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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
五章 血族
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坂上 遊歌の愛

 遊歌のすべきことはまず、歌撫の居場所を特定することだった。

 そのために、遊歌は歌撫の名と桜雅が持っていた歌撫の写真を征治郎に送った。


 遊歌の予想通り歌撫は皆見町に潜伏していた。それも、遊歌の家のすぐ近くを拠点としているようだった。

 灯台下暗しと言うべきか、そこまで近くに潜んでいるとは露ほども思っていなかった遊歌は、しかし都合良しと対歌撫に備えて準備を進めていった。


 桜雅が知る限りの、歌撫の習得した術具の情報。そこから、もしもの場合のそれらの対処。幸い、遊歌には規格外の術具と天才と殺人鬼とチートが味方についている。その三人の援護を受ければ対処は容易に済むだろう。


 目下一番の問題は、あの坂上家嫌いをどうするかだった。

 いくら遊歌が坂上家の利点を述べたところで、歌撫はそのすべてを感情論で踏み潰してくるだろう。


 だから、遊歌も感情論で対抗することにした。


 最早ただの姉弟の口喧嘩だが、深く考えた策が失敗して狼狽するよりはその場その場で策を考えて、そのひとつひとつを実践した方がいいだろうという遊歌の提案だった。


「歌撫さんが狂人なら、遊歌君は馬鹿ですね」

「お前が言うな」


 その狂人で馬鹿である桜雅のこの一言には遊歌も反応せざるを得なかった。


 こうして、一先ずは案が決まり、一同は十分に体調を整えることにした。





 歌撫の様子を見つつ、家に引きこもり始めてから約半月。漸く歌撫と面と向かって口論をする日がやってきた。

 姉だと分かった以上、恐怖心を感じる必要はない。彼女もきっと、遊歌の周りの人間と同様に遊歌を想って行動しているはずだから。


 近所迷惑にならないように、夜ではなく昼に作戦を決行する。いつも学園に通う時のように平然と制服に腕を通す。変に気取る必要はない。今から会いに行くのは家族なのだから。


 砕月を握って玄関の戸の前に立つ。開けた瞬間に桜下蛍を発動できるように心づもりをしておきながら、久々に外の空気に触れる。


 柔らかな風が吹いた。

 季節はすっかり秋に移り変わり、街路樹は葉を落としていた。


 風が止むと、周囲には季節外れの桜が舞っていた。


「……遊歌君」

「……姉さん」


 歌撫は家の前で遊歌を待っていた。桜下蛍を発動することはおろか、大量の術具を展開することも封じられた歌撫は、霞んだ瞳で遊歌を見つめていた。


「話、聞いたんだね」

「正直、まだ信じ切れてねえ部分はある。でも、僕は僕を愛してくれた家族に報いるために、姉さんを説得する」


 遊歌が「家族」と口にした途端に歌撫の表情が憎しみに歪む。あの男のように、家族を死に追いやられたわけではないだろう。歌撫の家族は一応だが坂上家に貸しがある。その筋を通さない坂上家ではない。


 何故坂上家を恨むのかと問う前に、歌撫はひとりでに語り出した。


「坂上家がなければお父さんは殺されなかった。坂上家がなければ遊歌君が苦しむことはなかった。坂上家がなければ私はお父さんと、遊歌君と一緒にいられた。なのに、坂上家が、お父さんと遊歌君を奪ったから……!」

「坂上家があったから、僕は桜下と出会えた。それだけは掛け値、文句なしに感謝できる」

「坂上家がなければ私たちはもっと幸せでいられたのに!」


 話を聞いていない。遊歌の反論には耳を貸さず、Lv3が使えない状況で無謀にも遊歌に突進する。涙を流しながら遊歌の背後を睨む歌撫の姿は夜叉のようにも見えた。

黙った泣く子が再び泣き出してしまいそうな歌撫の姿を見た遊歌の瞳は、しっかりと歌撫を見据えていた。


 狂乱しながら迫った歌撫の両手を掴んで手の動きを封じる。蹴られるかもしれないが、すべての能力を重ね掛けしている遊歌に半端な蹴りなど通用しない。


 涙と憎しみで崩れた歌撫の顔を眼前に捉えた遊歌は深く息を吸う。

 そして、



「それは! お前の! 勝手な! 妄想だ!!」



 大気が震えているのではないかと錯覚するほどの声量。物陰に隠れている三人ですら耳を覆うほどの声量だったことから、その大きさが推し計ることができる。

 それを間近で受け止めた歌撫は声量に気圧されて動きを止める。


「イフの話を! 今更語ったところで! 意味なんざねえんだよ!」


 今までの借りを返すかのように咆える遊歌。心にある感情、頭にある言葉のすべてを吐き出して、歌撫の主張を真っ向から折りにかかる。


 自分の主張を否定されて黙っている歌撫ではない。そもそも、これまでの行動からここで言いくるめられるはずがない。きっと遊歌を睨んだ歌撫も、遊歌に対抗して息を吸う。


「私は! 遊歌君のためを想って!」

「お節介なんだよ! それが!」


 やはりと言うべきか、ただの口論になっている。術具を使えない、戦わないのではればそれは必定とも言える。が、影に隠れている三人のうち、成人は声を殺して爆笑していた。


 自分の行動を否定されて涙を流しながら、それでも遊歌を連れて行こうと力むが強化されている遊歌の力に敵うはずもなく歯を食いしばる。


「お前の優しさは間違ってんだ! お前が幸せだと思う僕と! 僕が幸せだと思う僕は! 別物って気付けよ!」

「違――」

「違わねえ! 僕は母さんと! 匠と! 誠と! 爺ちゃんと! みんなと一緒にいたいんだよ! 輪の中にいる僕を引き離すんじゃなくて、自分から輪に入って来いよ!」

「嫌、嫌……坂上は、嫌い……! 汚い……!」


 震えながら坂上家を拒否する歌撫だが、その腕の力は抜けていた。


「それは昔の話だ。昔は確かに汚かった。けどな、反省したんだよ。爺ちゃんだって悪いことしたって思ってたから」


 へたり込んだ歌撫の腕を放して、声を張り上げるのではなく諭すように語りかける。その遊歌の言葉を、歌撫は顔を上げて聞いていた。


「僕だって、できれば姉さんと一緒にいたいんだ。姉さんも家族だから」

「……遊歌、君……」


 歌撫が求めるように、縋るように手を伸ばす。遊歌はその手をそっと握る。遊歌に引かれて立ち上がった歌撫は空いた手で涙を拭った。


 およそ二五歳には到底見えない、少女のような姉のその幼い顔は悲しみに染まっていた。


「そんなに簡単に、私は坂上家を受け入れられない」


 そう言って、遊歌の手を放す。


「私の七年間は遊歌君でも簡単には埋められないの」


 振り返った歌撫の背を、遊歌は黙って見つめていた。呼び止めても無駄だということは弟である遊歌も理解していた。だから、あえて呼び留めず、引き留めず、歌撫のしたいようにさせようと決めた。

 砕月を解除し、ここから先のすべてを歌撫の意に任せた。


 言葉だけでは限界があるということは、言葉に救われた遊歌だからこそ分かることだった。


 遊歌は、歌撫が瞬間移動で姿を消すまで、一度も瞬きをしなかった。





「よっす! 久しぶりだな遊歌!」

「おう、久しぶり」


 本当に久しぶりに会った気分だ。休学していた期間はたかだか半月だというのに、かれこれ数か月は会っていなかったような感覚だ。

 学園の様子は相変わらずで、昇華の席が空席に戻ったのも、日常のひとつだった。


 歌撫が姿を消した後、誰も彼女を探そうとはしなかった。本気で身を眩ませた歌撫を探すことは匠や征治郎ですら困難だということは言うまでもなく、しかし彼女はもう心配いらないと皆は確信していた。


 きっといつか、彼女は家族の元に帰って来るだろうと、遊歌が言ったから。

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