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01 疑われた落ち零れ


 魔法学園デル・トリエルタ


 三大陸最大規模にして最高峰の称号を有するその学園は、同じく三大陸最大級の国家資産を保有する都市国家『ミスルリナ』が誇る大規模な魔法学園である。設備や授業環境、講師陣の質は極めて高く、同様にこの学園へと入学する者達も武力、知性ともに突出した天才たち。


 そもそも魔法が使えれば、それだけで『結構すごい』と称される世間からすれば、そこに通う生徒と言うのは皆が押し並べて憧れの対象なのである。


 中でもトリエルタ職員棟。三階の最奥。つまるところ一期生主任室であるこの場所への入室を許可される者などは本当に極僅か。生徒達は皆品行方正と名高い事を鑑みるに、呼び出されるとすれば賛辞か表彰か。


 つまるとのろ入学初日と言う規格外の早さで呼び出されたこの2人は紛れもなくエリート中のエリート。この国どころかこの大陸、果ては三大陸全体の未来までをも背負って立つような逸材なのである――。



 …………わけもありません。



「ギル=ベルクルス、レーナ=スロット両名。立ちなさい」

「……はい」


 冷や汗が目に入っていと痛しと思いながら俺は立ち上がる。


 俺達をここまで引き摺ってきたこの眼力怪物はアルミラ教諭と言うらしい。長い金髪を一つにまとめ、黒い上着をタイトなスカートでかちりと締める。

 その目は鋭く冷ややか。下手な言い訳は通用しないと頭がひと目で理解する。


「あの……」

「黙りなさい」


 しかも腹の虫は居心地悪過ぎてぶっ飛んでったご様子。


「お二人は新入生で宜しいですね?」

「はい!」

「つまりあなた方は自分達がタカが新入生の分際であると理解した上で悠々自適。自宅のソファに座る程度の我が物顔で来賓席にお座りになられて居たのですか?」


 再び背中に冷たいものが伝うのを理解して、固唾を飲む。

 ここで下手な回答は出せない。

 最悪の場合は入学取り消しとか普通にありそうだ。常に最善の回答を。


「実は俺達乱視が酷くて――」

「この場において嘘は最悪の回答です。噛み締めた上で再び口を開きなさい」


 ええいままよ助けておくれと天を仰ぐが無意味は承知。

 小さく息を吐き、ええいと。どうにでもなれと。誠実さこそが信条だと。


「……寝没しました。ついた頃には開式から一時間経ってました。潜入して適当な席に座った所偉そうなおっさんが壇上から帰って来たので追い返しました!」

「よく相手方も諦めましたね」

「そりゃもう――俺達二人の眼力で!!」


 瞬間アルミラの射殺すようなメンチに縮み上がる俺とレーナ。けれども教諭は直ぐに視線を逸らす。そして、ふっと零れるように口を開き。


「……はあ、入学初日の遅刻なんて前代未聞も良いところです。本当に。見た所二人共クラスは0組のようですし――……って白髪の貴方。何ですかその目は」


 とまあ嫌な予感を拭い去るように隣の阿呆を仰ぐ――と、飛び込んで来るのは例のお偉いさん撃退時かそれ以上の勢いで睨みを効かせる眼力女。

 俺は神速で奴の頬を掴みこちらを向かせる。


「(……馬鹿レーナお前相手は先公様だぞお目目のチャンネル間違えてますよ!)」

「で、でもギル様! あの野郎、偉そうにギル様に対して抗弁を――」

「ばッッ」


 即座に口を塞いで地面に叩き付けるがそれは時既に遅かったこ様子で。


「野郎――? 貴方まさか、今私に向かって野郎と――」

「ぎゃあああすみません遅刻してすみませんでした! その上誤魔化そうとしてすみません! 挙句にお偉いさん泣かせちゃって本当にすみません! でも多分もうそろそろHRとか始まりますよね!? 出来ればどうか御容赦をごめんなさい!」


 ここで狙うは話題の方向転換。喚き立てる事による思考の混乱。陽動。その上で突っ込み所も残す事により彼女の意思と視線を切り離す――。


「…………両名」


 南無三、そう呟く俺を見て。

 彼女は意外にもふっと零れるような息を漏らした。


「……最初から素直にそう言えば良いのです。確かに遅刻したこと自体は許し難いですし、そう簡単に看過できる事態でもないと思いますが。着いた時点で素直に申し出るのであれば渋々とは言え許しましたよ」


 俺は俯き加減で目も伏せる。でも確かにアルミラの言う通りだ。どう考えても最初から罰則を恐れて忍び込んだのが悪かった。

 と言うかチョロくねこの女教師。百聞は一括に如かずとはこの事か。


「それは、今回は見逃してくれるという――」

「違います。今回『だけ』です。次回はありませんので」


 その言葉に内心感涙しつつ全力でガッツポーズをぶちかます。いや逆だった。

 然し今回の勝利の立役者は紛れも無い逸らし逸らしつの交渉技術であり、先の話題誘導の手際の良さにはもはや俺も震えるばかり――。


「それじゃ、俺達はこれで――」

「ああ、そっちの貴方は残りなさい」


 逸らせてなかったんかい、という訳で諦めた俺は潔くレーナを差し出す。

 彼女はぷるぷる震えつつ涙目で俺を仰ぐが文句は言わない。

 出来た阿呆を持って俺は幸せである。


「違いますよ。私を糞雑魚野郎呼ばわりした彼女ではなく。黒髪の貴方です」


 いやそこまで言ってねえよ――とは思うが何より大切なのはその内容。アルミラはレーナではなく俺一人この場に残れと言う。

 別段そんな事を言われるような覚えはないため、軽く首を傾げつつ。


 隣のレーナに視線を送り、目の前の金髪教師を真っ直ぐ見据えて。


「どれくらいですか」

「貴方次第でしょう」


 小さく息を吐き、俺はレーナに言う。


「お達しですよ。お前は先に教室行ってろ」

「…………」


 嘆息する。


「あのな。ここは学校で目の前の先生はいわゆる神様なの。俺達生徒如きが逆らえる相手じゃないの。分かったらさっさと一人で回れ右だよさあ早く」

「でも。私、ギル様が――」

「……お前心配とかほざきやがったらお前アレだからな? はっ倒すからな?」


 そこまで言っても彼女は相変わらず不安そうに俯くだけ。俺は大きく息を吐きはするものの、実際の所、彼女の心境は分からないでもなかった。


 俺の世話役にして警護役。


 そんな役割を担った上でここに立っている彼女としては、やはり俺から離れることは少なからず心配なのだろう。


「帰りに朝の売店の。あれ奢ってやるから」

「ご武運を!」


 びゅーんとすっ飛んでゆくレーナの背中を見送りながら俺は再三の溜息を吐く。


 それで良いのか世話係とは思うが結果良ければ全て良し。俺は再び、目の奥を光らせる目の前の金髪女を見る。そして、徹夜で考えてきた自己紹介が無駄になるかも知れないことに対する文句でも言ってやるかと口を開き――。


「――ギル様大変です教室の場所が分かりません!」

「…………」


 にしてもまあ。

 世話の焼ける世話係だった。



♢ ♢ ♢



「…………あー、入学試験時の不正疑惑?」

「ええ」


 頷く金髪美女教師に連れられたこの場所は第三屋内戦闘場と言うらしい。勉学に勤しむ学生としてはあまりにも似つかわしくない名前だと思うが、第一級の魔法教育を唄うこの学園には必要不可欠な設備なのだろう。


 連行理由は述べた通り。

 どうやら不正の疑いを掛けられているようです。


「貴方は入学時の筆記試験にて前代未聞の0点と言う数字を叩き出し、その上で実技にてこれまた前代未聞の三万超という記録を打ち上げましたね」

「今日の遅刻と言い……前代未聞尽くしっすね!」

「黙りなさい」


 墓穴を掘るのとは少し違う。とにもかくにも阿呆でした。

 息を吐く。


「……んで、アルミラ教諭。態々ここまで移動してからその話をしたってことは。大なり小なり弁解の余地を頂けたっつーことだと理解して良いんですかね?」

「その通りです。あれが実力だと証明できなければ入学は取り消しです」


 その言葉にもやはり息を吐く。


「あの時は抜群に条件が良かったし、相性も良かった。証明ってのは、その時と同じ条件を用意してくれて初めて成り立つと思うんすけど――?」

「まあ貴方の想像通りそれは無理ですね。あれだけの設備と環境を貴方一人のために用意することは到底出来ない。時間的にも費用的にも」


 数ヶ月前の『あほか』と言いたくなる程に大規模だった試験を思い出して。

 頷いた――瞬間。

 凄まじい速度で床一面に魔法陣が浮かび上がる。


ですから我々も(・・・・・・・)妥協します(・・・・・)


 それは即座に大きさを増してゆき、直径十メートル程で止まる。色は混聖系の白。悠然と俺達二人を取り囲むそれは飢えた獣のように獲物を照らし。

 眼の前で金髪を揺らすこの女も、その髪に撫ぜるような魔法光を浴びながら。


「通常の数倍の強度を兼ね備えた特注の対物理障壁。基本構造は陣形ですが地面を削ろうが陣そのものはその場に残る空間陣。強度は言わずもがなの準一級レベル。魔術科の若手に徹夜で作らせたこの魔法壁から十分以内に脱出することが――」


 ゆらりと嗤う。


「貴方の入学の条件です」


 揺れていた彼女の金髪が動きを止める。前髪を弄んでいたぬるい風も消える。きっと目に見えない障壁が俺とこの女を外の世界から切り離したのだろう。

 つまり彼女が言っていることが紛れもない事実であり、冗談でも何でも無いことを俺は悟って、溜息を吐いた。


「どうやら余裕な様子ですが既に試験は始まっています。不正の為の何かを用意する可能性があるため延期も認めません。とは言っても――三万だなんて馬鹿げた数字を叩き出した貴方にとっては、この程度は余裕でしょう?」


 俺はちらりと地面に書かれた発行する陣と連なる印を見る。確かにこれならあの時の試験内容を再現されて、大量の目が見守る中で前代未聞をもう一度叩き出すよりは楽かもしれない。

 楽かもしれないけれど――。


「もう一度言います。試験はこの会場に入った時点から始まっていますから」

「…………」


 その少し不自然とも思える忠告を聞いて、俺はちらりと地面の陣を仰ぎ。

 少しだけ笑う。


「案外優しいんすね。先生」

「ほう」


 と言うよりは舐めていたのだろう。俺が所詮は筆記で零点の糞馬鹿野郎であることを知っているから、ほんの少しだけ舐め腐ったヒントを袖口から落としてしまったのだろう。


完全魔法無効術式(ディスペル・マジック)。俺がアンタの言うことを鵜呑みにして、物理攻撃ではなく魔法で障壁を破壊しようとしてもあら不思議――吸収されちまうってオチですか」

「貴方…………」


 アルミラは言う。


「目上には敬称を使いなさい」

「すませんした」


 然し、そうなれば話は簡単だ。

 適当な物理攻撃――つまりは殴るか蹴るかしてぶち壊せばいい。


「でも、驚きましたね。詠唱を聞かずに魔法陣の種類を読み取るというのはかなり高度な知識が要求されるはずなのですが。筆記0点の貴方がどうやってその答えを導き出したのですか」

「匂いで」


 舐め腐られている気でもしたのだろうか。ぴりっと火花が散る。


「いや違うんです本当ですよ魔法阻害系はすーすーハッカみたいな匂いがするんですけど対物理はピリッと熱々辛口なんです丁度今の先生みたいに!」


 言葉を紡ぐごとに彼女の顔は険しくなってゆくが、それでも最終的には俺の瞳が澄み切っていることに気が付いたのだろう。彼女は捻り出すように溜息を吐いて。


「……貴方の言っていることの真偽は分かりませんが。でも、違いますよ。言ったでしょう、この魔方陣は若手に徹夜で作らせた特注だと」

「えーと」

「完全魔法無効術式対物理加工済み。言うなれば魔法特化の万能結界です」


 何と言うかもうよくわからないけど分かることは一つだけ。

 若手さんマジでご苦労さま。

 呟いて、魔法壁の方を振り返った――瞬間。


 俺のすぐ脇を凄まじい速度で透明な衝撃波がすり抜けた。


 それは魔法壁に当たり、盛大に散る。俺は頬を撫ぜるように駆け抜けて行ったそれを見て、まともに食らったらただじゃ済まなかった事実を噛み締めて。ゆらりと、背後で髪を掻き上げるエセ女教師野郎に向き直り。


「いやアンタ何自分の生徒に攻撃仕掛けてんすか阿呆すか殺す気ですか――?」

「はあ。まさか貴方は私が説明のためだけにここに居るとでも?」


 彼女は身も蓋もなく呟いて、その目を光らせ、笑う。


「勿論妨害はします。十分間もの間ぬくぬく自由に足掻かせる訳がない」

「……反撃は」

「良い訳がないでしょう。私は教師です。いたわりなさい」


 警告なしで生徒に魔法ぶっ放す先公がいたわれとか正気なのだろうか。

 そんな俺の心中を読んだのか、彼女は言う。


「貴方は少しばかり勘違いをしているようですが。ギル=ベルクルス、貴方はまだこの学園の生徒ではありません。本当なら、入学式の時点で貴方だけは通さずにここまで連れてくる手ことになっていました」

「…………」

「試験の不正はこの国の法律の取りようによっては犯罪となり得ます。とまあ、見せしめの意味も含んでいるのですよこの再試験は。――選びなさい」


 彼女はゆらりとその右手を持ち上げて俺に向ける。

 手のひらに浮かぶ白い光は衝撃の陣。

 彼女は小さく最後を残して印を紡ぎ、小さく笑いながら。


「自分の罪を認めて出頭するか。今後一切貴方のような愚か者が出ないよう骨を砕かれた上で自分の痴態を後世まで語り継ぐか」


 そこで一瞬の猶予を与える彼女は優しいのだろうか。

 いや確実に優しさとは違うのだろうと俺は静かに思いながら。


「…………えーと」


 鬱陶しさを隠そうともずに、話が違うと言いたげに、息を吐き。

 俺は親指で壁を刺す。


「結局、こっから出れば無罪放免でホームルームなんだろ?」

「敬語を」


 その言葉には。ただ笑みを返す。


「俺は――まだココの生徒じゃないんじゃ無かったっけ?」


 そこで初めて、アルミラは面食らったような表情を浮かべた。正直その後は適当に怒るだろうと思っていたのだが、案外一期生主任様は伊達にこの若さで一期生主任をやっている訳でも無いらしく――彼女は笑みを返した。


「安心なさい。この学園の医務室は部外者でも受け入れます」



 瞬間。

 目に見えない超高密度の質量が俺にモロでブチ当たる。



「――ッッ」


 骨の砕ける音がして、肺が潰れて空気が消える。

 想像以上の威力に身を捩る間もなく足は地を離れてきりもみ状に宙を舞う。

 まず視界が消えて。

 音が消えたと思えば背中全体に衝撃が走り、沈むように地面に崩れ落ちる――。


 ()()()

 ()()()()()()()()()()()()


「――これも前代未聞っすよね、せんせ」

「――ッッな」


 目を見開いて己の背後を振り返る金髪教師の額を小さく指で弾く。

 小さく笑って。

 俺はまるで脆いガラスのようにバラバラに砕け去った魔法壁を見上げた。


「貴方ッ、一体、どうやって――ッ」

「いやー。さーせん。俺実は今日の為に寝ないで紹介文考えてきたんですわ」


 そもそもそういう話だったはずだ。今回の不正の疑いは例の障壁から脱出した時点で晴れると、そういう話だった。という訳で、俺は完全に発光を止めた抜け殻の魔法陣をちらりと仰いで。


 徹夜の若手さんご愁傷様ですと呟いて。


「流石にこれ以上拘束するってんなら。俺。これからの三年間。多分グレますよ」

「…………」


 何も言わない彼女を一瞥し、ゆるりと教室へ急ぐのだ。

 阿呆も待ってる。





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