17.魔族の講演会の続きじゃ
「勇者の話が出たところで、少し、魔族の歴史について語りましょう」
ガイコツの話は、地図の前でまだまだ続くのじゃ。
「この大陸はこのとおりアリア山脈により分けられており、魔族と人類とのすみわけができておりました。およそ六百年前、まだ魔族は統一されておらず、各地の部族が勝手に魔王を名乗り、小競り合いをしておりました」
「そのうちの東においやられた部族がですな、人間にちょっかいを出したのか、あるいは人間が追い返そうとしたのか、初めての魔族対人間の戦争が行われたのです。その時現れた勇者、それがあなたたちの初代勇者、女神パスティールですね。パスティールはこの時人間領に侵入した某地方の『自称』、魔王を討ち取って、初の勇者となりました」
初代勇者のパスティールの石像が映像に映る。
「人間は魔族の存在を初めてここで知ったのです。そして魔族に備えよとばかりに人間同士の争い事をやめ、国が次々に統一され、そして現在のあなたたちの国になったことは歴史で学んでおられますな?」
学生たちが納得がいくかどうか……わからんのう。
初代勇者が倒した魔王が、実はザコだったとは信じたくないじゃろうて。
「史上、魔王を倒した勇者は三人、パスティール様、モーガン様、そしてツェルト様ということになっておりますな? では魔王を倒せなかった勇者はどれぐらいいたかご存知ですか?」
ざわめく。知らされておらんのか。そりゃあそうか都合が悪い事実だの。
「この六百年の間に魔王と闘って魔王に倒された勇者は記録を合わせると二十八人、勇者のパーティーメンバーを含めると総勢百十三名です」
ええええ――――!
講堂がどよめいたわ。
「みなさまは勇者の冒険物語など読んでその勇敢な旅の様子など知っておられますな? 私も読ませていただきました。大変に心躍る勇猛な物語です。しかし、実際には魔王と闘う前に山を越える途中で魔物にやられて死んだ勇者やパーティーメンバーを加えればおそらく百十三人を軽く倍にもなる数の人間が魔王領にやってきたということになります」
ざわめきが止まらんわ。
「しかし、みなさまはそのような物語を読んで、おかしいと思ったことは無いですかな? 魔王を倒しに行くのはいつも勇者とそのパーティー。では、逆に魔族の勇者がこの国の王を倒しに来たなんて話は読んだことがありますかな? ないでしょう」
ガイコツが喋り出すと講堂はすぐ静かになる。
みんな一言も聞き漏らさないように真剣なのじゃ。
そりゃあそうだの。
「勇者がいるときならいざ知らず、勇者がいない時を狙って魔族が総攻撃をしてきたことがございますかな? あるいは魔族のパーティーが人間領に侵入して城まで王の首を取りに来たことがございますかな? そんなことはないですよね。歴代の魔王様がそれをしなかったのは、ちゃんと理由があります。それを説明いたしましょう」
講堂は静まり返っておる。
「人間がいち早く国を統一し、魔族に備えて勇者を召喚しては送り出していたころですな、魔族はまだあちこちに魔王がおり小競り合いをしておりました。それから四百年がたち、この魔族が魔王サールスによる統一を目前にして魔王領にやってきたのがモーガンのパーティーでした。もう二百年も前になりますか。魔王サールスは魔族領内の小競り合いで消耗しており、歳も歳でしたのでモーガンのパーティーに討ち取られてしまいましたな。モーガン教会の聖人は七人でしたか、あれ、全部モーガンのパーティーメンバーですからな。年寄りの魔王一人に八人がかりとは、ちとやりすぎではないかと思いますがの」
……時々笑いをはさんでくるの。
まあそれが観衆を飽きさせないコツなのだろうがの。
今度ばかりは、くすりとも笑いが起きないのう。
「勇者の物語、最後はすべて魔王との一騎打ちとなることについて疑問はありませんかな? なんで魔王城にまで来てもらっているのに、魔王城の全兵力を勇者に向かわせないのですかな? もしこの国の王宮に魔族が乗り込んできたら、王宮中の兵士が集まってきて王を守るでしょう。理由はですね、実は、それをするのは魔王としては大変に不名誉なこととされているのです」
「魔王は自分に勝負を挑む武人とは戦う義務があるのです。魔王になるには力を示さねばならぬのです。それは相手が敵対する魔族であろうと、勇者だろうとかわりませぬ。魔族の王は、相手が一人で来たら一人で、パーティーで来たら四天王のようなパーティーで、軍を挙げてきたら軍でと同じ条件で立ち向かわなければ魔族に卑怯とののしられてしまうのです。難儀ですな。軍団で一人の勇者を倒しても、よくやったと言ってくれる魔族など一人もなく、魔族の恥さらしとして魔王の座を引きずり降ろされてしまうのですよ。つまりですな、魔王たるもの自分からケンカを売ったりしてはいかんのです。魔王は弱い者いじめはせんのです。魔王が二十八人もの勇者に命を狙われてるようなことがあっても、魔王が勇者や王を殺しに人間領を攻撃しに来たりしない理由がそこにあります」
……その説明はどうかのう。会場ドン引きじゃ。
「大魔王サールスの後を引き継いだのが先代魔王。現魔王カーリン様のお父様であらせられる魔王カルランス様です。魔王の即位の際、新魔王に不満ある者は誰でも異議を申し立て、勝負を申し込むことができます。新魔王が即位しますとな、国中から野心ある者が魔王城にやってきては勝負を挑みます。それをかるーく蹴散らしてこそ、魔王なのです」
面倒じゃの。
わしもそれが今からウンザリなのじゃ。母上はよう相手しとったのう。
「『勇者、襲来』などはもう魔族の一大イベントですな。魔王の即位に世界で一番不満を持っているのがこの勇者という御仁ですからな。もちろん魔王は正々堂々と勇者を受けて立つわけです。この勇者、魔王がどうあしらうか魔族がみんな楽しみにしておりますからな。魔族はみんな旅の勇者を見つけても見て見ぬふりをして素通りさせるのがマナーですな。まあ乱暴者が腕試しに勇者に手を出したりする事件はたまにはありましたが。このように魔王城までやってきた勇者をかるーくひねれば魔王の株も上がるので、魔王の在任中に勇者が来るのは、魔王にとっても『縁起がよくてめでたいこと』とされております。魔王を殺しに来るのでなければ、歓迎して酒席でも開きたいぐらいですな」
会場、爆笑じゃ。
「先代魔王のカルランス様は最後まで小競り合いを続けて争っておった地方の自称魔王の小領主をがつんとやって戦争をやめさせて配下に置き、史上初の魔族統一魔王となりました。私が側近としてお仕えしたのがこのころですな。よう覚えておりますぞ。魔界が真に統一され、魔王が魔界にただ一人になったのは今からわずか二百年前なのです」
……ガイコツさん二百歳? なんて声が聞こえてくるわ。
それ以上じゃの。わしもしらんが。
「カルランス様は国内の整備に力を注ぎ、和平を尊び、今に通じる平和な魔族領の礎を作りました。争いをよしとしなかったので、この間もたびたび魔王領を訪れた勇者たちを、ぶん殴って説教して、追い返しておりましたな」
笑いが止まらんわ。
このころの名も無き勇者は、まだまだザコっぽいからの。
「ところがですな、この説教して追い返した勇者が、今度は軍勢を率いて攻めてきましてな、これには先代魔王様も激怒なされて、勇者討伐軍を出し、なにがなんでもあの勇者の首を取れ、と命じました。その勇者が人間の領土に逃げ、都市に立てこもったものですから魔王軍がそこに突入いたしまして、人間の都市が一つ滅ぶことになりました……。国境に近い、今廃墟になっているこの国の領土の一つ、タントンです」
笑いが止まる。人間側に魔族が攻め込んだ珍しいケースだのう。
「先代魔王様はそのようなこと望んではおられなかった。ずっと後悔しておったのです。それから十数年、こんどは勇者ツェルト様が魔王城にやってきました」
ざわめきが広がる。現在のルルノール国教、ツェルト教会の武神様じゃ。
「勇者ツェルト様はたった一人でやってきて、魔王との面会を求めました。とは言っても門の前で『魔王と闘わせろ――!』と叫んでおったのですがな。カルランス様は『会うぞ』と命じられ、私がツェルト様を魔王城に迎え入れました。二人はしばらく話をしておりましたな。ツェルト様は堂々と、タントン滅亡の責任をカルランス様に問い、カルランス様はそれを認めて謝罪をしたのです」
そんなことがあったのかの……。
「ツェルト様も、カルランス様の話から先代勇者の不義を認め、カルランス様の謝罪を受け入れてくれました。軍勢を率いて攻めてきた勇者が、魔族の軍勢に追われて滅ぼされて文句が言えますか。言えませんでしょう。お互い様です。人間の歴史ではタントン滅亡は魔王の人間に対する許されざる罪とされており、魔王討伐の理由によく挙げられますが、ではあのまま勇者軍が魔族領に攻め入ったとして魔族の村々を滅ぼしたりはしないのですかな? 同じことです。そんなことをやりあっていつか終わりが来るのですかな? 来ないでしょう。どちらかが滅亡するまで戦争を繰り返すのですかな? そんなこと誰が望むのですかな?」
不毛じゃの。
……講堂、静まり返ってグウの音も出ぬわ……。
「二人は、人間と魔族には闘う理由がない。戦争などする必要はない。勇者を送り付けて魔王を倒すなどということになんの価値も無いし、魔族にも人間を侵略する意味など無いことを認め合いました。二人は停戦を誓い、互いに不可侵を約束したのです」
……。
歴史の教科書が替わりかねない衝撃の事実だの。
「しかし、それはそれ、これはこれ。魔王として、勇者として、武人としての勝負はまた別の話でございます。ツェルト様は『俺は最後の勇者になる』と言って剣を抜き、カルランス様は『約束は余の子が守る』と言って剣を構えたのです。二人、死闘の末、見事ツェルト様は先代魔王カルランス様を討ち取り、そのまま息絶えました。武人らしく、見事な最期でした」
……?
母上がツェルトを消し炭にしたのではなかったのかの?
ま、このへんはガイコツのサービスじゃの。
「魔族の間では、ツェルト様こそが統一魔王を倒した、唯一にして最強の勇者とされております。この国の国教にもなっておりますが、もし他の勇者を国教にしていたら、今頃大変な恥さらしになっておりましたぞ」
なんじゃそのツェルト押し。やりすぎじゃ。
「みなさまは、『カーリン文書』というやつを御承知ですな? 今は歴史の教科書にも載っているあれです。先代魔王カルランス様の後を継いだ現魔王様は、死闘の末亡くなった先代魔王と武神ツェルト様の御霊に不戦の誓いをなされ、百年にも及ぶそれを今日においても守り続けておるのです。十八年前、パスティール教会が再び勇者をたて、軍を率いて魔族領に攻め込もうとしたときに、多少強引な手段ではありましたが……」
国王をかっさらうことのどこが多少なのじゃ。
「魔王様があれほどまでに戦を避け、トーラス陛下に和平を訴え、今こうして人類と魔族の国交が樹立するまでになったのは、先代魔王様と、武神ツェルト様の悲願があったからなのです。百年の時を経てついに達成されたこの約束は、現魔王カーリン様の在任期間だけになるのかもしれません、または、その後も続き、人類と魔族の共存の未来は、さらに開けるのかもしれません。それを決めるのは、まだ若いあなたたちなのです」
ガイコツは講堂を見回して、言ったのう。
「私がこうして、まだ体が現世にあるうちに、魔族と人類の和平がかなうとは想像もつきませんでした……。ありがたいことです。願わくば、この平和が続き、この友好が続き、古代に分けられてしまった二つの種族が再び友情と共に歩むことを、私は勇者の剣に倒れた先代魔王、カルランス様と、カルランス様と剣を交えた勇者ツェルト様に代わって、見届けたいと思うのです。ご静聴をありがとうございました」
割れんばかりの大拍手じゃ。
全員立ち上がっておる。
拍手が止まらん。
壇上に国王のトーラスがでてきおった。
涙を流しておった。
ガイコツとがっしり握手しておったぞ。
キャロラインが出てきての、これも泣いておったが、にっこり笑っての、おっきな花束を、ガイコツにわたしてくれたわ。
この間、ずーっと拍手がとまらなかったわ。
キャロルはどうしてああ目立ちたがりなのかのう。そういうところが兄上が苦手なのじゃ。兄上は目立つことが嫌いだからのう。
今度一言、言っておくかのう。
てなわけで、ガイコツの初講演、大成功じゃの。
だいぶフカシというか、作り話も入っとったような気がするがの、まあ、歴史の生き証人の言うことじゃ。反論できる奴もおらんだろうの。
いや、もう死んでおるのから死に証人かの?
ガイコツだからの。
どうでもいいわの。
こんな長い手紙書いて疲れたわ。
今度ガイコツが帰ることがあれば、褒めてやるのだぞ。母上。
1028年7月1日 ナーリン
次回「期末テストなのじゃ」




