【おまけ6】季節は還りて 新たな時を生み
拙作にお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます(>人<)
また長々と書いてしまいましたm(_ _)m
中身も予定外がちらほら……
この世界にクリスマスは無い。
まあ、当然なんだけど。なので、年越しと新年を祝う式典が冬のイベントとしては唯一と言える。お貴族様たちは、パーティにお茶会、観劇、狩猟、その他 と色々な催し物があるみたいだけどね。
式典を神話的に説明すると……世界が創られ、時間とともに季節が一巡りして 最初の季節へと還り、また 季節と共に新しい時間が生まれてゆくことを 言祝ぎ、創造神に感謝し 崇め奉る式典なのだそうだ。要するに、厳かなカウントダウンイベントだと思う。今日だけは朝と夜の6時とお昼だけじゃなく、真夜中の日付が変わる頃にも鐘が打ち鳴らされるみたいだし。108回ではないみたいだけど。
そんな日を迎えた私は、再び一張羅のワンピースを身に纏って(もちろん“洗浄魔法”で型崩れしないように丁寧に洗いました)大食堂に来ている。こちらは やんごとなき方々が神聖なる式典を執り行うのとは違い、様々な理由から学校へ居残った者たちで集まって ちょっとした食事会をするとのことで お呼ばれしたのだ。
「今日はお嬢様っぽいな……似合ってる」
「ありがと……」
対面に座ってそう言ってくれたのは、ダークグレーの もふもふ要員こと獣人族のフェインである。面と向かって褒める事に照れたのか、ちょっと目元が赤くて 狼の耳と尻尾が忙しなく揺れている。思わずこっちまで照れてしまった。
そんな彼も 遠くからこの学校へ来ている居残り組だった。前から時々話しかけてくれてたけど、私が一人でいるのを見かねたのか 医務棟の保健室でのお手伝い中に荷物を持ってくれたり、薬品系の研究棟横にある温室で 冬場に育たない薬草を栽培するルイン先生の手伝いや 分けてもらった薬草で調薬練習した帰りに会った時などは 寮の近くまで送ってくれたりした。この場に来た時も、真っ先にこちらに来てくれたので 懐かしき“ぼっち”を味わわずに済んでいる。
「フェインも、似合ってる」
「お、おう……」
尻尾が加速した。ちょっと面白い。
「……なんか 豊饒祭の時みたい」
「ばっ……あれは忘れろ! クラスの奴らが面白がって ゴテゴテ付けやがって……馬鹿みたいだっただろ?」
確かに ちょっぴりやり過ぎ感はあったけど、異国情緒溢れる民族衣装に豪奢な装飾品を付けた姿は すらりと背が高いこともあって見映えがしていた。今日はもう少し大人しめの民族衣装で装飾品も無いけど、彼にとても馴染んでいる。
「んん、ちゃんと似合ってた。クラスの子たちもそのつもり……だと思う」
「お、おぅ。アーシャがそう言うなら、そういうことにしておくか。……じゃあ、腹も減ったし 何か食べようぜ」
「ん」
そう言って頬を掻くフェインに促されて、2人でお皿やカップの乗ったトレイを手に大食堂の中心に特設された幾つかの大きなテーブルへと向かう。そこに、“季還の日”……今年も無事に季節が還る今日を祝う料理の数々が並べられているのだ。
「……すごいカラフル」
「……だな。まぁ、毎年の事だけどな」
“季還の日”は、世界と世界を保つ神々の産みの親たる創造神を崇め奉る日ゆえに、7貴神の全ての色を持つ創造神にちなんで色彩豊かな料理が饗される。光を表す白い根菜の浮かぶスープや黄色のポタージュ、闇の黒……は、海苔巻きをほんのり期待したけれど 黒いベリーのソースが掛かった肉料理や黒い何かが入ったリゾットだった。緑も鮮やかなサラダに空色の……魚?! これ食べて平気なの?? あ、身は意外と普通の白身魚なんだ。へー、南の方で食べられてるんだ。あとは 黄緑と青の2層のゼリーに、真っ赤な皮のオレンジのような柑橘系果物のスライスが上に敷き詰められたパウンドケーキのようなもの。などなど。故郷は辺境だったから、正直 ここまで彩り豊かな“季還の日”の料理は初めてである。
他にも色々とあったけど、テーブルの周りが少々混雑しているので、とりあえず 気になったものを食べられそうな分だけ取り分ける。
「それしか食わないのか?」
「ん。フェインと比べられても困る」
お皿を幾つも山盛りにしている彼からすれば微々たる量かもしれないが、これでも結構 盛った方であるのだけど。
「それもそうか」
私のトレイから自分のトレイに目を移して、ちょっと納得した様子のフェインと共に 席に戻って食べ始める。
ほっとする味のまろやかなポタージュや爽やかな酸味がアクセントの柔らかい肉料理、予想に反して淡白な味で 煮汁がしみしみの意外と美味しい空色のお魚に舌鼓を打ったり、なんとなく敬遠した黒いリゾットをフェインが絶賛するので 気になって後から取りに行ったり、冬なのに シャキシャキのサラダに紛れ込んでいた超絶酸っぱい果実に2人で悶絶したり(他にも悶絶してる人や美味しそうに食べている人もいた)、普通に甘いゼリーに安堵したりしているうちに お腹も満たされ、夜も更けてきた。
「さあさ、初等科の皆さんは そろそろ寮へお帰りなさいませ。ここからは高等科以上の方々の時間でしてよ。楽器演奏ができる方はあちらで用意してくださいな。それ以外の方は小テーブルを脇に避けて、それから……」
どうやら、ここからは年長の方々によるダンスパーティーに移行してゆくようである。居残り組を監督している高等科の先生による指揮で 初等科は追い立てられるように帰され、会場が出来上がってゆく。初等科でも高学年の子たちは残念そうだけれど、私は この学校に来て初めてダンスを習い始めたので、まだまだ楽しめるほど踊れない。なので、これ幸いと こちらもダンスは苦手らしいフェインと一緒に 大食堂を後にした。
「いつか(一緒に)踊れたらいいな」
「ん。踊れ(るほど上達し)たらいいね」
会話が成立しているようで、微妙に食い違っていることに お互い気づかぬまま。寮へと続く小道を歩く。
男子寮と女子寮への分かれ道で、寮まで送ってくれようとするフェインをやんわり押し止める。
「すぐ近くだから……ありがとう。またね」
「そっか……わかった。またな。おやすみ」
「ん。おやすみ」
軽く手を振って、ゆらゆら揺れる尻尾……じゃなくて フェインの後ろ姿をちょっとだけ見送る。
そして、女子寮への道を外れて 少々寄り道する。昼間、聖都にしては珍しく もさもさと雪が降ったので 一面が雪景色なのだ。地球で見たよりも少し大きな月は、排気ガスが無い分 ずっと澄んだ光を大地へと降り注ぎ、細かな雪の結晶が月光を乱反射させて 眩しくないのに複雑な光の色彩を魅せる。
「ほぅ。……綺麗」
故郷でも、冬に月が出た時には たまに見られた光景だ。もしかしたら と思っていたけれど、当たりだったようだ。少しだけ遠回りして女子寮へと向かい、出入り口の前で一度 月を見上げてから中に……入れなかった。
「……はぁ。よかった! 間に合った……」
「ウォル……セン???」
今はお城にいるハズの彼は、どうして 今 私の手を掴んで引き留めているのだろう? 明らかに今まで式典に参加していました と言わんばかりの眩い皇子様な衣装を着て 肩で息をしているのは、そして 私の手を引いて もと来た道を戻る彼は 本物のウォルセンだろうか??
少し歩いて、学科棟の近くにある 白い石造りの東屋がある場所で足を止める。
「どうしても出なきゃいけない式典が終わったから、少しだけ抜け出して来ちゃった」
「えへっ」っと言わんばかりの笑顔で振り返るウォルセンは こともなく言うけれど。お城からここまで、馬車でも1時間は掛かるのでは無かろうか?
そんな私の疑問を察したのか、彼は懐から複雑に魔法図と魔法式が絡み合う魔法陣が刻まれた手鏡を取り出した。
「これは 僕の“お家”の“物置”に転がってた魔法具でね。空間魔術の“転移”の魔法陣が刻まれている物なんだ……昔の異来人の遺産なんだって」
「てんいっ?!」
ツッコミ所が多すぎる! その“物置”は“宝物庫”と呼ばれるものではないのか とか、勝手に持ち出して良いものなのか とか、“転移魔術”なんて空間魔術の中でも特に難しい部類じゃないのか とか、なんで初等科の貴方が使えているのか とか……なんだろう、くらくらしてきた。
「ふふ、驚いた? ……ねぇ、ちょっとだけ座って話さない? 窮屈で申し訳ないけど、寒いからこれ被ってね」
「……ん」
衝撃から覚めやらぬまま、ウォルセンに手を引かれるに従って隣に座り、彼が羽織っていたローブに一緒に包まる。すごい。暖かい。これが高貴なる方々の魔法付きローブの実力か……って、あれ?
(なんで、こんな状況に?)
並んで座っているので2人の向きは違うが、ある“滅びの呪文”が有名な名作アニメ映画のワンシーンを思い出す状況になっている。ナゼこうなったのか よくわからない。でも、なんだか嬉しそうな様子に突き放すのも憚られて「まぁ、いっか」と思うことにする。どうせ10歳である。……今は私も。
「冬休みに入ってからさ、堅苦しい社交とか式典とか、なんだか 息が詰まっちゃってね。こうやってアーシャと気軽に話がしたくて仕方なかったんだ」
「ん」
「僕は 残念ながら、高位の貴族にあまり好かれてなくてね。ことある毎に チクチク嫌みを言われたりするんだ」
「ん」
会話をするというより、話を聞いているだけだけれど、いつになく弱っているようなので 言いたいことを言わせてあげる方が良いかな?
「でもね。言い返したりすると もっと面倒な事になるから、適当に聞き流すんだよ」
「ん。大人な対応」
「ふふ、ありがとう。でもね、時々 聞き流すのが難しい事も言われたりしてね、なんだか アーシャに会いたくなっちゃった」
そっか、ウォルセンは 皇族として役目を果たしながら、余計な諍いを起こさないように 頑張って我慢してきたんだね。えらい。えらい。
「……って、アーシャ?」
「よく頑張りました。えらい」
つい。心のままに ウォルセンの頭を撫でてしまったら、一瞬微妙な顔をしたけど 目を瞑ってされるがままに撫でられている。だいぶ口許が弛んでるよ。今は見なかったことにしてあげるけど。
「頑張ったウォルセンに、ご褒美 あげる」
本当は新学期にあげようと思っていたけれど、折角 会えたのだから今でも構わないだろう。腕輪から、冬休み中に編み上げてラッピングしておいたプレゼントを取り出して渡す。
「これを、僕に?」
「ん。開けてみて」
なんだか やけに丁重にリボンを解いているけれど、そんなに大層なものでは無いんです。ごめんなさい。
「これ……手袋?」
「ん。編んでみた」
「しかも 手編み?!」
そう。私が編んだのは、薄青で入口に青い縁取りを施した手袋(5本指は編み図が無いと無理だったのでミトン型)である。サイズは、私よりほんの少し大きいくらいで大丈夫なハズだ。ちょっと驚き方が大袈裟だけど、一応は喜んでくれているみたいだ。
「いつも、お世話になってるお礼でもある。ティタリアには耳当て」
「そっか……」
ちょっと肩が落ちた。もしかして……。
「耳当ての方が良かった?」
「いやいやいや! 手袋、とっても嬉しいよ! 着けてみても良いかな?」
「ん」
是非とも試して欲しい。もし、合わなければ編み直し……は、毛糸が足りないから 一玉襟巻きか耳当てを編まなくては。
「……とても、暖かいね」
「このローブほどじゃない」
流石に 魔法効果付きローブ様には敵わないと思うので、端っこを ちょいちょいと軽く引っ張って主張する。
「そうじゃなくて……」
ウォルセンが何か言いかけた途中で、日付の変わり目の鐘が鳴り響く。“季還の日”から、新年の最初の日“刻始の日”となったようだ。
(明けましておめでとう……じゃなくて……)
こちらでの新年の挨拶を思い出そうと一瞬考え込んだ間に、ウォルセンが先に動いた。手袋をしたままの両手を私の頬に当て。
「巡る季の始まりに 汝へ いと高き“時”の祝福のあらんことを」
「あ」
「ごめん。暗くて距離感を間違えちゃった」
おでこに軽く ちゅっとされてしまった。いや、目上の人からの挨拶の仕方としては間違ってないんだけど、大体はするフリをするというか なんというか。そっか、暗くて間違えちゃったんだ……。
まぁ、両親とかの親しい人には普通にされてるから良いけど。昔、よく知らないおばさんから ぶっちゅうっとされて 少しだけ引いた事もあったっけ。
(はっ! 返礼!)
「えぇと、言祝ぎに感謝致します。御身にも祝福のあらんことをお祈り申し上げます」
驚いぼんやりしてたけど、慌てて立ち上がり カーツィをしながら口上を述べた。あ、ウォルセンも座ってたから口上だけでも良かったかもしれない。礼儀作法の練習で 何度もやったから反射的に出てきてしまった。
「うん。綺麗にできるようになったね」
くすくす笑いながら褒めてくれる“教官”にちょっとだけ畏まって「おそれいります」と返して、私も笑う。ウォルセンが少し元気になったから、道化を演じたと思うことにしよう。
「あ、えと、そ、そろそろ 遅いし戻ろうか! 女子寮の前まで送るよ」
一瞬 ぽかんとしてから、何故か挙動不審になったウォルセンに首を傾げつつ女子寮まで手を引かれてゆく。
寮の扉前で手を放して、離れ際にウォルセンが私のポケットに小さな何かを滑り込ませた。
「手袋のお礼だよ。おやすみ、アーシャ……その服すごく 可愛いよ!」
そして、少し早口で言い残して 私が何かを言い返す前に 急いで魔法具を発動させて光に包まれて消えてしまった。
「……行っちゃった」
(やっぱり 皇族は忙しいのかな?)
光源は月明かりだけで、私には挙動不審なウォルセンが実は真っ赤だったことには気づけなかった。目の前で発動した奇跡のような魔術の余韻に浸りながら、流石に冷えてくるので急いで寮内へと入り自室へ戻る。
自室にて。ポケットから出てきた 蝶の羽のついた子猫の彫金と煌めく小さな石が施された銀色の髪留めを見て、心の平穏のために 自分へと必死に「これは銀製じゃない。石はきっと色ガラス……どっかのお土産かも」と、言い聞かせる事態になったのは余談である。
サブタイトルに特に深い意味はありません(キッパリ)
まだ未成年なので、カウントダウンイベントからは少し早めに退場した初等科メンバー。
でこちゅーは確信犯w
手編みの手袋が嬉しすぎて つい。
でも、おめかしした主人公の繰り出した笑顔で、でこちゅーにぽかんとしていた彼女を愛でていた殿下の余裕は吹き飛びました。お部屋で生真面目な侍従に生暖かく見守られながら「なんで逃げちゃったかな」とか「もっと余裕な感じに言いたかったのに」などとベッドでゴロゴロしたり 手袋を見てニヤニヤしたりしていたかどうかは、あなた様のご想像にお任せ致します。
庶民の年始の挨拶は、もう少しくだけた感じで
「新しい季節に 良き時に恵まれますように」
「ありがとう、貴方にも良き時を」
という感じをイメージしています。
[爆ぜr……じゃなくて贈り物な設定]
《銀色の妖精猫の髪留め》
主人公の髪留めがちょっぴり古ぼけてきたので 殿下がこっそり作らせていたもの。「うん? ただの銀製だよ。あんまり高価すぎる贈り物は引かれちゃうって聞いたから、ミスリルやオリハルコンは止めといたんだけど……でも、僕のと同じ形にしちゃった♪」 少々? 基準が違う“安物”の髪留め。薄々そんな気はしているが、主人公は知らない方が良い。
《謎のミトン》
末の皇子が新年の式典に着けて現れた 少し場違いなミトン。いつも人形のような微笑みを浮かべていた彼が 生き生きしているようにも見え、何かに触れる際にはわざわざ外して丁寧に仕舞い込む姿に、一部の貴族の間でしばし憶測が飛び交った……かもしれない。




