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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
一章 夜半の蛍
3/35

二話 臆病な天才

 匠がやって来ておよそ半月。月は替わり、五月の連休も明け、本格的に五月が始まった八日の朝、遊歌は校内でとにかくはしゃいでいた。


「「下克上!!」」


 二人揃って拳を突き上げ、自分たちのスローガンを掲げる遊歌とドレッド。「朝っぱらから何やってんだこいつら」という冷ややかな視線を浴びつつも、二人は非常に熱かった。


「で、ドレッドは今何位だったっけ」

「俺は今十七位だな。で、十六位が八幡先輩だ」


 遊歌とドレッドは「できるだけ多く決闘するため」という、実に戦闘狂な理由から、一つ上の序列の者にしか挑まない。

 周りの人間には馬鹿だなんだと文句を言われることもあるが、この二人にとっては日常茶飯事。学生の文句程度屁でもない。


「日影先輩ね。あの人確か、搦め手大好きな性格してたよな」

「遊歌はレイズだろ? いいなー。まさに正々堂々って感じの決闘になりそうじゃん」


 互いに決闘相手の考察をする。とは言っても、遊歌もドレッドも正面から相手に突っ込む以外の戦法を採る気はない。罠が張られていると分かっていようと、対策されていると理解していようと、二人は拳を握り、刀を振るう。誰が何と言おうと、それだけは譲れない。


 そんな馬鹿な二人を、桜下と黒髪の少女が遠巻きに見つめていた。


「あいつら、ほんと馬鹿ねえ……」

「そう言わないであげてくれよ黎。そこが彼らの魅力でもあるんだから仕方ないさ。それに、遊歌は時々負けるのが嫌で我を忘れて暴れるんだけど、僕が抱き締めてあげると――」

「はいはいストップ。惚気は聞き飽きてんのよ」

「むう」


 机に頬杖を付いて、ため息を吐く黎。どうやら、桜下のこの手の話題は聞き飽きているらしく、目線を動かすこともなく桜下の惚気を制止した。桜下は不満げな声を漏らすも、制止されてなお語るほど理解のない人間でもない。ここは大人しく遊歌を眺めることに決め込んだ。


「健闘を祈る、ドレッド」

「グッドラックだぜ、遊歌」


 そんな女子二人のやり取りを知る由もない決闘馬鹿二人は互いに敬礼した後、決闘を申し込む為に、各々の相手のいる教室へと駆けて行った。





 二年四組。二年の教室がある階のちょうど真ん中あたりに位置しており、三つある階段のうちのひとつから近いことで、他のクラス――特に六組――から羨まれるクラスだ。

 そんな教室の戸を、やけにテンションの高い生徒が乱暴に開けた。言わずもがな奴である。


「レイズ・ヴァ―ミリオンッ! 坂上 遊歌が決闘を申し込むっ!」


 決闘を申し込む際はまず相手の名を呼び、その後に名乗り、最後に決闘を申し込む旨の台詞を言うことが決まりとなっている。遊歌はそれらを最短で済ますために、この台詞は相手の名前以外はすべて遊歌の脳内テンプレートに保存している。


 四組の席の端に座る、大声で名指されたレイズは目を剥く。周りのクラスメイトたちは、可哀想なものを見る目でレイズに視線を注ぐ。


「お前、本当にここまで来たのか」

「当たり前だろ。僕はランク詐欺の代名詞だって、今までの戦績で分かってるだろう?」


 遊歌のランクはBであるが、術具の能力によってAランク相当の実力になれる。基本的に六技能のランクによって最初の序列が決められるこの学園では、遊歌の存在は本人の言う通り詐欺に近い。

 遊歌の初期序列は一一三位で、レイズの初期序列は二一位。個人ランクは同じBであるが、平均した場合にAが多いかCが多いかの違いでここまで差が開いてしまう。

 まあ、純粋なBランクのままAランクを圧倒する、ドレッドのような例外もいるのだが。


 レイズと遊歌は小学校からの幼馴染だ。だからレイズは自分が遊歌に勝てないことを分かっている。遊歌は自分がレイズに勝てることを知っている。


「俺は多分、お前に負ける。けどな、レイズ・ヴァ―ミリオンは決して諦めない。知っているな?」

「応とも。伊達に腐れ縁やってねえよ」

「だから敢えて言わせてもらうぜ。俺は勝つ」

「世迷い事を。勝つのは僕だ」


 売り言葉に買い言葉。このやり取りは二人が幼いころからずっとやってきた、定型文のような台詞だ。少なくとも中学での二人を知るクラスメイトたちには、この光景は既知のものだ。


 こうして、レイズに決闘を申し込んだ遊歌はワクワクしながら二組に戻って来た。


「やっぱ久々の決闘は楽しみだ!」

「あら、ドレッドと一緒に帰って来なかったのね」

「あいつは三年の教室に行ったからな。もうちょっと時間かかるだろ」


 特に、三年は受験を考慮され、特例で一か月に三回まで、決闘を拒否する権利を持つ。ドレッドが拒否されている可能性を考えると、ホームルームの直前まで粘っている可能性が高い。八幡 日影は人の嫌がることをすることが好きな性格だ。ギリギリまで拒否して最後に了承するということも十分にあり得る。


「まあ、最悪でも授業が始まるまでには帰って来るだろう。ドレッドは確か、出席で点数を稼がないとまずかったはずだから」


 桜下の言った通り、ドレッドはとにかく頭が悪い。なんだかんだで名家の出身である遊歌はそれなりの頭脳をしているものの、ドレッドは正真正銘の脳筋だ。去年の成績を鑑みて、自分で遅刻欠席は厳禁だと今年の始めに言っていた。

 流石に決闘中毒のドレッドでも、進級は決闘よりも比重は重くなる。故に、三人はドレッドの帰りが遅いことを三様に心配していた。


「そういえば」

「ん?」

「遊歌って匠さんに決闘禁止って言われてなかったっけ」


 そう、遊歌は五月と六月は決闘を禁止するようにと匠から言われているのだ。体に無駄な疲労を溜めないようにするためだと匠は言っていた。


「守るわけないだろ。決闘は僕の趣味みたいなものなんだから」


 しかし、遊歌はこれを知ったことかと一蹴。禁止を告げられたその場では曖昧な台詞で誤魔化したのだ。

 桜下はそんな遊歌の態度を見て呆れはするものの咎めはしない。遊歌が強くなるには実践経験を積むことが一番の高効率だと知っているからだ。

 ばれた時にどんな目に遭うかは想像に難くないが。


 こうして世間話をしているうちに、予鈴が鳴り始めた。教室から見える校門に目を遣れば、小走りで駆け込む生徒の姿が見える。そんな時間になっても、ドレッドは未だに教室に戻って来ない。


「あいつも諦めの悪い奴だな。成績やべえならさっさと戻って来るべきだろ」

「それを君が言うのか……」


 黎も、お前が言うなと言いたげな視線を遊歌に向ける。


 すると、二組の戸が重々しく開いた。


「ああ、もう……あの人嫌い……」


 萎びたトマトがそこにいた。


 そのトマトは、幽鬼のようなふらふらとした足取りで自分の席へ座ると、机に突っ伏した。


「案の定、ね」

「僕もいつかああなるのか……」

「なら萎びた茄子だね」


 日影に相当振り回されたらしいドレッドは遊歌たちに絡む気力すら残っていないのか、机にため息を吐き続けている。

 遊歌の、「あいつ机といちゃついてるぜ」という冷やかしにも反応しないことから、ドレッドの心的疲労を推し量ることができる。


「流石に可哀想になってきた」

「でも、今は慰めるよりも放っておいた方がいいわ。丸一時間寝れば治るでしょ」


 あくまで授業を一コマ犠牲にすることを前提とした話だが、ドレッドは授業を聞いていたとしても理解できない馬鹿なので、起きているよりは眠っている方がマシなのである。


 ドレッドが一際大きなため息を吐いたと同時に、本鈴が鳴った。





 放課後、気が付けば日は少し前よりも高い位置にいる。

 気温も高く、暑がりな生徒は既に半袖に切り替えている者も多い。

 いつもと変わらない第一訓練場に、遊歌はいた。


 今回のギャラリーは桜下のみ。ドレッドは自分の決闘、黎はその応援だ。

 転校生が来るわけでもない普通の決闘では、ギャラリーなどあってないようなものだ。この学園の生徒は、他人の決闘を見ている暇があるのなら、自分の頭脳や実力を磨いた方がいいという考えを持つ者が多い。


 そんな中、おどおどした少女が観客席をうろついていた。


「あれ? 真貴ちゃんじゃないか」

「え? あっ、ふ、藤原先輩!」


 大月 真貴。転校初日に遊歌にトラウマを植え付けられた、不憫で臆病な天才だ。

 彼女は桜下に呼び止められると、安心したかのように駆け寄って来た。


「観戦かい?」

「はい、あの時は坂上先輩の術具を見ることができなかったので……」


 ことごとくが不憫だ。桜下はそう思った。


「ゆっくり見ていくといい。多分今回は、遊歌のそこそこの本気が見られるはずだから」

「そこそこ、ですか?」

「そう。そこそこ。本気を出すには僕の許可を得てからって約束をしてあるし、僕はレイズ相手に本気を出させるつもりは毛頭ない。そういうことさ」


 どうしてそんな約束を交わしているのか気になった真貴だが、それを問う前に遊歌と、その決闘相手であろう少年、そして監督役の教員が控室から出てきたために、そちらに意識を集中させた。


「相手の方は強いのでしょうか」

「あんまり強くない。Bランクで唯一のLv3で、魔力の量と適性、術具が噛み合っているけれど、身体能力が遊歌より圧倒的に低いからね。接近したらもう終わりさ」


 相手の少年の説明を聞いた真貴は、そこまで噛み合った六技能を持っている相手を遠回しに弱いとあっさり言い切った桜下が理解できなかった。

 どんな六技能をしているかは分からないが、少なくとも自分は勝てないだろう。そう思った相手に、遊歌がどうやって勝つのか、真貴は少しだけ期待した。


「では、これより決闘を始める。二人とも、準備はいいか?」

「「はい」」


 遊歌は、真貴と戦う時には手にしていなかった銀の武骨な刀を手にしている。対して、レイズはこれといった特徴のない、普通のハンドガンだ。


「決闘開始!」


砕月(さいげつ)月下蛍(げっかのほたる)!」

追尾の銃(ホーミング)!」


 教員のその声が響いた瞬間、二人とも術具のレベルを引き上げた。

 遊歌の銀の刀は罅割れ、その隙間からは蛍の光が漏れ出る。

 レイズの銃は変化を見せず、外見は変わらない。


 遊歌は地を蹴った。月下蛍の能力は身体能力を上げるというシンプルなもの。遊歌本来の身体能力の高さも相まって、遊歌は常人には反応できない速度でレイズに迫る。

 レイズもおいそれと遊歌の接近を許すわけにはいかない。銃に魔力を込めることで弾を装填する。そのままろくに狙いを定めずに発砲。


「えっ?」

「驚くのは早いよ」


 当たるはずのない方向に向けられた銃口に驚く真貴。それを窘める桜下の台詞通り、魔力で作られた弾は、遊歌を追うように軌道を曲げた。


 小さく舌打ちする遊歌だが、左腕に迫った弾を冷静に斬り伏せる。その間に、レイズは後退しながらヤケクソ気味に乱射していた。


「ああっ! ウザいっ! 消えてろ!」


 迫る弾に罵声を浴びせる。そんなことをしても当然弾は消えない。走りながら弾を斬ることもできたが、それをしてしまうと後々面倒なことになる。仕方なく立ち止まって弾を一つ一つ、丁寧に斬り落としていく。

 遊歌がそうしている間にも、魔力の量に余裕のあるレイズは次々と弾を増やしていく。


「こりゃイタチごっこだね」


 幸い、決闘に時間制限はない。このままの状態が続けば、いつかはレイズの魔力が切れて遊歌が勝つ。

 そう、このままの状態が続けば。


「そろそろ頃合いだな……軌跡の銃(ルート)!」


 レイズは、Lv3の能力を解放した。


「やべっ」


 このままだとまずいと感づいた遊歌は、反射的にその場から離れる。

 一拍置いて、遊歌が場所を先程とは比べ物にならない数の弾が襲う。その中から、いくつかの弾が遊歌にダメージを与えんと歪な軌道を描く。


「どう……なっているんですか?」

「簡単だよ。過去を引っ張って来ているんだ」

「過去、ですか?」

「そう、レイズのLv3は、一度撃った弾がもう一度同じ場所を通るというものでね。一発撃てば、術具を顕現させてから撃ったすべての弾がもう一度現れるんだ」


 レイズに時間を与えるということは自殺行為に等しい。しかし、だからといって弾に縦横無尽な軌道を描かせれば、それだけ不利になる。一々弾の軌道を覚えているのなら、楽に対処できるかもしれないが遊歌はそこまで賢くない。ただ、弾の一つ一つを叩き斬っていくしか手段はない。

 しかも、遊歌の動きを見る限り、確実に弾が多い方へと誘導されている。こうなってしまっては、いくら身体能力の高い遊歌でもいつか限界が来てしまう。


 真貴が遊歌の勝機を失った中、遊歌は訓練場の壁を思い切り蹴った。


 まだいくつかの弾が遊歌に肉薄する。しかし、空中でありながら、遊歌は重傷にならないように体を捩じらせて弾をいなす。時折胴体を狙う弾は、きちんと砕月で斬り落とす。

 レイズは頭上に跳び上がった遊歌を撃ち落とそうと何発か発砲するも、それらが功を奏すことはなかった。

 これ以上は無駄だと判断したレイズは、下手に距離を詰められないように遊歌の着地点から離れる。


「逃がすか!」

「こっちに来るな!」


 着地したかと思えば地を蹴り獲物に迫る。重力を押し殺した遊歌の無茶な動きに、レイズは一瞬反応が遅れる。

 弾はない。レイズはLv1の能力によって反応速度が上がっているとはいえ、元々のステータスがたかが知れている。慌てて弾を装填し、一度二度撃ち、他の弾が多い方へ誘導するも、遊歌は瞬時に弾幕の薄い箇所を見抜き、そこへ突貫する。


「食らいやがれ!」


 今までの怨恨すべてを込め、遊歌は砕月の峰をレイズの鳩尾に叩き込んだ。


 レイズは小さく息を吐き、訓練場の壁に背を激しく打ちつける。それを見た遊歌は油断せず、ぐったりとしたレイズに駆け寄り、砕月の鋩を喉元に突きつける。


「……けっ。まったく隙がないな、お前は」

「君は可能性のことごとくを拾っていくからな。芽はしっかり摘んどかねえと」

「過大評価されたものだ。降参だぜ」


 レイズのその言葉を聞いた遊歌は漸く砕月を消す。


 控室から決闘の顛末を見守っていた教員が二人の元へ駆け寄る。


「この決闘は坂上 遊歌の勝利とする。双方異論はないな?」

「……うす」

「はい」

「では決闘はこれにて終わりだ。ヴァ―ミリオンは念のために保健室へ行っておけ」


 観客席で決闘の一部始終を見守っていた二人の少女はその場の緊張感が和らいだのを肌に感じた。


「ちょっと危なかったかな」

「ご、ゴリ押し……ですね」


 遊歌がレイズの術具をどう突破するかを楽しみにしていた真貴からすれば、この決闘は期待外れだっただろう。何せ、自分の身体能力にものを言わせて無理矢理に勝利したようにしか見えないのだから。


「自分の身を第一に信じて、自分の術具を第二に信じる。それが遊歌さ」


 そう言って、桜下は席を立った。





「お前、決闘しただろう」


 帰宅した遊歌は、匠と顔を合わせた瞬間に看破された。


「してねえよ。何を根拠に――」

「筋肉の疲労と制服の土埃だ」


 台詞を言い切る前に根拠を示した匠に遊歌は舌打ちする。相変わらず気色の悪い観察眼だ、と。


「まあ、今回は許してやろう。だが、次からはそうは問屋が卸さんということを覚えておけ」

「神の慈悲ばんざーい」


 棒読みで礼とも言えない礼を言い、遊歌は自室へ荷物を置きに行った。


「クソ。決闘が何だってんだ、疲労が何だってんだ。決闘を禁止されたら逆にストレス溜まるっての」

「何か、言ったか?」


 身震いした遊歌は決して振り返らないように自分に言い聞かせる。振り返ったならその瞬間、カウンターが如く回し蹴りが顔面に直撃するのは火を見るよりも明らかだ。


「分かった、分かったよ。決闘しなけりゃいいんだろ?」

「分かればいい。晩御飯の後は修業だ。さっさと食いに降りて来い」


 匠が階段を下りていく足音を確認してから、遊歌は漸く胸を撫で下ろす。


 強くなることも楽じゃない。遊歌は深くそう思った。





 翌日、遊歌は早速言いつけを破り、決闘を申し込んでいた。


「お前馬鹿だろ」

「決闘馬鹿と呼べ馬鹿」


 昨日の出来事を聞いたドレッドは開口一番そう言った。


「匠さんってあれでしょう? 神」

「そうだよ。お前神に抗うとか悪魔か何か?」

「ちょっと待て。なんで僕が悪者になってんだ」


 誰も、本人さえもドレッドが馬鹿という事実は否定せずに会話を続ける。

 

 話の流れで遊歌が悪魔にされているが、遊歌からすれば匠こそが悪魔だ。いや、実力を加味すれば、魔神とするのが正しいか。

 兎に角、あのリアルチートの性格が悪いのは今に始まった話ではない。それを幼少の頃から知っているからこそ遊歌は敢えて言う、悪魔は、魔神は師走 匠だと。


「でも、遊歌に決闘を禁止するのは酷だと思うよ」

「桜下もそう思うだろ? やっぱ僕の味方は桜下だけだぜ」

「遊歌から決闘を取ったら、残るのはガラの悪いお坊ちゃまだからね」

「味方いねえ!」


 桜下すら遊歌をいじる側に回った今、孤立無援となった遊歌に手を差し伸べるものなどいない。遊歌は授業が始まるまで、延々といじられ続けた。





 今日の決闘は危なげなく勝利した遊歌は、桜下と共に晩御飯を食べるために適当なファミレスに入っていた。


「そんなに匠さんに会うのが怖いなら、今夜はうちに泊まっていくかい?」

「いや、そんな迷惑はかけられねえ。音をたてないようにこっそり帰るさ」

「チェーンが掛けられていたら?」

「その時はお世話になる」


 適当に注文したステーキを食べながら、今夜の作戦会議を進める。クリア条件は匠に遭わずに自室へ戻ること。敗北条件は匠に遭うこと。匠に見つかった瞬間、ゲームオーバーが確定する。例え遊歌が本気を出して逃げ出そうとも、匠は遊歌の性格と癖から先を読み、遊歌を捕らえるだろう。

 そして、その後は匠の制裁が待っている。それだけはどうしても避けたい。


「まあ、匠さんに着いていけなくなったら僕の所へ来なよ」

「……その提案はありがたいけど、多分、僕は何があっても逃げないと思う」


 遊歌には確信があった。

 匠に着いていけなければ、学年一位――桜下に勝つこと――など、まず不可能だろうと。


「……そうか、なら、いいんだ」


 遊歌の確固たる決意を目の当たりにした桜下はどこか寂しそうな、それでいて嬉しそうな表情で皿に残った人参を食べた。


 談笑しながら食べ終えた二人は会計を済ませ、帰路に就く。

 いつも通る見慣れない道を二人はゆっくりと歩く。


「こういうのも、たまにはいいかもね」

「ああ。暗くて怪しい雰囲気ってワクワクするしな」


 中学生のようなことをのたまう遊歌の腕を、突然桜下が強く抱く。


「ん?」

「……久々に二人きりなんだし、ちょっとぐらい、ね?」


 珍しく顔を赤くした桜下が甘えたように擦り寄って来る。確かに、こうして二人きりで落ち着くことができるのは久々だった。

 互いの温もりを感じながら、暗い帰路を殊更にゆっくりと進んでいく。


 そうして、家が見えて来た。


「頑張れ遊歌。何時でも僕を頼っていいからね」

「そうならないように頑張る」


 二人は別れ、家が近い桜下は先に帰宅した。


 さあ、ここからが正念場だ。

 できるだけ気配を押し殺し、足音を消し、呼吸の数も減らす。

 鼓動を落ち着け、完全に落ち着いてから家の戸を開ける。


「遅かったな、遊歌」


 詰んだ。


「どうやら体に疲労も溜まっているようだな。仕方ない、今日は修業はやめておくか」


 匠の気遣いにもとれる台詞を聞いて冷や汗が流れる。このまま立ちっぱなしだとどうにもならないのは分かっているが、反転して逃げたところでどうにもならない。匠の「泥」に捕まるのが目に見えている。


 だから遊歌は覚悟を決め、直立のまま匠の制裁を待つことにした。


「その代わりに何があるか、分かっているな?」

「もちろん。煮るなり焼くなり好きにしろ」

「では、その言葉に甘えさせてもらうとしよう」


 匠の右腕を黒い泥が包む。それが剥がれた時、匠の腕には手甲が装備されていた。

 最悪内臓が破裂するな、と他人事のように思っていた遊歌は、腹部に重い衝撃を感じた瞬間に意識を失った。





 先日の萎びたトマトのように、萎びた茄子が二組の戸を開けた。その茄子は桜下に支えられながら自分の席に座り、トマトとは対照的に椅子にもたれかかった。


「今日は茄子が萎びてるわね。今年は不作なのかしら」

「何とでも言え……はあ……」


 遊歌がここまで落ち込んでいる理由は簡単に察することができる。決闘が完全に禁止されたのだ。クラスメイトもこんな遊歌は珍しいのか、ちらちらと目線を送る者が多い。


 何をするにも気力をなくしてしまった遊歌のそばには桜下が心配そうにつき、ずっと遊歌の手を握っている。


「お熱いこった。このまま抱き締めそうな勢いじゃん」

「それ言うと本当にやりかねないからこれ以上唆さないでよ」


 黎がそう言った時には既に遅し。教室がざわついたかと思えば、桜下が遊歌を後ろから抱き締めていた。


「あー……桜下?」

「……ごめんね。僕がもっと強かったら……」

「いや、元々僕が強くなりたくてこうなったんだから、桜下は悪くねえよ」


 互いに自分が悪いと言い始めたバカップル二人。そしてそれを見て困惑するクラスメイト。イラつく黎とそれを見てニヤつくドレッド。


 遊歌と桜下を中心としたカオスな空間の出来上がりだ。


「アンタ達、いい加減にしないとそろそろ私もキレるわよ」

「「!」」


 黎の怒りの一言を聞いたバカップルは鬼でも見たかのような表情になり、途端に離れた。


「悪かった」

「ごめん」

「分かればよろしい」


 二組の力関係がはっきりしたところで、本鈴が鳴り始めたのだった。





 昼休み。桜下と黎の女子組は食堂で昼食を食べるらしく、今日は久々に男子二人で弁当をつついていた。

 学園の食堂は広く清潔で人気がある。そのため、弁当を持って来ていても食堂へ足を運ぶ生徒は少なくない。事実、教室には遊歌とドレッドを除けば二、三人しか残っていない。


「まあドンマイ。今月と来月だけなんだからまだマシだろ」

「あと六回……六回だぜ? マジで怠い」


 残りの決闘できた回数を二度も呟き、愚痴を垂れる。遊歌の計算上では、月に四回決闘で勝てば、四天王選出戦に出場するための安全圏に入れる計算だった。しかし、匠によってそれは狂わされ、残りは七月分の決闘のみ。回数は一二で同じだが、間隔が広いのと短いのとでは体感で天と地ほども違うのだ。


 ため息を吐きながら弁当を食べていた時だった。


「あ、あの、坂上先輩はいらっしゃいますか……?」


 二組の入り口には、びくびくと怯えながら遊歌を呼ぶ少女の姿があった。


「おう、萎びた茄子ならこいつだぜー、後輩ちゃん」


 ドレッドは口調から少女が後輩だと察し、箸で遊歌を指した。


「おう真貴ちゃん。久しぶり」


 黒い髪に蒼い目、何より臆病なその仕草。その少女は大月 真貴であった。

 真貴は遊歌を見つけると、周りの目――ほぼないが――を気にしつつ、遊歌の目の前までやって来た。


「坂上 遊歌……さん。大月 真貴が決闘を申し込みます」


 遊歌は固まった。自分がトラウマを植え付けた、このいたいけな少女が女神に見えた。そして、自分はこの少女に可哀想なことをしたと、今更ながらに反省した。


「もちろん!」

「ひっ……あっ、ありがとう、ございます」


 いきなり立ち上がって大声を上げた遊歌に驚き、後退りながらもきちんと礼を言うところから、真貴の性根の良さが滲み出る。

 決闘は挑まれた場合は三年生でもない限り断れない。決闘中毒の遊歌からすれば、この校則は匠の制約から逃げる唯一の抜け道だった。


「礼を言うのはこっちだ。マジでありがとう」

「は、はあ……」


 事情を何も知らない真貴は困惑するばかりだ。遊歌はそんな女神を気にする様子もなく、喜々として椅子に座った。


 これで決闘の申請は終わり。あとは放課後に適当な訓練場を借りるだけなのだが、真貴はどうしていいのか分からないのか、おろおろしている。


「え、えと……」

「もう戻っても大丈夫だぜ。申請はこれで通ったから」

「そ、その……わたし、わたし……勝ちます!」


 そう言い残して、真貴は脱兎の如く教室から出て行った。


「将来有望だな、あの子」

「ああ。まさか僕に啖呵を切るとは」


 遊歌を見かけただけで涙目になっていた転校初期からすれば大きな成長だ。真貴の実力はいまいち分からないが、今日の決闘の内容如何によっては好敵手の一人に加わる可能性もある。

 そう思った遊歌は残っていた弁当の中身をかき込んだ。


「久々に面白い相手を見つけたぜ」

「どこ行くんだ?」

「準備運動をしにグラウンドに行ってくる」

「なら後で俺も行くわ」


 弁当を適当にカバンの中に突っ込んだ遊歌は、どこか悔しそうなドレッドを置いてグラウンドへ駆け出して行った。





 今日は決闘をする者が多いのか、どこの訓練場も空いておらず、仕方なく人気のない第九訓練場で決闘をすることに二人は決めた。

 第九訓練場とはいわゆる屋上というところであり、危険だということで規模の大きい術具の能力の使用を禁じられている。幸い、真貴の術具は遊歌の術具と似たようなものらしいのでここを借りることができた。


「久々だなあ、第九」

「そうだね、いつもはもっと早く予約しているし」


 久々に見る景色に、いつもの二人は懐かしいものを感じた。


 柵からグラウンドを見下ろせば、部活に励む生徒たちの姿がよく見える。


「おーい遊歌。決闘始めるぞー」


 監督役として呼ばれたのは誠だった。誠は高山家の仕事もあるため、基本的には通常の決闘の監督として呼ばれないのだが、今回は珍しくその役を任されていた。大方、真貴が監督を誰に頼めばいいのか分からずに、最初の決闘で監督していた誠に声をかけただけだろう。


「二人とも頑張れー」


 誠に呼ばれた遊歌は欠伸をしながら所定の位置に着く。


 桜下の声援に遊歌は手だけで返し、真貴はお辞儀で返す。どういった出自かは知らないが、真貴の相当な礼儀正しさに桜下は疑問を覚えた。


「最初の方は手加減するから、胸を借りるつもりでかかってきな」


 前回の経験からか、いつになく先輩面をする遊歌。少なくとも、今回はまともな決闘をする気があるらしい。

 対する真貴は前回と変わらず、同じように剣を構えている。


「坂上先輩は、術具を出さないんですか?」

「手加減手加減。一発でやれるなら、やっちまっていいんだぜ?」


 意地悪な笑顔で真貴を挑発する。これで少しはやる気になれば、と思いもするのだが、真貴は「そうですか」と言うだけで、これといって反応はしなかった。あまり集中を乱してもいけないと、遊歌はここで無駄に話すのをやめた。


「準備はよさそうだな。じゃあ、始め」


「いきます! 星銀剣(スターライト)!」


 銀の剣が煌めく。銀の剣が袈裟懸けに軌跡を描く。すると、魔力で以て作られたであろう斬撃が放たれる。二人の中央に立っていた誠はそれを慌てて避ける。


「ぶっ」


 誠の滑稽な姿に思わず噴き出す。この男、斬撃が迫っているというのにやけに余裕がある。


 一度、浅く呼吸をする。息を吐いてから漸く砕月を月下蛍として顕現させる。もう斬撃は目の前だ。いくら遊歌の身体能力といえど避けられない。


 左足を引き、腰を落とす。砕月を掲げ、


「そいやっ」


 間抜けな掛け声とともに、斬撃とまったく同じ形に砕月を振り下ろす。

 それだけで真貴の斬撃は遊歌の何の変哲もない一太刀により空へと還った。



「真貴ちゃん。教えておくぜ」


 一歩踏み出す。


「相手のことを思って攻撃したって、意味はない」


 一歩後退る。


「何も、殺意を、敵意を持てってわけじゃねえ」


 手を伸ばす。


「せめて、対抗心ぐらいは持とうぜってな」


 柵を掴む。


 怖い。坂上 遊歌という人間が。

 戦こそ我が生き甲斐と言わんばかりのその姿勢が。

 傷付け合うことに、意味を求めているようにさえ見えるその生き様が。

 大月 真貴は恐ろしく恐ろしいと感じた。


 涙が零れる。

 駄目だ、いけないと思って拭えども、拭えども、溢れてくる。


「……あ、ああ……ごめんなさい……ごめんなさい……わた、し……」


 謝っても何が起こるわけでもない。変わることもない。ただ、自分が置いて行かれるだけ。そう理解していても、真貴は何もできなかった。この人と決闘すれば、何か変わると思ったのに。


 戦うことは、まだ怖い。


 見かねた遊歌は砕月を消して、へたり込んだ真貴に手を伸ばす。


「なんかごめん」


 泣きじゃくる女子に向かって言う台詞ではないと自覚しつつも、遊歌の口からはこれ以外の言葉が出てこなかった。

 苦い顔で誠に目線をくれてやるも、顎で「お前が行け」と言うばかり。

 今度は桜下に視線をやる。遊歌の困惑した表情を見た桜下は、しょうがないとばかりに真貴に歩み寄る。


「ちょっと、ごめんね」


 暴れる遊歌を宥める時と同じように、泣きじゃくる真貴を優しく抱きしめた。


「何も怖くないよ。遊歌は真貴ちゃんを傷付けたいわけじゃないんだ」


 そんなに自分は恐ろしいのかと、軽く自己嫌悪に浸る。

 確かに、決闘での勝利に対する執着心の強さは自覚しているが、今回は別に負けそうになったわけでも、何かが懸かっているわけでもない。どこがいけなかったのか、遊歌は腕を組んで真剣に考え始めた。


「ひっ、あ……違うんです、わたしが、わたしがぁっ……!」

「誰も悪くはない。悪いのは真貴ちゃんをこんな風にした奴らだ」

「でもっ……でもっ……!」

「でもじゃない。今はゆっくり、深呼吸して、落ち着くんだ」


 何はともあれ、真貴のトラウマを刺激してしまったことに違いはない。自分の行動のどこにそういった要素があったか、今一度思い返す。


 桜下はでもでもと言い続ける真貴の頭を優しく撫でる。そうしているうちに落ち着いてきたのか、真貴の呼吸が少しずつ整っていく。


「一応、遊歌の勝ちってことでいいか?」

「まあ、そうですね。こうなっては決闘どころじゃないでしょう」

「じゃあ俺は先に戻っとくわ」


 この後にも仕事が控えているのだろう、誠はそう言って第九訓練場を後にした。


「……あの……藤原、先輩」

「もう大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございます」


 桜下から離れた真貴は涙を拭いて、赤くなった目で遊歌を見据えた。


 やっぱり何かやっちまったと察した遊歌は申し訳なさそうに後頭部を掻く。


「坂上先輩、その、ご迷惑をおかけしました」

「え、ああ、いや、別にいいさ。こっちこそ地雷を踏んで悪かった」


 相も変わらない不躾な物言いだ。仮にも名家の出身だというのに、遊歌のこの言葉遣いはいかがなものか。遊歌が荒れた過去にはそれなりの理由があるので誰も口出しはしないが、それにしてももう少しぐらいは気を遣うべきである。


「真貴ちゃん、よかったら休日にどこかに行かない?」


 桜下の唐突な誘いに、その場にいた本人以外の全員が目を剥いた。


「真貴ちゃんのトラウマ克服も兼ねて、ね?」

「まあ、休日なら空いてるし僕はいいぜ」

「次の日曜日なら……」

「じゃあ、決まりだね。次の日曜日の十時頃に、桜ヶ峰駅に集合しよう」


 全員の予定が都合よく合ったおかげで、その場で集合場所と時刻まで決めることができた。遊歌はともかく、真貴と都合が合ったのは運が良いと言える。


「え……と、おしゃれ、とか……した方がいいでしょうか」

「別にどうでもいいんじゃね? 僕と桜下はその日学校に用事があるから、制服で来ると思うし」

「いや、流石に帰って着替えるよ」


 適当な理由をつけて制服で行くと言った遊歌だがしかし、身形にあまり気を遣わない性格故に、理由がなくとも制服で外出することがほとんどだ。そんな遊歌に巻き込まれそうになった桜下はきっぱりと否定する。

 服装に気を遣わない遊歌、気を遣う桜下の二人に挟まれて、真貴はますますどうしていいのか分からなくなってしまった。


「深く考えずに、テキトーでいんだよ。僕の知り合いなんて、露出狂一歩手前の恰好で街中を徘徊してるんだから」

「それはそれで……」

「ぶっちゃけ、真貴ちゃんも制服でいいと思うぜ? 似合ってんだから」

「……ありがとうございます……」


 異性に褒められるという経験が薄いからなのか、遊歌の一言で桜下に褒められた時以上に顔が赤くし、顔を伏せる。


「今日も修業あるし、僕はもう帰るわ」

「なら僕も帰るけど、一人で大丈夫かい?」

「は、はい。すみません、ご迷惑をおかけしました」


 ぺこぺこと平謝りする真貴に苦笑を漏らしながら、桜下は遊歌に続いて第九訓練場を去った。


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