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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
一章 夜半の蛍
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強くなりたい

 事件から一週間経ち、真貴は学校に復学した。

 何の迷いもなく、二年二組の戸を開き、大きな声で。


「坂上 遊歌さん! 大月 真貴が決闘を申し込みます!」





 第一実践訓練場。それは、二人と一人が初めて出会った場所。

 あれからもう二か月も経ったのだと、遊歌は感慨深くそう思った。


 真貴の六技能は目に見えて成長している。Dだった精神力がBにまで上がったことで、真貴は晴れて個人ランクAを獲得した。後輩に個人ランクを抜かれてしまったことを、歯がゆくも嬉しくも思う。


 一年で友達もできたらしく、遊歌と桜下に毎日のようにメッセージ送信アプリで今日何があったかを報告してくる。無邪気な真貴が可愛らしい妹に見えて仕方がない二人は、嫌な顔ひとつせずに毎日その報告に返信している。


「さて、行くか」


 訓練所の中央付近には、既に真貴が待ち構えていた。憑き物が落ちたかのように晴れやかな顔を見た遊歌は思わず笑みを零す。


「それじゃあ改めて。勝利条件は相手の降参及び、監督役による戦闘不能判定だ」


 監督役は三度誠。ここで決闘をすると決めていた真貴は、無理を言って誠に監督役を引き受けてもらったのだ。


 誠の説明を受けた二人は臨戦態勢に入る。真貴はいつもと同じ構え。遊歌はナメプせずに砕月を右手で握り、腰を落として。


「それじゃあ、始め!」


 その言葉と同時に、真貴は白銀剣を白金剣へと一気に二段階Lvを上げ、振り下ろそうと振りかぶる。

 真貴のLv1の能力は自身の精神力と術具適性以外のあらゆるステータスを上げるもの。Lv2の能力は魔力を消費した分に応じた威力の斬撃を飛ばすもの。Lv3はLv1を強化したもの。身体能力強化の倍率で考えるのなら、わずかに真貴が上回っている。しかし、そこは素の六技能の差で埋まっていることから、二人の身体能力はほぼ互角。


 遊歌は真貴の能力を鑑みて、恐らく数瞬後に迫る斬撃に臆することなく真貴に肉薄する。


 白金剣を振り下ろそうとした途中で砕月によって予備動作を無理矢理に止められたことで、斬撃の射出は失敗に終わった。


「先輩、わたしの星銀剣の能力の条件には、『剣を振り下ろす』なんてないんです」

「マジか」


 鍔迫り合いながら白金剣が淡く発光する。それはまさしく斬撃を射出する直前に見られる特有の光。回避は間に合わない。ならばどうにかして再び未遂に終わらせるしかあるまい。


「砕月・一夜蛍!」


 砕月のLvを上げたことにより翠の粒子が砕月の罅の隙間から勢いよく噴き出す。それに危険はないと分かりつつも、怯んだ真貴は斬撃の射出を二度も止められてしまう。白金剣に込める力が弱まった隙に、遊歌は思い切り真貴を押す。


「きゃっ」


 短い悲鳴と共に後方へ弾き飛ばされる。まるで磁石の同極のように、遊歌も大きく真後ろへとバックステップする。


 真貴の斬撃に条件がないとなると、迂闊に近付くのは不味い。万が一、さっきのような鍔迫り合いの状態になると今度は問答無用でぶっ放されるだろう。一夜蛍を解除できない以上、さっきのような子供騙しはもう行えない。ここからは少し慎重に動く必要がある。


 突き飛ばされてから体勢を立て直した真貴は動きを見せずに警戒する遊歌に接近する。

 斬撃が放たれた直後の大きさはさして大きくないとはいえ、至近距離で直撃すれば十分に敗北の要因になり得る。魔力を消費する量を最低限にして、弾幕を張られる可能性もある。


 ここまで来るとレイズにも余裕で勝てそうだと苦笑を漏らしながら、砕月を投擲する。


「えっ?」

「そら、何処見てる。敵は砕月じゃなくて僕だぜ?」

「いっ!」


 決闘をろくに経験していない人間が、顔面目掛けて一直線に迫る刃物から目線を逸らすはずがないと仮定して、砕月を投擲した遊歌の目論見はその通りだった。

 意識から遊歌が外れ、砕月に集中してしまったことで遊歌の姿を見失ってしまう。頭部を傾けることで砕月を回避するも、戦闘経験も皆無である真貴は気配を読むことに長けず、背後からの急襲を回避することができなかった。


 しかし、真貴もただでは転ばない。転んだ拍子に白金剣の刃が遊歌の立つ後方へ向いた刹那、斬撃を放つ。


「ちょっ、ええっ!?」


 素人かと思えばあまりにも意外な真貴の攻撃に、思わず驚嘆の声を上げる。

 しかしここは経験の差。反射にも思える動きで真貴の斬撃をいつかのように砕月で相殺する。自分でもよく反応できたなと、胸を撫で下ろす。


 やはり接近させると面倒だ。経験こそ遊歌に圧倒的アドバンテージがあるが、才能では真貴に軍配が上がる。今のような咄嗟の判断がいい証拠だ。遊歌も同じような動きはできるだろうが精度は著しく落ちるだろう。

 自身の才能不足を後輩に突きつけられながら、再び真貴から距離を取る。


 真貴に敢えて近付かせたことで、動きの癖が漸く見えてきた。白金剣の発光から射出までの、おおよその時間も見抜いた。


 さあ、反撃の時間だ。


 今度は遊歌から真貴に接近する。牽制として三度白金剣を振るう。その中からひとつのみを薙ぎ払い、活路を拓く。砕月で訓練場の床を抉りながら駆ける。


 散った石は辺りに散乱し、後の修理を考えて誠が遠方で頭を抱える。そんなことは知ったことかと、遊歌は砕月をさらに深く突き刺す。


 遊歌のこの行動を、ただの威嚇と捉えた真貴は白金剣でアスタリスクを描く。どこを通り抜けようにも、遊歌には狭すぎる。無理矢理突貫することも悪くはないが、真貴がどんな手で対抗してくるかは未知数。無用な負傷は避けるべきだ。


 なので大きく跳んだ。斬撃を、真貴を飛び越え、体を捻って着地の体勢を整える。真貴が白金剣を振るおうと待ち構えていることはお見通しだ。遊歌とて、何の策もなしに身動きのできない空中に身を投げたわけではない。


 着地する瞬間を狙った斬撃は見事にその瞬間を狙い澄ます。まず避けられないであろうその一撃を、


「いっってえぇ!!」


 左腕を犠牲に防御した遊歌の正気を疑い、目を瞬かせる真貴は再び威嚇しながら疾駆する遊歌に反応が遅れた。一旦距離を取って、牽制の斬撃を放ちつつ後退した真貴の視界がぐらつく。


「……え?」


 足元に目を遣れば、石ころが幾つも転がっていた。ここで真貴は遊歌が砕月で床を抉っていた理由に気付いた。


「まあ、経験不足だな。危険なものに注意するあまりに、足元まで気が回ってない」


 見下ろす遊歌に自身の欠点を説明されながら、負けを確信する。尻餅をついた真貴は喉元に砕月を突き付けられる。見上げて遊歌の顔を見てみれば、優しく微笑んでいた。





 保健室で応急処置を終えた遊歌はベッドに腰掛けて匠を待つ。


「保健室のベッドって興奮するよね」

「は、はあ……」


 今にも遊歌を押し倒しそうな熱のこもった視線に若干引く。


 足を揺らしながらカレンダーをぼうっと見つめる。今日は六月九日。四天王選出戦まで二か月を切っている。五月は結局、序列を二つ上げたのみに留まった。解禁された直後に事件が起こったために、現在の序列は十八位のままだ。

 早く決闘をしなければという思いが遊歌の心を埋め尽くしている。


 そんな中、真貴がぽつりと零す。


「わたし、先輩たちのような強い人に、なりたいです」

「……止めはしないけど、勧めはしねえぜ」

「それでも、わたしは……」


 自分たちはあまり褒められた人間ではない。特に、遊歌は。

 しかし、真貴は遊歌をまっすぐ見つめている。同じ境遇だからこそ、遊歌に憧れたということは想像に難くない。


 真貴の強い決意を感じた遊歌は目線を真貴に合わせる。


「でも、そう言ってくれるなら、先輩冥利に尽きるな」


 とても嬉しそうな遊歌の表情は、桜下が今まで見たことのない表情だった。

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