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あおいとり

1

結局いつも苦しい時はなにかを求めている。

誰かや、なにかや。

そしてなにかに依存して。


どんな苦しさや悲しさや寂しさも、

つきつめると、愛されたいという感情につながっているとわかった。




彼が自分の具合がどれほど悪いのかをことこまかに説明し、まるで重大事件でもあるかのような深刻な顔で自分の不幸に酔っている姿を見て、初めて私は、自分の目の前にいる人は、自分自身なのだと自覚した。


初めて彼に自分の写し出されたエゴをはっきりみた。


そして「人を愛するってなんなの?」と、ずっとずっと問うてきたけれど、


人を愛するということは、自分を愛することそのものだと腑に落ちた。


彼が今私にしてほしい欲求は、まさに私が彼にしてほしいことであると。


そうだったんだ。

彼がしてほしいことは手に取るようにわかるのだ。


だったら私は、私が私自身を、「それはいやだったね、かわいそうに、つらかったね」と、認めて、愛してあげればいいのだ。


それが私の中の私が今までずっと、求め続けてきたことだったと気付いたとき、妄想の中で私は私をぎゅっと抱きしめ、大丈夫だよ、と優しく声をかけた。


そして初めて、自分自身がゆっくりと満たされていくのを感じた。彼の横で初めて、満たされた気持ちで眠りについた。


そうか

誰かを愛せるということは、

自分を愛せるということだ。


誰かを愛したいと思ったということは、

自分を愛せる準備ができたってことだ。


自分を愛せて初めて、愛されたと感じられ

満たさせるんだ。


愛することに喜びを感じられるようになった時が、自分のなにをも受け入れられるようになった時だ。




目が覚めて思った。


大嫌いなだけだと。隣に寝ている、大好きな彼のことが。

ただそれだけだ。それだけの話だ。並んだ好きと嫌いの対局にあるもの。それはもしかしたら無なのかもしれない。

無が有るってどういうことなんだろう。今朝もまた独り起き出して彼の横で考える。



たとえどんなに生きるのが大変でも、それぞれが自己完結しなければならない。いつだったか、誰が言っていた言葉だったか。


だから私はわかっていても、疲れ果てるまでそれをやり続けるのかもしれない。

そして疲れ果てたら、なにかに気づくのかもしれない。

探し求めていたものはもうすでに自分の中にあったと。

青い鳥みたいに。



私は生まれて初めて、自分は素晴らしかったと感じた。

確かに私が素晴らしかったのは

「なぜ?」と問うたことだ。


なぜ、生きるのがこんなにつらいのか?理由があるはずだと思ったことだ。


確かにそうだ。

そこが一番、私の素晴らしかった所だ。




しんと静まり返った山の麓の彼の家で、朝霧に包まれた山から聞こえてきた、カーン、カーンという音は、いつだったか娘と2人で借りてきたDVDの中で歌っていた、

ザトウクジラの歌声に似ていた。


それはまるで教会で歌われるミサ曲のように、私には聞こえた。


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