は、隣で彼女がぼそっと「そこは本心だけど」と呟いた事には気付かない。
「で、それってつい最近の話か」
「うん、三年生になってからだからまだ2ヶ月だよ、随分助けられたけど。」
それを聞いてふと思い出す事があった。
「まさかこのあいだの中間テストの英語…」
「あ、ばれた。ピンポン!ばっちりやったぜマークシート式でした!」
おかしいとは思っていた。
お世辞にも勉強が出来る方ではない西野が、英語の定期テストでいきなり学年順位2位を取っていた事は記憶に新しい。廊下に貼られた順位表を見たときは戦慄したものだ。
先程までは予知能力があるなどと信じてはいなかったが、しかしこれはどうも偶然とするには都合が良すぎる話だ。
「ていうかズルじゃねえか」
「ぶぶー、運も実力のうちって昔の偉い人が言ってたもんね」
「昔の偉い人の言葉を信じるなってのも昔の偉い人が言ってたぞ。」
「じゃあその言葉も信じちゃだめじゃん。あ、でもその言葉を信じないって事はその言葉にしたがってて、でもあれ、あれれ?」
言葉のパラドックスに引っかかった西野が如何にも間抜けな表情を浮かべた。
今にも頭から煙が上がりそうで可笑しくなったがものの数秒で「考えるのやめたー」とケロッと元に戻る。してやったりと思ったがやはり効果は薄いようだ。
しかし予知能力などと、本当だとしたらなんと狐に摘ままれたような話だろうか。
「マジかそんな馬鹿なこと…いや信じらんねえ、でも…ぬぬぬ…。」
頭を抱えながら悩む俺を西野が少し愉快そうに眺めている。
気付けば西日も赤さを増し見慣れた風景を黄金色に染め上げていた。話している間に随分家の近くまで帰って来ていたものだ。
「どう、少しは信じてくれた?」
西野が首を傾げ、俺の顔を覗き込む様に尋ねる。
「とりあえず勘がすげえってのは分かった。」
「腑に落ちない」
「腑に落ちろ」
西野が眉間に皺を寄せて睨む、どうやら"予知能力"にこだわりがあるらしい。
「…わかった、でそのヨチノーリョクがどうした」
今にも噛みつきそうな睨みに俺が折れると、途端に彼女はぱあっと表情を明るくした。
「そう、予知能力!でね、それが言うにはね…」
彼女が言葉を区切り少し躊躇った。
「明日、あんまり良くない事が起きそうなんだ。私か、私の周りの仲良い人に。」
彼女はそう言って顔に笑みを浮かべながらも少し不安そうな顔をする。
その表情がどんな意味を持つのか、俺には全く分からなかった。
透き通った夕陽の橙が見慣れた下校路を並んで進む彼女の微笑を妙に際立たせる気がした。




