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聖女からの手紙  作者:
6/19

六葉め

 表向きには、私は聖女。神に近しいほどに尊い存在なのだ。

 だから私はジュードや、他の男たちが外に出ようとするたびに、喚き叫んだ。夢見で悲惨な未来が見えたのだと、嘘をついて。


 きっと彼らも知っていたことだろう、私が彼らをそこから出したくがないばかりに虚言を吐いていたのだと。しかし喜ばしいことに、私はとりわけ魔力の強い人間だった。それはもう、面倒だからといって天帰りさせてしまうのが惜しいほどに。

 逆らうこともできず、外界から接触を断たれた彼らは、日に日に疲れていった。


 私は彼らと同じことをしたまでだ。

 神話でだって、神はなにかと交換でひとを助ける。ならば、私だって供物くらい望んでもいいだろう。私が奪われたのと等しい時間を、彼らから奪っただけだ。


 ――とはいえ、私にも迷いはあった。


 三人、真相を知らずに、私を聖女だと信じて仕えている人間がいたのだ。


 騎士のノランと、辺境伯の息子のギルバード、それから、たった八歳の少年――紫陽だった。


 そもそも王宮魔術師と、王宮騎士は折り合いが悪い。

 この”聖女”の存在の真相を知っているのは、一部の王族と王宮魔術師だけなのだ。


 だからノランとギルバードは、心の底から私に敬意を払っていた。

 しかし、解放してやる気はさらさらなかった。


 ノランとギルバードは、知らないうちにとはいえ、聖女の恵みを享受してきたのだ。

 彼らの家が栄えたのも、他国を侵略して多大な富を手に入れることができたのも、異世界人の犠牲あってのことだ。だから逃がしてやる気はなかった。

 まあ、それでも、ひたむきに私を信じ、仕えてくれる彼らには少々良心の呵責を感じたものだが。


 ――しかしシヨウは、この国の人間でさえなかった。


 彼は滅ぼされたばかりの極東の国の皇子だった。

 むしろ、異世界人を召喚したせいで苦しめられた人間だ。


 エドアルド国が最後にたどりついた、シヨウの故郷。

 皇族の血縁者が次々と自刃したなか、彼が最後のひとりだったのだという。


 シヨウの国のものを従えさせるには、表面上とはいえ皇族を立てておくことが必要だった。

 皇族が途絶えれば、シヨウの国の民が自棄になる可能性もあった。エドアルド国も、さぞ扱いに困ったことだろう。


 そのとき、ちょうど私が呼び出された。

 私の東洋人のような容貌をみたエドアルド国の人間は、もしかしたらシヨウが使えるかもしれないと思った。私が同族でなければ愛さない人間である可能性を考えたのだろう。


 それに、外界から隔絶された神殿は、面倒な皇子を追いやるにはうってつけの場所だった。


 シヨウは、そうして私のもとへと送られたのだ。


 身の回りの世話を任せていたものの、死人のように口を閉ざしている彼が、いったいなにを考えているのかはわからなかった。

 捕虜となった彼は、精神的拷問を施す魔術によって、とっくにその心を破壊されてしまっていた。そうでなくても、家族が自刃するのを見てしまったのだ。


 シヨウの心は、もうとっくに死んでしまっていたのだ。


 それでも、シヨウがここにいるべきではないということはわかっていた。

 もしかしたら、いずれ精神が生き返るときがくるかもしれない。けれど、そのときシヨウのいるべき場所は、少なくとも神殿ではなかった。そこでは、八歳の少年に、ろくな教育も経験も与えてやることができないのだから。


 私が生きている間はちゃんとそれなりの待遇を保証するから、ここから出ていってもいい。そう言っても、彼は一向に頷かなかった。

 魂が抜かれた、ただ美しいだけの陶人形のように、私の話を聞いていた。


 次第に苛立ちを覚えた私は、自分のやっていることがバカバカしく思えた。

 明日は我が身も知れぬ私が、どうして他人のためにそこまで心を砕いてやらなければならない。勝手にしろと思い、彼の存在はそれからほとんど失念していた。



 そうして召喚されてから一年ほど経った日、私は酷い高熱と目眩に襲われた。

 息もできないほどに苦しくて苦しくて、指先一つ動かすことさえ億劫なほどだった。


 大丈夫か、私がついている、というみんなの励ましの声が聞こえた。


 朦朧としながらも、私は万里眼を使った。

 それで精神を消耗してしまうことはよく心得ていたが、誰かがこの神殿から逃げてしまったのではないかと、不安でたまらなかったのだ。


 そして、私は視た。


 ジュードが美しい令嬢と外で出かけているのを見た。

 ノランが騎士達と楽しそうに稽古をしているのを見た。

 アーサーがレストランで友人達と食事をしているのを見た。

 フィリップが自分の領地の街を歩き、そこの人々と会話するのを見た。

 ギルバードが家族と時間を過ごしているのを見た。

 アーネストが魔術の教師と話しているのを見た。


 許さない。私を置いていくなんて、許さない。

 私からすべてを奪っておいて、私を見捨てるだなんて。



 朦朧とした意識のなか、自分に魔術の糸のようなものが繋がっているのを感じた。

 辿ってみて、やっと気がついた。王宮魔術師であるフェリックスが、私に対して呪いをかけていたのだ――それも、真相を知る四人に頼まれて。


 ただの病気でないことはわかっていた。

 私はこの世界においては、無敵に近い存在。病気になど、そもそもなるはずもない。


 他国の呪術攻撃かとも思ったが、それにしては強すぎる。

 けれど、やっと納得がいった。道理で強力なはずである。私自身の膨大な魔力を使って、私を呪縛しているのだから。


 どうやら、外へ出ないでと喚く私は、一時的なヒステリーによるものだと思われていたらしい。

 しかしあまりにも治らないので、さきにジュード達の方に限界がきた。だから定期的に私を病気のような症状にして、その間に外出させてしまおうということだ。


 三日もすれば私の症状も収まり、彼らも帰ってくるのだろう。


 ――だけど私は、一秒だって彼らを手の外に出すつもりはなかった。


 最後に残った力であと一度万里眼を使い、自分の部屋を見た。


 滑稽なことだ。

 あれだけ優しく自分の名前を呼ぶ彼らの声が聞こえるというのに、私はひとりベッドの上で苦しんでいた。


 来たばかりの時はあれだけ魅力的に映った広い豪奢な部屋で、死にかけの芋虫のようにもがいている。

 血の気の引いた顔は気色が悪いほど蒼白で、びっしりと玉のような汗がついていた。


 ベッドの隣にあるテーブルに、小さく切りわけられたフルーツと、果物ナイフが置いてあった。


 冷静な判断ができないまま、こうすれば彼らも戻って来ざるを得ないと――私はナイフで腕を切りつけた。


 力の加減ができなかったせいで、動脈を切ってしまった。

 あふれるように血がどくどくと流れ出ていった。

 ベッドを染めていく赤色の血は、床の紋章にも垂れた。すると、紋章は糧を手に入れたかのように、薄気味悪く輝いた。


 ああ、このまま死ぬのだろうとさすがに理解した。

 なんてバカな死に様だ。だけど、もはやそれさえもどうでもよかった。こうすれば、彼らは戻ってくる。そのことしか頭になかった。


 意識を失う寸前、皿が落ちて割れるような音が近くでした。

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