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聖女からの手紙  作者:
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五葉め

 当たり前だが、私はこの時点ですっかりこの世界に愛想が尽き、どうにか逃げだす方法はないかと苦心した。そして、先人のなかに逃げだすことに成功したものはいないのか、そう考えた。


 かなり目を酷使することになるが、その日のうちに私は過去を視ることにした。


 そして知ってしまった。


 ――九十一人いた犠牲者たちの中で、逃げ出そうとしたものは、たったの三人。その誰もが、失敗していた。


 よくよく考えれば、当たり前の話だ。

 もし成功者がいたのなら、次の異世界人を呼び出すことに成功できない。どこかでこの残虐な儀式は途絶えているはずだ。


 まず四代目の勇者の固有能力が、『分析』だった。

 その人間の身分や能力が、ステータス画面のように現れるのだ。

 当時、異世界人のご機嫌とりに使う美男美女は、身分の低いものから選び、王女や令嬢のふりをさせていたらしい。四代目の勇者は、自分を囲う人間のステータスを見て、すぐに嘘に気がついた。『奴隷』だとか、『農民』だとか書いてあったのだろう。

 疑った彼は契約に応じず、質問ぜめにした。

 魔法陣の上での契約を成り立たせるためには、条件がひとつある。嘘をついてはいけないのだ。

 いままでの契約の際には、真相にたどり着きそうな質問には濁して答えていたものの、疑心をむき出しにする勇者相手にはそうもいかなかった。

 なにかがおかしいことに気がついた勇者は、逃げようとした。

 しかし、いかに莫大な魔力を持とうと、魔導を知らないのならただの人間。あえなく囚われ、次の魔法陣を発動させるための材料とされた。


 その失敗に学び、エドアルド王国は、以来取り巻きとなる人間に、本物の王族や貴族を使うことにした。そして真相を知る者とそうでない者、その両者をその場に用意するようになった。

 勇者や聖女の役割については、真相を知る者。現世へと帰る方法などについては、なにも知らない者に答えさせる。そうすれば、万が一疑われたとしても、嘘をついたことにならずに、契約の儀を完了させることができるからだ。


 次に二十一代目の聖女。彼女は『予知』の力を持っていた。

 それはいままで私が視たなかでもっとも強力な能力で、きっと逃げきるチャンスが一番あったのが彼女だ。

 けれど不運なことに、彼女は私以上に覚醒が遅かった。一年経って予知に目覚めた彼女は、自分の死に様を見て、酷く動転した。

 私だって、もしあの断末魔をあげる人間が自分だったとしたら、冷静ではいられなかっただろう。

 彼女は必死に隠そうとしたけれど、秘密を知ったこと、そして『予知』の能力を持つことを悟られてしまった。

 いくら真相が露見したとはいえ、エドアルド王国の者にとって先見の能力は貴重だった。だから、人質をとった。

 彼女の取り巻きの中で、真相を知らずに護衛をしていた騎士がいた。彼だけは、心の底から彼女を愛し、守ろうとしていた。

 自分が逆らえば彼が拷問にかけられ死ぬことを知った彼女は、結局逆らうことができずに役目を果たした。

 そしてことさら魔力の弱かった彼女は、心労に蝕まれ続けた挙句、三年足らずで亡くなった。


 最後は、七十二代目の聖女。彼女が持っていたのは、『千里眼』の能力。

 こちらへ来てから三日ほどで目覚めた彼女は、いままでの勇者と聖女の記録を千里眼で視て、その本当の意味を知った。

 彼女は賢く、演技達者だった。

 表では騙されたままの聖女のふりを続け、寝ている間に千里眼の能力を使って、ありとあらゆる魔導書の文献を視た。そして七年の時を経て、魔術の才を十分に蓄えたとき、反乱を起こしたのだ。

 彼女は取り巻きの中でも信用に足るものだけを選び、供とし、追っ手を次々と撃破していった。

 魔力の大きさでいえば、どの勇者も聖女も凌ぐ彼女は、鬼神のごとく戦った。

 しかし、エドアルド王国に復讐しようと勢力を広げている間に、彼女はめまぐるしい勢いで衰弱していった。

 契約の紋章には、仕掛けがしてあったのである。あの契約に了承した時点で、いかなる場合でも紋章から離れれば、命が削られる。ついには捕まった彼女は、次の聖女を呼び出すための贄となり、協力した仲間は処刑された。


 能力を酷使したことと、精神的なショックで、私は三日三晩高熱にうなされ昏睡した。


 けれど、私は日本へ帰ることを諦めなかった。

 ひとつだけ、私が千里眼の聖女と異なる点があったからだ。


 それは、嘘の名前を教えたことと、契約の際に発した言葉。


 ――帰る目処がたつまで、そう私は言ったのだ。


 無意識のうちに、私は名前を明かさなかったことにより紋章の拘束を緩め、かすかな条件を捻じ曲げた。つまり、元の世界へ変える方法を見つけたとき、私は契約の呪いから解放されるのだ。


 それに、私は魔力の量が甚大だった。


 現世の人間でも、ことさら魔力の強い人間がいる。

 通常、ひとの魂はこの二つの世界――現世と常世を転生して回る。

 そのとき、もし偶然にも何回も何回も繰り返し、現世の方だけに転生することがあれば。そのときは、使われなかった魔力が、どんどん魂に溜まって行くこととなる。


 万里眼で知り得たことだが、私の魂は二十三度現世だけに転生している。それは千里眼の聖女さえ上回る回数だった。


 ――時間の猶予はある。

 だから焦らず、堅実に、現世へ帰る方法を探そう。


 逸る心を、そうなんとか押さえつけた。



 それから私は、元の世界へ帰ることだけを目標として、生きた。


 熱がさめて、目を覚ましたとき、なにか能力に覚醒したのではないかとジュードに聞かれた。

『聖女』の存在の真相を知る彼からしたら、私の能力によって然るべき処置を取らなければならなかったからだろう。その瞳には不安の影が揺れていた。


 万里眼の能力は非常に多彩だ。他のいくつかの能力を併せ持っているのに等しい。

 だから、なにか無難な能力を持っているふりをしようと私は考えた。


 私は強すぎず弱すぎない『夢見』の能力を手にいれたと嘘をついた。

 夢見は過去にあった出来事や場面、さらには未来を視られるというものだった。しかし、その能力は非常に不安定で、なにを視るかは自分の意思で指定できない。内容もぼんやりとしていて、本当の夢と区別もつかないゆえに、ほとんど占いのような精度なのだ。


 ジュードはあからさまに安堵したようだった。

 万理眼で見える彼のオーラが、柔らかい色に戻った。

 魔力の強い私を天帰りさせるのは、どうやら惜しいらしかった。夢見ならば、真相に辿り着くことはないと思ったのだろう。


 聖女をいかにうまく操ることができるか、それは彼の手腕の見せ所。

 つまり王太子としての地位を守れるかに大きく関わってくるのだろう。


 そうしてひとまず安寧を手にいれた私は、ありとあらゆる様々な文献を当たって、元の世界へ帰る方法を探った。けれど、確実に安全に帰れると確証を持っていえるだけの魔術は、見つからなかった。

 当然だ。仮にあちらの世界へ転移する魔法があったとする。その魔術が成功だと証明するためには、その術者がもう一度転移してこちらへ戻ってこなければならない。

 常世の人間でそれだけの魔力があるものなど、そもそも存在しているのかすら怪しい。


 さらにいえば、そういった希少な魔術は、口伝によってのみ継承される。

 私の万里眼がいかに優れていようと、そんなものを探し出すのは難しかった。


 少なくとも五年はかかるということを、私は覚悟しなければいけなかった。

 それまでに、私の命が尽きるのが早いかもしれない。あるいは、私がうっかり口を滑らせて、本当の能力が露呈してしまうか。

 そしたら、あの前代の勇者や聖女たちのように、地獄の業火に焼かれながらその存在さえ消えていくのだろう。


 しかし、そんな気が狂いそうになる恐怖よりも、もっと恐ろしいものがあった。


 ――それは、自分の心だった。


 偽りとはいえ、優しくされれば嬉しかった。

 他に話す者もいない状況で、彼らだけが光のようにさえ感じることもあった。

 日が経つにつれ、ゆっくりと懐柔されていく自分を自覚せざるを得なかったのだ。


 私は、復讐することにした――自らを戒めるためにも。


 私はこの神殿から出ることができない。

 だからひとり狂いそうになり、差し出された手にすがりたくなってしまう。


 ――ならば、彼らもまた狂えばいい。


 私だけでなく、彼らもここから出られなくしてしまえばいいのだ。

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