15.炊き出し実習当日なのじゃ
父上、母上、前に手紙に書いた炊き出し実習、今日だったのじゃ。
わしは三日前、学校も始まる前のまだ夜も明けぬうちから狩場に行って、野牛を一頭獲ってきたぞ。
これをミルティのレストランに行って、半頭分をしょうゆとみりんと砂糖と交換し、半頭分を預けて、炊き出し当日に受け取ってから貧民街に行ったわ。
トラスタンがの、銀貨五十枚で買えるだけジャガイモと人参と玉ねぎを市場で買ってきての、それを荷車で押してきて待っておった。
それから二人でジャガイモと人参の皮をむいての。切り刻んで下ごしらえじゃ。
貴族の男という奴はほんと役に立たんのう。わしが二十個皮をむく間に一つしかできんのだからの。
ひとっことも口を利かずにただ黙々とやっておる。気持ち悪いの。
そのうち先生たちが馬車でやってきてコンロと大鍋を用意してくれるのじゃ。
レンガで組んだ薪のコンロじゃ。五班あるので全部で五台じゃな。
薄切り肉を軽く炒めて、野菜も炒めて水をドバドバ入れ、薪をどんどん突っ込んで沸かすのじゃ。
トラスタンはなかなか火を起こすのがうまいのじゃが、それでも火力が足りんのでこっそりファイアボールも追加したわ。
川魚の煮干しで出汁を取り、砂糖と醤油とみりんで味付けしてあとは煮詰まるで灰汁をすくいながら火の番じゃ。
あれこれやっておると子供たちが集まってきたのう。
汚い垢だらけの服を着て、真っ黒い顔をして、ガリガリに痩せておる。
なんでこんな子供たちをほうっておくんじゃ。人間と言うのは悪鬼かの。
「すげーいい匂い!」
「うまそ――!!」
「これなに? なにこれ?」
無邪気に聞いてくる。
「わしの国の料理じゃ。楽しみにしておれよ」
「やった――――!!」
どんなに汚くても子供の喜ぶ顔というやつはやっぱりいいのう。
他の鍋はの、全員、オートミールじゃ。
一番安いライ麦パンをつけての。市場で買ってきたやつかのう。
それで、やることは塩味だけかの。
どの班も火をつけるのも上手にできずにぐつぐつと煮立つこともなく最悪じゃの。
教会の十二時の鐘が鳴って配給開始じゃ。
もうわしらの鍋の前には行列ができておる。
トラスタンが無表情のまま柄杓で子供たちの持つ椀に肉じゃがを入れるとみんなむさぼるように食べるのじゃ。
「うめえ――!!」
「こんなのくったのはじめてだ――!」
そうじゃろそうじゃろ。魔界料理、こっちでも大好評じゃ。
それを見て、列が長くてオートミールの方にまわっておった子供たちもみんなわしらの鍋に並びなおしじゃな!
ツカツカとエーリスが怒り顔でこっちきおった。
貴族の娘じゃ。平民男5人の班で男どもを顎で使ってオートミールを作らせておった。
「あなた、これ肉が入ってるじゃないの!!」
「はいっとるの」
「予算は銀貨五十枚のはずよ!」
「肉はタダじゃ。わしが獲ってきたからの」
「そんなの、おかしいじゃない! どこで手に入れてきたの!」
「だから狩場で牛を捕まえて持ってきたのじゃ」
「ウソだわ!」
「本当じゃ。わしはハンターじゃからの」
そういってわしがハンターカードをぶらぶらさせてみると驚いとるのう!
なぜかトラスタンがの!
正真正銘、本物の三級のハンターカードじゃからのう!
「先生! こんなの不正でしょう!」とエーリスが言うと、先生ニコニコして「手間はいくらかけてもいいのです。肉を自分で獲ってくるのは問題ないですよ」と言ってくれたわ。
「……あなた、なんて残酷なことをするの?」とエーリスはあきれ顔じゃな。
意味がわからん。
「なんで残酷なんじゃ?」と聞くと、「この子たちは貧民なのよ。こんなものは一生食べられないの。オートミールでおなかいっぱいにするのがせいいっぱいの子供たちに、こんなものがこの世界にあるなんて教えることが残酷だわ」とのたまう。猛烈に腹が立つ理屈じゃの。
「じゃあの、おぬしはこの子らに一生あんな馬の飼料を食って生きろと言うのかの? おいしいものがあってもその味も知らず、この子らをずっとこのまま放っておくのがいいというのかの? この子らがこういうものを食べられるようになりたいと思うようになるのがいけないことだというのかの? 貴族という奴はみんなそんな考え方をするものなのかの?!」
「貧民への施しというのはね、おなかが膨れることが一番大事なの! できるだけ多くの子供たちに食べ物を施せることがなにより大切なの! こんなものを食べさせることは何の救いにもならないわ!」
「はやくしていただけないかしら」
……驚いたわ。
肉じゃがの列にキャロラインが並んでおる。
国王の娘じゃぞ? 第三王女じゃぞ? それが貧民街に来て浮浪児の子供たちと一緒に列に並んでおった。
「キャロル……こんなところでなにをしておる」と聞くとの、「ナーリンちゃんの肉じゃがが食べられると聞いて」とぬけぬけと言いおった。
「ひーっ、ひーっ、ひっ、姫様!!」
エーリスは卒倒寸前じゃの。
この騒ぎにもまったく動ぜず、トラスタンが順番が来たキャロルの椀に肉じゃがを注いでおるわ。ずいぶんと肝の据わった男じゃの。ちと見直したかの。
「うーんっ、おいしい! やっぱりナーリンちゃんの肉じゃがは最高ね! お母さま譲りだわ」
無邪気じゃのうキャロル。立ったままで食うのは行儀が悪いのではないのかのう? 護衛の黒服どもが陰でハラハラしておるぞ。
「さ、私も手伝うわ。みんなーっ並んで並んで! おいしいわよーっ!」
トラスタンから柄杓を取り上げて王女自ら肉じゃがを注いでおるわ。
やるものだの。
おかげでわしらの鍋が一番に無くなったわ。
「エーリス」
「はっはいっ! 姫様!」
「貧民はね、一生貧しいままではないわ。仕事を見つけて、働いて、自分で稼ぐこともできるようにならなければ貧民問題は解決しない。施すだけではなにも解決しないの。そんなのはただの偽善だわ。今日も明日も、オートミールだけしか食べられない。そんな生活でどうやって生きる目標を見つければいいの? おいしいものが食べられる。今日の労働が報われる、そんなものをこの子たちに私たちが食べさせてあげられなくてどうするの。父上が貴族たちに学んでほしいことを全く理解していないのはあなたのほうよ」
「……はい……」
「この子供たちの笑顔を見て、どっちが正しいか、わからない?」
はじめて肉じゃがを食べた、子供たちの笑顔があちらこちらではじけておる。
「じゃあねナーリンちゃん、今日はご馳走様!」
そう言ってキャロラインは帰っていったわ。
うーんあのデカ乳女、借りが一つできたのう。
しかし、思ってたよりずっといい女じゃ。
てなわけでわしの班は今日の一位じゃ。
逃げ出した他の男ども4名は、減点じゃの。
キャロルを兄上の嫁にという話、なんか賛成したくなってきたのう。
兄上はいやがっておるがのう。
ま、そんなことがあったのじゃ。
ちと、父上にも、母上にも、覚えておいてほしいのう。
1028年6月26日 ナーリン
次回「魔族の講演会じゃ」




