みっつ
1
夜になるとふいに、誰かと連絡がとりたくなる。誰かとつながりたくなる。彼にメールを送りたい。でもメールをくれない彼に、用もないのにこちらからなにかをなげかけることが、なんだかとてもみじめに思える。
彼はきっと今頃、好きなゲームでもやっているのか、好きな映画でも見に行っているのか、想像しただけで最悪な気持ちになる。
想像しただけで全てをぶち壊してしまいたくなる。
私、私、私につながって。他のなにかじゃなくいつもいつも私に。
休みの日に彼は、私を一ミリも思い出さないのかと腹が立つ。
メールもましてや電話なんてひとつもないと。
どうして腹が立つのかと自分の中を見つめる。傷ついている私がいる。
あんなに私に夢中だったのに。
もうあのときみたいに、私に夢中になってくれることはないのかと。
私に夢中になってくれる人が欲しい。
そういう依存心が、そういう執着が、捨てたと思っていたのに、またひたひたと、いつの間にか音もたてずに私を支配しにくる。
そして最終的に私は、違う男に気持ちをぶつける。
彼への当てつけとして。
2
彼は自分の幼なじみに親友という言葉を使う。
「僕の親友が」と言われるたびに嫌悪感を覚える。それはたぶん私が親友という概念を信用していないからなのだろう。
中学の頃「私達、親友だね」とか「あなたは親友だから困っているなら助けるのは当たり前」と言う人がいた。その人は小さい時から母親に支配されていた。彼女自身もその支配から抜け出そうとはしなかった。彼女がピンチに陥った時、私は彼女を助けた。助けたと思った。いや違う。助けたという優越感に浸りたかった。そして彼女は私を裏切った。彼女は私を裏切ったつもりはなかったのかもしれない。でも私は彼女との関係性をばっさり断ち切った。
友達関係をやめるという選択は勇気がいる。表面的にはなにごともなかったように仲良さそうに付き合うほうがよっぽど簡単だ。
でも私はそうしなかった。たぶんそれは復讐に近い気持ちだったんだと思う。本当はわかっていた。彼女が私を親友と呼ぶ本当の理由は、独りになるのが怖かっただけだってこと。そして私は、彼女のことが始めから、嫌いだったということを。
そんな経験が私に、親友という言葉を信用させない。いや、そんな経験のまえにもう、親友なんて概念を私はとっくに嫌いだった。
3
小さい時に偶然目撃してしまった両親のセックスや、母親の女としての部分を目の当たりにしたときなんかに感じたショックさは、いわゆる性的トラウマのようになってずっと私を苦しめている。
幼かったある日、出かけた先で、知らない中年の男性の膝の上に母親が座る。 座るよう促される。母親はそれに従う。ただそれだけなのに私は、お腹の一番下よりももっと下、
股間に近いような部分に、虫がはうような、嫌な感覚を覚える。心臓が激しく波打つ。なぜなのかはわからない。ただ早くここからいなくなりたい。
幼い私は身動き取れずにただたちつくし、男性の膝の上に座った母親を見ている。まるで風景になったみたいに。
そのシーンは今も鮮明に蘇る。なにごともなかったように私を連れて帰る母親のことを、私はまったく覚えていない何年かがある。
それでも私の両親は善人すぎた。その善人さがよけいに私を苦しめる。
4
「ねえ、ママ知ってる?「琴」っていう字と、「線」っていう字で、きんせんって読むんだよ。琴にはる糸のことだけど、心の奥にある感動する気持ちって意味もあるんだって。日本語って深いね。」
中2の娘が言う。
彼女が学校に行けなくなった時、一番彼女に心を寄せ泣いたのは彼女のパパだった。彼は「俺のせいだ、全部俺のせいだ」と泣いた。私は初めて彼の愛情の深さを痛感する。
口下手で言葉が少なく、私と恋人同士だった時でさえ愛の言葉を囁くことも、メールを送ってくることも、誕生日のプレゼントをくれることもなかった彼が、娘に一生懸命、つたない言葉のメールを送る。一生懸命マメに送る。
自分の思ったことを口にすることなどほとんどなかった彼が、パパはこんなことを思ったと娘に伝えようとする。
私は悟る。きっと本当は、愛はそこにあったと。私が見ようとしなかっただけで、大きな愛情が本当は、私たち家族を包んでいたのだと。
それでも私は彼と3人の家族ごっこにもう、戻りたいなどとは1ミリも思わない。家族という形が私を甘えさせるなら、私には家族は必要ないのだと思う。
たった2回の結婚でそうわかることはもしかしたらすごいことなのかもしれない。
娘を傷つけるような事をいっぱい言った。それは娘が学校に行けないということにたいするイライラを娘にぶつけていたのだと思っていた。でも本当は私はもうずっと前から娘を傷つけ続けて来ていた。
私は自分の本心を生きないという形で娘を傷つけ続けてきた。どう繕ったって本当の気持ちと違うことをすれば必ず、ほんの少しの綻びが出ることを頭で理解したのはつい最近だ。
娘は敏感にそれを感じ取っていた。
それは小さかった頃の私と同じように。
自分の母親が、おいでと優しく言葉をかけながら、身体は激しく私を拒絶していたのと同じように私も、ただいい母親になりたいがためだけに、いい母親を演じていただけだった。それに気づけた時、私はそれをやめた。娘を傷つける時は、娘を傷つけるためだけに傷つけることに決めた。自分が人からどう見られるかを気にするのではなく、ただ本心を娘にぶつけて、ただ向き合うことに決めた。
ほんの少し前まで、娘にきつい言葉を投げかけた後いつも私は謝っていた。
でも今は、謝る事がただ単に嫌われたくないからなんだと知っている。
娘に、ママなんて大嫌いと言われることを私は、恐れて生きてきた。でも私自身はといえば、自分の母親を心の底から憎んだりしていた。嫌っていた。だからそれは、自分がしたことをされるのはいやだったということだ。そのくらい、強い憎しみだったということだ。
娘と、自分自身と、向き合うと決めた時、私は娘に嫌われる事を覚悟する。




