16.魔族の講演会じゃ
今日は講演会があったのじゃ。
初めての試みだがの、人間に魔族のことを知ってもらおうということでの、講堂に全校生徒を集めての、魔族の講師に講演をしてもらうのじゃ。
講師はな、あのガイコツじゃ。
いやあそりゃあもう大盛況だったのう。あんなに人間を笑わすことができるとは、ガイコツもずいぶん人間を研究したものよの。
笑わした、ということはの、魔族を馬鹿にして笑わしたわけではないぞ?
誤解があるといかんのでの、今回はちゃんと書いておこうかの。
長い手紙になるが、父上も母上もよく読むのじゃ。
講壇に真っ黒いローブをかぶってのそのそと現れての、講堂がざわざわとざわめく中、ばっとローブを取って、「こんにちは――!」と言いおった。
ガイコツじゃからの、みんな口あんぐりでびっくりしとたわ。
「んー、返事がありませんな。異種族交流の第一歩は挨拶から。さあみなさんもごいっしょに。こんにちは――――!!」
みんなが恐る恐る返事をすると、「もっと元気よく、こんにちは――!」と言いおっての。
つかみはおっけーじゃ。
「魔界で魔王様の執事をしておりますチャプティルティーラスと申します。現在はこちらで大使を務めております。ややこしい名前ですのでな、この国ではどこでも『執事さん』と呼ばれておりますな。みなさんもお気兼ねなく執事さんとお呼びください。まあ仲間内は、みんな私のことをガイコツと呼びますが」
あいつそんな名前だったんじゃ? 初めて聞いたわ。
「ガイコツ」の所で少し笑いをとっておったな。
「異種族交流のコツはなんだと思いますかな? わたくしは笑顔だと思いますな。ほれ、このように。笑顔、笑顔ですぞ」
自分の顔を指さして歯を剝いておるが、あれではわからんわ。
「魔族と言ってもですな、多種多様な種族がございます。みなさんもよくご承知のといいますと……この」
たいしたものじゃのガイコツ、さすがは幻術使いじゃ。
講壇の後ろの壁一面に映像を出してみんなを驚かせておったわ。
映像はの、魔族の大使館前じゃ。
「大使館の護衛をしておるホロウさんですかな。雨の日も風の日も微動だにせず斧を持って大使館の前に立っております。あまりにも動かないので鎧の像、ただの飾りだと思っておる市民の方も多いでしょう」
……あれ魔族だったんだ、わからんかった、なんて声が聞こえるの。
「ここの学生のやんちゃ坊主がですな、毎朝通るたびガンを付けたり殴ったり蹴とばしたりしておりますがな、びくともせんし棍棒で殴っても傷一つつかんでしょう。ホロウさんは魔王様を守る四天王最強の防御力を誇る精鋭ですからな、そのくらいで動じたりはしませんな。ただ、坊主の顔はちゃんと覚えておるそうですからな、一応、言っておきますぞ」
後ろでそのやんちゃ坊主たちが蒼い顔をしておったの。
「まあ大使館も、今まで石を投げられたり、火矢をかけられたり、さんざんな目にあっておりますが、それでもホロウさんが動かないのは、大使館が鉄壁の結界魔法で守られておるからです。ホロウさんがヘタレだと思ったら大間違いですからな。大使館の前に走ってきた商人の暴れ馬を力ずくで取り押さえたことがありますからな。大使館の人間だけでなく、市民の皆様が危険になった時もちゃんと動いてくれますぞ。ただ、真面目ですがあれでも気のいいところもありますから、ここの女生徒にお願いしたいのですが、今度見かけたら『ご苦労様です』とでも声をかけてやってください。きっと手ぐらいは振ってくれますからな」
なんで女生徒限定なんじゃ。くすくす笑いが漏れとったの。
「さて魔族には私やホロウさんみたいに、一人しかいない、という種族が大勢いますが、ある程度数があってまとまって村を作っているような種族を数えますとその数ざっと二十七種族、真族、猫族、ウサギ族、狼族……」
次々に種族の映像をガイコツが出すのじゃ。そのたびに学生から声が上がる。
サキュバス族のメイドのパランが出た時など男子学生の反応がすごかったの。
たまには悲鳴も上がったがの。ちとチリティに失礼ではないのかの。
まあトカゲ女じゃからのう。
「……それにヤギ族。こちらはご承知でしょう。ここで文具店を開いておりますからな。学生の皆さんにはなじみ深いかと思います。プータンさんと申します。まだ独身で、嫁さんを探しております。さすがにこちらでは見つからないかもしれませんな。残念ながら」
それを言うのはやめてやれガイコツ。「おじいさんだと思ってた」と声がするわ。
「魔界ではこのように多種多様な種族が、それぞれ戦争もなく、争いも無く、仲良く交流し、商売しあって共存しております。つまり、われらはあなたたち人間から見れば、異種族交流の大先輩。これだけの種族が付き合って一緒に住んでおるわけです。どう思います? この二十七種に、あなたたち人間が加わって、二十八種になったとして、なにか問題あると思いますかな? 私たちはそんなこと、ちっとも気にしないのです。魔界に来たい、魔界に住みたい。どうぞそうしてください。私たちは歓迎いたします。今は魔界にもみなさまの商館、大使館がありますからな。仕事だって見つかりますぞ」
ざわざわざわ。
これは人間にしてみれば意外じゃろうのう。魔族がそんなふうに考えているなんて。
「そして、われらのトップに立つのが魔王様!」
母上と国王トーラスが和平の調印式で上機嫌でこっち目線でピースサインをしておる。おおーと声が上がるのう。
「この時はきれいにメイクしてドレスも着ておりますが、普段の魔王様はこんなです」
……ガイコツ、それはないであろう。
ぼさぼさの髪を後ろでまとめて、ヨレヨレのハンター服を着た仕事中の母上じゃ。
会場、爆笑じゃ。
「この魔王様をトップに、私たち魔族は……」
組織図が出る。
「四天王、それに魔王城の職員総勢五十名、それに各村々の村長、それに臣民です」
魔王以下横並びじゃ。
「これだけです」
ざわざわざわざわざわ……。
「お気づきになりましたか? 魔族には、貴族も領主もいないのです。村長も各村のとりまとめ役。村民から話し合いで選ばれております。つまり、魔族には身分というものがありません。魔王以外は全員こちらでいう平民なんです。四天王と言っても、なぜか5人おりますが、こちらは魔王様のパーティーメンバー。普段は魔王様の補佐の仕事をしております。軍においても、将軍、騎士、兵隊に相当する者は魔王配下にはおりません」
会場ええええ――――。
びっくりするようなことかのう?
「御承知の通り魔族には人間族と戦争してきた歴史がございます。魔族というのはですな、一人一人がいっぱしの戦士です。普段は市民としての生活をしておりますが、事あれば武装し、集合して兵士となるのです。常時兵を構えておる必要はないのです。そのへんは、この国と大きく違う所ですな」
会場が静まりかえってしまったぞ。
この空気どうすんじゃ。
「たったそれだけでどうやって民を治めるのか、平民に武器を持たせておいて大丈夫なのか? 領民の反乱は? 他の領主との小競り合いは? 治安を守るべき兵も衛兵もなくていいのかと思いますよね。では魔王様がどんな仕事をしているかと言いますとな」
次々と映像が出よる。
魔物をファイアボールでぶっ飛ばしている母上。
畑の面積を測っている母上。
水路のくい打ちをしている母上。
急病人のため薬草をもいでいる母上。
馬泥棒を縛り上げている母上。
完成した橋を臣民と肩を組んで喜ぶ母上。
やっつけた大きなクマを引きずる母上。
大勢の村民の前で説教をする母上。
水害に沈みそうな家から子供を助け出す母上。
倒れた朽ち木に斧打つ母上。
火事の家に水魔法で放水する母上。
転んで泣いた赤ん坊をあやす母上。
病気が出た畑を調べている母上。
風車にふりまわされて落ちそうになっている母上。
炊き出しの鍋をかきまわしている母上。
手当てのかいなく命尽きた幼子の母を抱いて共に泣く母上。
わしは泣けた。
なんと誇らしいのじゃ。
あれがわしの母上じゃ。
大きな声で自慢したい。
あれがわしの母上なのじゃ。
「魔王様は毎日、四つは村々を回り、臣民の話を聞き、このように様々な頼みごとを引き受けておられます。四天王も、私も、そして魔王城の職員も、みなで協力しあって同じことをできるだけしております」
「……魔王ってあんなことまでやるの?」
「ええ――……」
あちらこちらから驚きの声が上がっておる。
あたりまえじゃ。
それが魔王じゃ。
「『わしは臣民の奴隷じゃ』、それが魔王様の口癖です。臣民を守り、臣民を助け、臣民の力となり、臣民を分け隔てなく愛している。それがわれらの魔王様です。魔族は誰もが魔王様を頼りにし、魔王様を尊敬し、魔王様の言うことなら聞き、事あれば武器を取り兵をあげ魔王様の元に馳せ参じ、魔族の敵と戦うのです」
「私は魔王様にお仕えできることが誇らしい。魔王様をお助けできることが嬉しい。そして臣民の笑顔を見ることがなによりも喜ばしい。ですが、このような統治は人間には無理です。トーラス陛下にも、そして魔王様にも。理由は簡単です」
映像が一転して、この世界の地図になる。
母上の執務室の壁に描かれた世界地図じゃ。
「ごらんください。これが世界です。この大陸です。東に大きくあなたたちの人間領。そして西に同じく魔族領。どうです? この街の数。街道の数」
講堂がどよめいたわ。
大陸図など初めて見る学生も多いのかの。
「これだけ見ても人間社会の規模は、魔族の五倍はあると言えましょう。人口に至っては八倍です。魔王様が魔族の面倒をまるで家族のように隅々までみることができるのは、魔族の数が少なく、住んでいる範囲が小さく、なにもかもが小規模だからなのです。魔族領とされているこの大陸の半分、実は魔族の領土ではありません。険しいアリア山脈に隔てられ、渓谷が続き、魔物が跳梁跋扈する全てが未開の森林地帯。魔族が住め、耕せる土地も限られており、厳しい自然に塞がれた、この小さな小さな村々が、魔族のふるさとなのです」
驚いたであろうのう。
魔族領に攻め込んで、魔族の領土をぶんどれば、金銀財宝、奴隷に家畜、豊かな畑を濡れ手に粟ともくろんでおる貴族連中などいくらでもおっただろうからの。
「我らの魔王様のような統治は、魔族にしかできぬ統治と言えましょう。この学園の学生の皆様の中には、貴族の御子息も在学しておられますね? 国が、王族が、あのような統治できるとお思いでしょうか? 無理でしょう。でも、自分の領地ならどうか。貴族様方の御領地ぐらいは、面倒を見ることができませんか? だから人間には貴族があるのです。貴族が必要なのです」
「みなさまは領民に好かれておりますか? 嫌われておりますか? 領民を愛しておられますか? それとも虐げておりますか? 領民の幸せを願っておりますか? それとも逆らう領民を吊るしておりますか? 貴族に生まれたことを幸福だと思いますかな? 平民に生まれなくてよかったと思ったことはございますかな?」
「魔族には貴族はございません。そのかわり、魔王様が貴族百人分の仕事をしておられます。貴族は領民を幸せにするのが仕事です。貴族の御子息あらば、その貴族に生まれたという責任を、領民の命を預かっているという責任の重さを、今一度改めて、この学園で学んでほしいと思いますな」
「『魔族には貴族はない』、そのことだけで、魔族を危険視し、魔族との交流をいやがり、魔族との和平を妨害する。そのような貴族、この国には少なくないと聞いております。みなさまのお父様は、魔族との友好、賛成派ですかな? それとも反対派ですかな? みなさま自身はどうですかな? 魔族は何が何でも滅ぼしたほうが良い民族ですかな?」
「魔族と友好を結んだとて、貴族が無くなってしまうなんてことはありませんぞ。貴族に相応しい仕事をし、貴族に値する尊敬を領民から集め、領民から必要とされるうちは貴族というものはなくなりません。おわかりですかな」
貴族の子らの顔つきが変わってきたの。
「願わくば、我らの魔王様のように、臣民に愛され、頼りにされ、誇りに思われるような人物が、この学園から巣立つこと、希望いたしますな。また、そのほかの多くの平民の皆様も、良いこと、悪いこと、間違っていること、正しいことをちゃんと見極めることができる目を育み、貴族とも手を取り合って共に国を豊かにしていってもらいたいと思います。そして、私からお願いです」
ガイコツ、にやりと笑って、笑ってるとわかるのはわしだけかもしれないがの。
「魔王様は見ていただいた通り大変にお忙しい身の上でございます。おかしな勇者など送り込んで、魔王様の手をわずらわすようなこと、この先もできれば無しにしていただきたいですな。面倒ですわ、非常に!」
会場、大爆笑じゃ。
やりおるの。ガイコツ。
続くのじゃ。
次回「魔族の講演会の続きじゃ」




