二五話 母の愛
映画鑑賞会を終え、今度こそ本当に家庭の事情だと言って桜下を帰らせた。
遊七が帰って来るまで待つことにした遊歌は眠ろうとする桜雅を引きとめていた。
遊七が帰って来るのは午前零時前後。普段の遊歌ならば眠っているが、どうせ明日も休むのだからと今日話を付けることに決めた。
存在自体がバグのような人間が敵味方双方にそれぞれ一人いたとして、その他の人数が多いこちらに分があるとは言えない。桜下蛍の存在がちらつかされている以上、奇襲されてしまえば全滅もあり得る。
桜下蛍の範囲外から射撃できるような術具があれば対処もできるのだが、生憎遊歌の知り合いにそう都合の良い術具を持つ者はいない。
桜下蛍の範囲は自分を中心として半径約二十メートル。結界系術具としては並程度の範囲だが、二十メートルも離れていてはレイズの射撃も意味が薄くなる。レイズの術具がハンドガンではなくライフル系統のものであれば勝機はあったかもしれない。
我ながら厄介すぎるLv3に目覚めてしまったと、複雑な気持ちになる。
「歌撫さんには対策なんて無駄ですよ。あの人ゴリ押しで全部通しますから」
「いっそ友達先輩後輩全員呼んで人海戦術やるか?」
「術具封印後に広範囲術ぶっぱで終わりません?」
「私が奇襲をかけて一撃で決めるのはどうだ?」
「上手くいけばいいですけど、探知とかかけられて失敗した時が悲惨ですよお? あの人坂上家関係者皆殺しにしたいとか言ってましたしい」
歌撫の対策会議を開いては見たものの、桜雅が持つ情報アドバンテージを全力で活用しても「それ、突破されますよ」といったニュアンスの言葉で一蹴される。
どうやら歌撫の術具は死体に触れていても習得できるらしく、その身に宿している術具の数は最低百あるという。
桜雅と行動を共にしていた期間は、桜雅は殺人を犯していなかったが、それでも歌撫は自殺の名所などに度々立ち寄っていたという。
歌撫の狂気を改めて知らされたことで、遊歌は渋い顔をする。
どうしようもない壁にぶち当たってしまったところで、リビングの戸が開き、遊七が現れた。
「うん? あんたがこんな時間まで起きてるなんて珍しいわね」
「ちょっと話したいことがあってさ」
「何よ、そんな改まって」
「ああ、まあ、何て言うか……」
今から始める話は遊歌の半生を覆すことになるのかもしれない。そう思うと次の言葉になかなか続かなかった。
歯切れの悪い遊歌の言葉を聞いた遊七は首をかしげる。それでも遊歌は目線を逸らして黙り込む。匠は何か事情を知っているのか、そんな遊歌を見てもらしくもなく黙って見ているだけだ。
そんな二人を見て痺れを切らした桜雅が口を開く。
「じゃあ、僕が全部言いますね」
「お、おい待っ――」
「僕も歌撫さんから聞いた話なんでうろ覚えですけど。ええと、何処から始めましょうかねえ。じゃあまずは坂上 龍成さんが、花田 龍成さんだった頃の話から始めましょうか?」
そこまで言ったところで、遊七が手で桜雅を制した。
「……そこから先はあたしが話すから、部外者は黙ってなさい」
「は、はあい」
殺人鬼すら怯ませる母の一面に驚愕した遊歌は、今まで見たこともない神妙な面持ちの遊七を目にした。
匠は自分からは何も語るまいと目を閉じた。
「結論を先に話すと、歌撫ちゃんはあんたと血の繋がった姉で、あんたとあたしに血の繋がりはないの」
「……最悪っていうか、その結論は、予想してた……」
遊歌が結論を受け入れたことで、遊七は安心して過程を語り始める。
花田 龍成は二八年前に、上野 歌恋という女性と結婚した。彼らは三年後に歌撫という娘を産み、さらにその八年後に遊歌という息子を産んだ。
しかし、性格の不和からか、それとも別の何かからか、遊歌が生まれて一年ほど経ったある時、龍成と歌恋は離婚した。その時、遊歌の親権は龍成が、歌撫の親権は歌恋が持つこととなった。
かねてからの友人であった遊七は龍成を慰めながら、時に遊歌の面倒を見ていた。そんな二人は龍成が離婚してから一年後、龍成が婿入りする形で龍成と遊七は結婚した。
元々子供ができにくい体質だった遊七と龍成の結婚は坂上家にとって大きな利益であり、そして、当時の征治郎は遊歌を血の繋がった孫のように可愛がった。
誠と匠には本当の家族のように接してほしいと征治郎と龍成、遊七が頼み込み、今まで違和感のないように接してきた。
いつかは話すべきだと皆は思っていたが、七年前の龍成の殺害によりその機会は永遠に失われてしまったかのように思われた。
しかし、何故か歌撫が遊歌を狙い始めたことがきっかけで今に至る。
「……まあ、こんなところね」
すべてを語り終えた遊七はいかなる言葉も受け入れるつもりだった。今まで親子ごっこに付き合わせてきた匠はもちろん、遊歌からも。十年以上もの間嘘を吐いて、嘘を重ねてきたのだ。母だと偽り、母だと思わせてきた。それは最早一種の洗脳であると、遊七は思っていた。
しかし、遊歌は。
「やっぱり、僕とあの人は血が繋がってたんだな」
遊七を批判することはせず、揺らいでいた自分の心にひとつの楔を打ち込むだけだった。
「何か、ないの? ほら、どうして今まで嘘を吐いてたんだ、とか」
遊歌が無理をして言葉を飲み込んでいるのではないのかと勘違いした遊七は遊歌に問いかける。
珍しいのはお互い様だと苦笑しつつ、遊歌は言った。
「母さんはどんなに苦しい時でも必ず家に帰って来てくれた。中学の時、僕は母さんに「死ね」だの「勝手に産んだクセに」だの言ったのに、母さんは僕に一度も「息子じゃない」って言わないでいてくれたから、今の僕がある。嘘の理由だって、きっと僕のためなんだろ? だから、そんな野暮な質問はしねえよ」
そこで遊歌は一度息を吸う。
「血が繋がってなくても、母さんは僕の母さんだから」
照れくさそうに顔を逸らしながら、それでも目は遊七の目をしっかりと見据えていて。
息子の思いがけない成長に遊七はめいっぱい涙を溜めながら、母として、そして、ひとりの大人として、涙は流さずに遊歌を抱き締めた。
一連の話と流れをすぐ傍で見ていた桜雅は号泣していた。
「いい話ですねえ……うちの家庭環境が拗れてる原因は全部僕だから、ちょっとは遊歌君を見習わないと……」
いつもならば普通の声量で声を出していた桜雅でも流石に空気を読んだのか、小声で本当と嘘を並べ連ねた。よくもまあこの話の後に嘘を吐けるものだ。
桜雅のふざけた台詞が耳に届いた匠は一瞬この大馬鹿を殺してやろうかという思いが過ぎるも、この場には無粋とその思考を止めた。そして、冷凍庫を開いて自費で買った棒アイスを手にする。
夏に遊七が偶然買ってきたものが気に入ったのか、最近はそればかり食べている。
遊歌を放した遊七は、そのまま遊歌の両肩に手をかける。
「今、何が起こってるのか母さんは分からない。けど、あんたが困ってるならみんな力になる。匠ちゃんも、誠君も、お父さんも、みんな。だから、あんたのお姉ちゃんとしっかり話をつけてきなさい。間違っても家族を傷付けちゃ駄目よ」
「ああ、ありがとう」
家族だと分かった以上は無用な戦いは避けるべきだ。先に桜下蛍で先手を打ち、歌撫のLv3を封印した上で話し合う。
今まで決闘で分かり合うということが多かった遊歌にとって、話し合って分かり合うということは非常に久しぶりだった。それこそ、最後に話し合いで通じ合ったのは桜下だと記憶している。
桜下が遊歌に歩み寄って来てくれたからこその出会い。その出会いを思い返しながら、今度は自分が歩み寄る側になったことに、少しだけ嬉しく思う。
遊歌は、自分のすべてを歌撫にぶつけることを誓った。




