22.遠足なのじゃ
秋じゃ! 実りの秋じゃ!
この国の畑はどうなっておるのかのう。どんな作物を育てておるのかのう。
見て回りたいわ。学園は城壁都市の中にあるからの、畑は見えんのじゃ。
と、おもっとったらな、遠足があるそうじゃ。
クラス全員でな、えっちらおっちら壁の外に出て遠出するのじゃ。
ピクニックじゃの。三十人のクラスが五組で百五十人で外出じゃ。
……なんだかのう。
そんな大勢で押しかけて人数分のウサギやシカが獲れるのかのと思ったのじゃが、そんなことはせん。みんな弁当を持っていくのじゃ。狩り道具や鍋を持っていく必要はないのだの。
そして弁当係はおなごの仕事じゃ。
各班におなごを一人ずつ放り込んでおるのはそういうことかと納得したわ。
おなごははりきって殿御のためにおいしいお弁当を用意するのじゃ。
そうすると殿御の覚えがめでたくなっての、嫁のあても増えるのじゃ。
……と、プラルははりきっておるのじゃがな。班に貴族の男がおるからの。
わしの班はしょうもない男しかおらんからさっぱりやる気がでないのう。
貴族の娘は料理などせん。弁当屋に注文して朝届けさせるようじゃ。
わしは朝早くから寮の厨房でプラルと弁当作りさせられることになったわ。
もう面倒じゃし、おにぎりにすることにしたわの。
父上の大好きなコメはこっちではちっとも人気が出ん。
水で煮て粥にしとるからダメなのじゃ。こちらでは「炊く」という料理法がないのじゃ。もっとちゃんと料理法も宣伝しなければ売れるようにはならないのう。
そんなわけでミルティーのレストランから売れ残りのコメを大量にもらっての、具を適当にそろえての、鍋に蓋をして重しを載せてファイアボールのコンロで米を炊いたわ。
プラルがびっくりしておった。
「それなあに?」と聞くのでの、「米という穀物じゃ」と色々教えてやったのだがさっぱりわかってもらえんの。
プラルはサンドイッチを作っておった。ま、定番じゃの。
他のクラスの娘も来ておったが似たり寄ったりじゃの。
男五人じゃしのう。食い盛りじゃし一人五個もあればよいかのう。そんなわけでわしの分も入れて三十個のおにぎりを作ったのじゃ。
海苔は南方からの輸入品でこちらの国でも手に入るぞ。
プラム干しは……これも売れんものの代表じゃし、ミルティーがタダでくれたわ。
牛焼肉とかマヨネーズと鶏肉あえとか具を5種類用意しての、塩を手にまぶしてアッチッチと握るのじゃよ。周りの娘が不思議そうに見ておったの。
一個だけ、わさび漬けを入れといたのじゃ。
さて誰に当たるかの? 楽しみじゃ。
わしの隣の例の貴族のボンボンが来ての、「何か手伝えることは無いか」と言いおったがの、「殿御が飯にあれこれ言うは余計なお世話じゃ」と言うて追い出したわ。
……なんか悪いことしたのかの?
周りの娘がドン引きしてたわ。
男子厨房に入るべからずじゃ。殿御は出されたものを黙って食っておればそれでよいのじゃ。尻を蹴り上げられてあたりまえじゃ。のう母上。
校庭に集まって班ごとにかたまるとの、みんなわしのカッコにギョッとする。
上から下まで本物のハンター服じゃからのう。
外を歩き回るにはこれが一番いいわ。まあ武器はハンティングナイフをこっそりと腰袋に入れとるだけじゃがの。
ABCDが何を作ったのかと聞いてきてうるさいの。
ABCDというのはな、平民の四男子じゃ。炊き出し実習の時に逃げたあいつらじゃの。アイルトース、バーチュル、カールロン、ダースという名前なのじゃが母上はこんなもんは覚えんでもいいわ。今後もこの手紙ではABCDと書くからの。
炊き出し実習以来、わしの株は上がっておる。
美味い物を作れるおなごということになっておるそうじゃ。
わしにくっついとるとおこぼれでいい点がもらえるということがわかったのか、ABCDも最近はわしをぞんざいにはせん。まあ、このへんの手のひら返しがいかにも小物じゃの。今更どうこうしたところでわしの中でのABCDの株が上がることなどもう無いわの。
出発の時、「持とう」とだけ言ってトラスタンが弁当のリュックを勝手に背負ったわ。「カッコつけやがって」とかABCDから文句が出たがの、だったらおぬしらも交代で背負えばよいのじゃ。なぜそうせん。
ぞろぞろぞろぞろ、歩くのじゃ。
夏休み以来の初外出じゃの。
こちらの畑はな、野菜畑じゃ。
麦畑ばかりと聞いておったが、だいぶ改善されたらしいの。
輪作も行われておる。
キャベツ、ニンジン、ピーマン、タマネギ、カブ、もう収穫の終わっておるなにかの畑、たぶんトウモロコシかの。
あちらこちらでジャガイモの収穫が最盛期じゃ。魔族産の品種のうち最も人間側で広がった作物じゃ。飢饉のときの命綱じゃが、こちらではまだそんな事態は起こっておらぬ。
凶作になればジャガイモのありがたみがよりわかるというものじゃ。まあそんなことないほうがよいにきまっておるがの。
人間は豆は作らぬのかのう。
醤油や味噌の原料になるからの。これは人間に教えないほうがいいかもしれんの。
郊外に行くとだんだん麦畑が増えてくる。
秋撒き小麦じゃな。冬を越させて夏に収穫じゃ。
燕麦も多いのじゃ。魔族では馬の餌じゃが、こちらでは貧しい者の主食じゃ。
みじめだのう。
牧場もある。牛と馬と豚を飼っておる。
牧草畑も増えてきて、チーズやバターの工房も点在しておる。
家畜は魔族ではまだまだ少ないからの。チーズは人間領からの人気の輸入品じゃの。山に入るとブドウ畑じゃ。葡萄酒を作るのじゃな。
わしは葡萄酒は不味いとは思わんのじゃが、魔族にはあんまり人気が無くて交換品としては価値が低いのう。
蒸留してみるといいかもしれん。魔族はきつい酒が好みじゃからの。
酒と言えばこちらでは葡萄酒じゃ。
芋や麦や米からも酒は作れるのじゃがのう。酔っぱらえればなんでもいいのかもしれないのう。
昼頃になって、王国直轄領の農場に着いたぞ。
小高い丘じゃ。牛の牧場じゃの。
見渡して遠くに王都が見えるわ。良い景色じゃ。
あちらこちらでの、班が固まって昼飯じゃ。
どや顔で自慢の料理をふるまうおなごたちと男どもの歓声が広がるわ。
ABCDはどうでもよいが、ここまで荷物を背負ってくれた貴族のボンボンには茶ぐらいは出してやるかの。わしが背負っても別によかったんじゃが。
麦を炒った麦茶をポットに入れて水を入れ、枝に引っ掛けてファイアボールを底に張り付けて沸かすのじゃ。
水魔法と火魔法を出したから驚かれたわ。
驚くことかの? こんなよく使う魔法をいちいち詠唱してやるほうがおかしいわ。
やらかしたかもしれないのう。
「ほれ食え」
おにぎりを分けて出したが、みんなじろじろ見るだけで手を出そうとせん。
「……なにこれ?」
「米の飯じゃ」
「米ってなんだ」
……また最初から説明しなおしかの。
「つべこべ言わずに食えばよいのじゃ!」
わしの目つきに恐れをなしたか、食いつけばうまいとわかるはずじゃ。
やっぱり、大好評じゃぞ。一個一個、味が違うのもまた好評じゃ。
ガツガツ食っておるわ。
「うめえ――――!」
ここでもわしの株は大上がりじゃ。
他の班の連中も集まってきたがの、「やらないぞー! 手だすな――!」とABCDがブロックしておるわ。
意地汚い連中じゃの。
ぶほっとトラスタンが噴出したのじゃ。
涙を流しておる。
……お主が当たりかの。
ABCDのどいつかに当たればよかったのじゃ。まったくツキのない男じゃの。
運の無い男というのは魔族の間では甲斐性無しじゃ。
手を尽くしてやれることを全部やって、それでも最後にものをいうのは運だからの。わしの中でもボンボンの株が大暴落じゃ。
「ほれ飲め。荷物持ちご苦労じゃった」
温かい麦茶を渡したぞ。
「わさび漬けじゃ。辛かったかの?」と言うと、「……いや、慣れてみればこれも美味い」と上機嫌で食っておる。
ちゃんと炊けば人間にも米はうまいのじゃ。実験は成功じゃの。
これは商売になると思うぞ。母上もメルティの店で米の飯のメニューを増やしてみるように言ってはどうかのう。
ま、父上のように上品に二本の箸を器用に使って食べるのは、こちらでは普及しそうにないがの。
こちらの殿御はみんなみんな不器用ぞろいじゃ。
それにしてもなんにも起こらなかったのう。
飯の匂いに誘われてクマが襲ってくるとか魔物が襲ってくるとか普通じゃろ。
それでこそピクニックというものじゃ。華が無いわ。
ぬるいところに住んでおるの人間は。
1028年9月4日 ナーリンより。
次回「班長は誰なのじゃ?」




