44.父上、襲来
敬愛する魔王カーリン殿。
父上がひさびさに王都に出張に来たのう。
「浮気しておらんか見張れ」というのはあんまりじゃ。
まあ母上の頼みじゃ。一応報告するぞ。
国王出席の御前会議が一日休みになっての、父上は朝から公園広場じゃ。
黒い紳士服にマントに山高帽。なかなかの伊達男ぶりで現れての。
時計をチラチラ見ながら、待っておるのじゃ。
そしたら女が駆け寄ってきての、抱き合って、グルグル回して喜んどった。
女に手を引っ張られての、プルマールのベーカリーに連れていかれて、ケーキを買っての、公園のベンチで食べとった。
それから雑貨屋じゃ服屋じゃと行ってニコニコ顔での、女になんでも買い物させとったのう。
レストランで食事して、劇場に行って、リバイバル公演の「美女と魔物」を二人で観に入っとったわ。王都でも大人気でチケットもなかなか手に入らんのにまめなことじゃの。
女にあちこち街を案内されての、また高級そうなレストランで夕食して、終始上機嫌じゃったわ。あんな嬉しそうな父上久々に見たのう。
薄暗くなった街を腕など組んで仲良さげに運河のほとりを散歩しての、そいでその女を学園の学生寮まで送って行っての、そこで別れたわ。
はっはっは! その女とはの、わしじゃ!!
まあ途中で気が付いただろうがの!
……手紙、ここまで読まずに破り捨てたりしておらぬだろうのう?
まあ明日からまたずっと王宮で御前会議じゃ。寝泊まりも王宮じゃから浮気などしとるヒマなかろうて。
わしも兄上もずっとこっちの学園に来て帰っておらぬ。父上はいつも母上が独占しとるのじゃ。たまにはこういうこともあっていいじゃろうて。
父上にいい話を聞けたぞ。
父上はニホンというところから異世界転移させられてこの世界に来たことはわしも知っておる。
この世界に来て、魔族の料理を食べて泣いたそうじゃ……。
生まれた国の料理と、そっくりだったそうだからじゃ。
母上は、そんなふうに泣きながら食べる父上を、不思議そうに見ておったとな。
料理に美味い不味いは確かに大事じゃ。
作り手の手間も愛情も無ければダメじゃ。
だがの、泣くほどうまいのは、自分の記憶の中の、懐かしい味なのだそうじゃ。
食べたこと無い料理など、どんなにうまくても、うまいでそれでおしまいじゃ。
別に食べなくてもどうでもいいのじゃ。
浮浪者にとって、魔界料理って、そういうもんじゃ。
この国の料理をよく調べての、
浮浪者たちが、まだ浮浪者でなかった頃の、
家族と一緒に暮らしておった一番幸せだったときの、
母親が作ってくれたような、兄弟たちと食べたような、
そんな料理を出せと、
それはきっと、浮浪者たちの心に響くと言うとった。
やっぱり父上はすごいのう。
百歳以上生きとる母上より、ずっとずっと大人じゃぞ。
人生経験が普通の人の五倍ぐらいありそうじゃ。
1029年5月5日 ナーリンより。
次回「御前会議の評判じゃ」




