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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
二章 誰が為に
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或る晴れた真夏日の朝

 七月の頭。気温はもはや真夏日に達し、道行く女性はかなりの確率で日傘を差している。


 六月の決闘は五勝にまで抑えた遊歌は七月の大半を修業に回すことに決めていた。陽に勝利したとはいえ、先月の失態は遊歌の中で大きな意味を生みだしたからだ。

 真貴に救われ、真貴に才能の差を見せつけられ、自身の才能が如何に貧弱なものであるかを再確認した遊歌は安全圏に入ったことで決闘を休止し、本格的に匠の指導を受けていた。


 今日は土曜日。匠の修業も休日は行わないという取り決めがあるために、丸一日予定が空いていた。


「最近、本当暑くなったよね」

「僕としては桜下が薄着になって、嬉しい限りだけどな」


 テーブルで向かい合いながらトーストに噛り付く。休日の朝はいつもこうだ。坂上家か藤原家のどちらかに泊まり、朝食をゆったりと済ませる。特に最近は気温が急激に高くなったこともあり、冷房の効いた部屋で一日中だらだらと過ごしていることが多かった。


 つまらないとは思いつつ、何かするべきことがあるわけでもなし。遂には昼寝まで始めてしまう始末。


 親たちも文句は言わない。二人が仲良くしていれば、それだけで構わないと言わんばかりの放任主義だ。まあ、一日中くっ付いていても文句を言われないということは、二人にとって大きなメリットであるのだが。


 ニュース番組を何の気になしに観ていると、とある白髪の男が映り込む。瞬間、桜下はテレビの電源を落とす。あまりにも突然の出来事だが、遊歌の眠たげな半目は微動だにしなかった。


 くあ、と欠伸をする。朝食であるトーストも食べ終わり、昼食までの時間の潰し方を模索する。


 未だ覚醒しきっていない頭で今日はどうするかを考えながら携帯の画面を見れば、早朝に真貴からのメッセージが届いていたらしい。


 ロックを解除して、文面を読む。内容は、先日助けてもらった礼に、自宅に招待したいということだ。


「何か、真貴ちゃんが家来る? だって」

「行ってもいいんじゃない? 予定も何もないんだし」

「んじゃパパッと着替えて行くか」


 即決。

 真貴のメッセージに返信を済ませ、着替えるために二人は遊歌の部屋へ向かう。

 桜下は帰宅することなく、遊歌の部屋に置いてある荷物の中から着替えを取り出した。

 一応気を遣う遊歌は桜下に背を向けて、クローゼットから適当な着替えを探す。


 本人からそのような雰囲気は一切感じ取れないが真貴は立派な名家の出。坂上家現当主ということになっている遊歌が、あまりにラフな恰好では家の面目が丸潰れだ。

 何か、それらしい服はないかと、しばらく思案していた遊歌はとある服に手を伸ばす。


「制服でいいや」


 悩みに悩んだ挙句、結局はそこに行きつく。征治郎と遊歌はこういうところが似ているのだ。





「で、真貴ちゃんの家ってどこだよ」


 着替えてリビングに戻ってきた遊歌は今更ながら、自分たちが真貴の家の所在を知らないことを思い出した。


 真貴について調べていた時はプライバシーがどうたらと煙に巻かれ、事件解決後、真貴は警察に引き取られたために、今日の今日まで、終ぞ真貴の家を知ることはなかったのだ。


「電話してみようか?」

「ああ、頼む」


 携帯を取り出した桜下は画面を数度叩き、真貴に電話をかける。


「もしもし、僕だけど、真貴ちゃんの携帯で合ってるかな?」

「はっはい! 何でしょう藤原先輩!」


 多少上ずった声が桜下の携帯から漏れる。人を自宅に呼ぶのは初めてなのだろう、電話の向こうでガチガチに緊張している真貴の姿が過ぎる。


「真貴ちゃんの家ってどこかな?」

「それでしたら大丈夫です。迎えの車を用意していますので、もうすぐ坂上先輩のお家へ着くはずです」


 真貴がそう言い終わるや否や、家の呼び鈴が鳴る。タイミングを鑑みるに、真貴の言う迎えの車とやらでまず間違いはなさそうだ。


 しかし、車で迎えとは実に名家らしい。坂上家は車どころかバイクすら一台も所有しておらず、移動手段は自転車か電車などの公共交通機関を利用することがほとんど。客人を呼ぶ際に迎えの者を出すことはあれど、もっぱら案内のみだ。


 後輩に家の礼儀ですら負けた気になった遊歌は、自分の家が恥ずかしくなって頬を掻いた。


「ちょうど着いたみたいだ。じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうよ?」

「はいっ!」


 通話を終了する。客人とはいえ迎えも待たせるのもよくないと、早速玄関で靴を履く。


 そして、戸を開けた二人は絶句した。


「お待ちしておりました。坂上様、藤原様。大月家が従者、園町(そのまち) (ゆかり)と申します。本日はお二方をお迎えに上がりました」


 坂上家の前には、メイドとリムジンが威風堂々と存在していた。

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