38【豊饒祭6】たぶん、周りはとっくに気づいてる
拙作にお立ち寄りいただきまして、ありがとうございます。
今話が、本編の最終話となります。
目が覚めたら保健室……の隣の休息室にいた。
いや、診療所設立の修行という名の お手伝いに何度も来ていたから知らない天井とかじゃないし。そんなにじっくりと見た訳でも無いけど、結構 すぐに分かっちゃったし。
ボーッと誰に向けてか分からない 言い訳じみたことを考えていたら、ベットの傍らから弱々しい声が聞こえた。
「アーシャ……」
どことなく憔悴した様子のウォルセンだった。いつもの にこにこ笑顔は鳴りを潜めて、迷子の子供みたいに不安そうな顔をしている。
「……まだ痛いの? 大丈夫?」
なんだか顔色も悪かったので、起き上がりながら思わずそう聞いたら……。
「ばかっ! なんで真っ先に僕なんかの心配するかな!? 今は君の方が重症なんだからね!! そもそも、魔物の前に飛び出して来るなんて 大怪我じゃ済まなかったかもしれないのに危ないことをして! もし痕や後遺症でも残ったらどうするつもりだったの?! それに、無茶な回復魔法なんて使うから、魔力欠乏で倒れて……」
ものすごい勢いで怒られた。いや、怒られている。
どうやら、私が身を挺して庇ったり、魔力欠乏で倒れてしまったことに たいそうご立腹なようだ。言葉の端々で“僕なんか”とか自分を卑下する様子が気になったけど、私が無茶をして心配かけたのは事実なので 大人しくお説教を拝聴する。……理由を問われて答えた私のお腹が、ついでのように きゅ~っと空腹の悲鳴を上げるまで。
「……はぁ。とりあえず、保健師に声を掛けたら 何か食べ物を持ってくるよ……」
ちょっとだけ 呆れたような、安心したような微妙な笑顔を浮かべて立ち去るウォルセンを見送って、私は再びベッドに突っ伏した。恥ずかしい。長々としたお説教は免れたけど、精神に余計なダメージを負ってしまった。
~*~*~*~
〔ウォルセン視点〕
隣の保健室でソワソワした風情で調薬をしていた保健師にアーシャが目覚めたことを知らせてから、保健室を出て歩いてゆく。僕は先ほどまでを思い出していた。
力なく倒れ伏したアーシャ。魔物を片付けてこちらに来てくれたストライデル教授が 慌ててアーシャと僕を担ぎ上げて保健室へ向かうまで 茫然自失していた。
クリスティン保健師が魔力を回復させる上位の魔法水薬を意識の無いアーシャに振りかけているのを横目に 、制服の左肩付近が裂けて シャツも血だらけな僕を見て青い顔になっている別の保健師に診てもらったけれど、僕の傷はアーシャのお蔭でほぼ完治していたそうだ。光の6級相当の魔法を使ったのかもしれないってさ。
……夏休み前に蔵書棟で熱心に読んでいた呪文も、競技会の最中に救護班でクリスティン保健師がアーシャの目の前で使っていたのも、確か中位クラスの光の回復魔法だったね。発動の方法もイメージも下地が出来ていた訳だ。それでも、まだ成長の途上にある彼女には負担が大きかったみたいだけれど。
(君も無茶をしたね)
ベッドに寝かされ、白い頬に涙の跡が微かに残るアーシャを見ながら……僕はとても不安だった。
(このまま 目覚めないなんて無いよね?)
崩折れるアーシャの姿が、幼い頃に見た 僕を庇って血塗れで倒れる母上に重なった。あの時とは状況も違うし、既に処置もされているし、母上も今は無駄に元気だけれど……どうにも不安で仕方ない。純粋な人族のほっそりした女の子である彼女は、母上や僕よりも脆い。淡い色合いで弱々しい見かけの通りに、儚く消えてしまわないだろうか?
それなのに、目覚めた彼女は 全然自分のことを気にしないから、つい 感情的になってしまった。もっと、自分を大切にして欲しいのに。
怒りながらも「どうして」と聞いた僕に、アーシャのお腹が切ない音を鳴らす前に呟いた「ウォルセンが痛そうなの嫌だったから……」という言葉と、直後の 切ないお腹の音を聞かれて真っ赤になってしまった彼女の姿を前にして、怒りは何処かへ行ってしまった。
怒りの代わりに、アーシャが可愛くて仕方なくて 思いっきり抱きしめそうになった自分自身に呆れるやら、思いの外 元気そうな彼女に安心するやら、感情的な言動をしてしまったことで 魔法が発動していなかったかと焦るやら、色々なものが渦巻いてどうしようかと思ったよ。
(慌てて出てきちゃったけれど、誰かに使いを頼めば良かったね)
そうすれば アーシャに付き添って居られたのに と、内心で続けようとした辺りで 唐突に気づいた。僕はいつの間にか……いや、とうに彼女へ執着してしまっているじゃないか。
(ああぁ……こんな形で魔族らしさが出なくても良かったのに!)
羽ペンを貸してくれた時、確かに強い興味を抱いた。でも、変わった子がいるな くらいに思っていた筈だ。
よくよく見ていれば 僅かに表情を変えているのが面白くて、意外とお人好しで小心者なところが微笑ましくて、稀に笑った顔が 思っていたよりもずっと可愛くて、のんびりさんで警戒心が薄いところが 危なっかしくて放って置けなくて、彼女が居なくなってしまうかもと思ったら……。
……ダメだ。これは 完全に手遅れだね。というか、かなり最初の方から意識されてないことに よくガッカリしていたのは、男としての矜持がどうとかじゃなくて“アーシャに意識されたかった”ってことだったのかな? 今更だけどさ。
(とりあえず、用事を済ませて早く アーシャの所へ戻ろうか)
ついに気づいてしまった自分の執着ぶりに頭を抱えて座り込みたかったけれど、人目もあるし、お腹を空かせて待っているアーシャを待たせるのも可哀想だからね。僕は なるべく急いで目的地へと向かうことにした。
面倒な身分や柵を越えて、こちらを全く意識していない 強敵 も振り向かせて、 ずっと一緒にいるための方法を考えながら。
こんな感じになりました。
最初から、ぼんやりとこんなラストにしようと思ってました。色々と詰め込んだ結果、殿下の自覚に「いまさらっ??!!」と 全力でツッコミを入れたくなる状態となってしまいましたが(´;ω;`)
ここで、主人公は完全に獲物認定されましたw
[作者的予想]
《殿下の険しい道のり》
1、重苦しい愛全開で全力プッシュ。
→アウト。今は可愛いけど犯罪者へジョブチェンジの秒読み開始。
2、主人公が振り向いてくれるまでひたすら待つ。
→スルー。きっと気づかれない。いいお友達(時々 弟扱い)。
3、???
→何処かに正解の道が……?
明日にはエピローグと閑話を同時に更新しますので、もう1日だけ お付き合いくださいませm(_ _)m




