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聖女からの手紙  作者:
7/19

七葉め

 結局、私は生き延びた。

 どうやったのかはわからない。起きたら医者がいて、腕の治療をしていた。

 ジュード達は、すぐに神殿へと呼び戻された。いなくなった理由をなにやら言い訳していたが、もちろん聞くつもりはなかった。


 私は、さらに狂った演技をした。

 誰かが外へ出たい、そう一言でもいえば自傷してみせた。ついには喉に刃を当てた。そのうち、誰も外の世界のことは話さなくなった。


 ジュードやフィリップは、なんとかして欲しいと家にかけ合ったらしい。

 しかし当然、過去にないほどに膨大な魔力を持つ私と、優秀とはいえたくさんいる跡取りたちのひとりでは、優先順位が違った。


 数ヶ月手紙で交渉した後、ジュードが失意のままペンを握った手を落とし、すべてを諦めたとき、笑い出さないようにするのが大変だった。



 前までは、神殿の中にいれば私も文句はいわなかった。

 けれど、彼らが出て行ったその日から私は、自分の部屋から出ることを誰にも許可しなくなった。

 寝具は私の部屋に運ばせ、食事も私が部屋から出て受け取ったものを食べた。


 そうすると、なんだか自分が自由な人間に思えた。

 少なくとも私は神殿のなかを好きに歩き回ることができたが、彼らは私の部屋からは出られなかった。


 最初は、激しい憎悪を向けられた。

 アーネストやギルバードは、私に対する軽蔑を露わにした。

 一番心がささくれだっているはずのジュードは、意外にも表面上はなんとかうまく取り繕っていた。


 もちろん、逆らうものをそのままにはしておかなかった。

 ちょっとでも棘のある発言をすれば、なら私を現世へ帰してみろと鼻で笑ったみせた。そうすると、だいたい相手は口をつぐむしかない。口喧嘩が発展して殴られそうになることもあったが、そういうときはジュードかシヨウが止めるか、私が魔術で返り討ちにしてあげた。


 不思議なことに、三ヶ月も過ぎれば、彼らの態度は軟化していった。

 私の気を引きたい、私に見て欲しい、私に褒められたい。そんな素ぶりさえ見せるようになったのだ。


 だから、お利口にしていたひとには、特別に私が部屋の外へと連れ出してあげることにした。もちろん、神殿のなかにある他の部屋に行けるだけだ。


 そうすると、大げさに彼らは感謝してみせた。

 外へ行けるのではなく、私とふたりきりの時間が過ごせるのが嬉しいのだと。

 病気なんじゃないかと、そのとき私は思ったものだ。


 二年も経てば、当たり前だけれど、彼らはみな社会的地位を失い始めた。

 ジュードは王太子じゃなくなったし、貴族の嫡子だったものも、そうでなくなった。


 そう教えてあげても、とくに取り乱すことはなかった。


 ――それどころか、ジュード達は国を裏切った。


 聖女を呼び出すとはどういうことなのか、真の目的はなんなのか、それを洗いざらい話し、懺悔してくれたのだ。


 もちろん私はすべて既に知っていたことだけれど、衝撃を受けたような演技をしてみせた。

 そしてしばらく時間が経ってから、許すといってみせた。すると、私は聖女なんかじゃないのに、彼らは跪いて感謝を表した。


 そこで真相を知ったギルバードとノランは、私は心根から美しい聖女だと主張した。

 それだけのことを知りながら、自分たちを許すのだから、と。


 いつかこの国を滅ぼそう。もし私が現世へ帰るのなら、どこまでも付いていこう。


 そう誓う彼らに裏があるのではないかと疑ったけれど、万里眼で見たところ、彼らは本心で私を敬愛しているようだった。おかしな話である。


 無論、私は彼らの協力なんて欲しくなかった。

 たとえ真相を知らなかったとしても、ノランもギルバードも、あの日苦しむ私を置いていった。信用できるわけがない。外に出て昔の生活を思い出せば、手のひらを返して私を殺めるだろう。



 ――ともかく、そうして、みんなが聖女という存在が欺瞞であることを知った。


 さて、誰にも恨みを向けられないのは、むしろ退屈だった。

 彼らが苦悩し、呪い殺さんばかりに私を睥睨している時が、一番甘美な時間だったというのに。


 そんな生活では、もちろん私は暇を持て余していた。

 とはいえ人とは慣れるものだ。あり余る時間で、私はいろいろな趣味を開発していった。


 例えば、ジュードに使用人の仕事をさせること。

 料理だとか、洗濯だとか、床拭きだとか、王太子様である彼が一度もしたことのない下賤の仕事を押し付けた。戸惑う彼を見るのは面白かったけれど、すぐに飽きてしまった。

 というのも、ジュード自身が私の注目を手に入れたから喜んで仕事をしてしまったせいで、嗜虐心が満たされなかった。それにジュードは意外にも覚えが早く、すぐに上達してしまったのだ。


 もしかしたら王太子より使用人の方が、もともと向いていたのかもしれないね。

 そうあざ笑っても、そうかもねと微笑むジュードの心は少しも乱れなかった。


 もちろんそんなバカなことばかりを、私とてやっていたわけではない。普通に遊んだこともある。


 ギルバードは相変わらずお茶を淹れるのもお菓子作りが上手だったし、私の好みに合わせて一層上達していった。

 フィリップはファッションというものに精通していて、その日のコーディネートをよく任せた。

 アーサーとは、相変わらず神殿の庭に落とし穴を掘ったり、ノラン(一番怒りっぽくないから、標的にした)に魔法でいたずらしたり、子どものように遊んだ。


 それから、ノランやアーネストに、剣技だとか魔術だとかを教えてもらった。

 本来ならば聖女に魔術を教えるのは大罪らしいのだが、そんなことすっかり忘れてアーネストは色々と教えてくれた。ノランと体を動かすのは、日毎に衰える体力をなんとかするのに最適だった。


 そんななか、一番のお気に入りは、先生ごっこだった。


 みんなから習ったことや、万里眼を経て知り得たこと、それらすべてをシヨウに教えるのだ。

 彼はとても聡明な子どもで、たまに私には考えもつかないような質問をしてきた。そういうときはこそっと万里眼を使って、答えを覗いてみたりした。


 さすがに『国家の必要性はなにか』だとか、『人間は性善か性悪か』なんて聞かれてしまうと、答えに詰まった。そういうときは、自分で頭を悩ませて答えた。

 でもすぐにシヨウは私の主張の穴をついてきて、また私は頑張って考えて……それで一日終わる事もあった。


 あまりに答えに困ったときは、ちょっとした復讐でシヨウに女の子の格好をさせたりなんかした。

 恐ろしいほどにシヨウは綺麗で、うっとりしてしまうほどに少女の格好が似合った。

 世界に一つしかない美しいお人形となったシヨウを私がぎゅうぎゅう抱きしめると、彼は少しばかり眉を顰めた。そんな仕草も可愛くて、今度は気がすむまで頭を撫でた。

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