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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
四章 桜
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二二話 もう一度

 暗い夜道を三人が歩いている。歩速は食後だからか非常に遅く、夜の車の通りの少ない道なので横に並んで歩いている。


「なあ、結構な額いったけど懐どうなってんだ?」


 馬鹿がたらふく食っているのを隣で見ていた遊歌は、会計の時に匠が支払いを現金で済ましたことに疑問を抱かずにはいられなかった。人の財布を見ることは身内といえど憚ったゆえに、どの程度膨らんでいたのかは分からない。


 匠が普段何をしているのかは知らないし、職に就いているかすら遊歌は把握していない。そもそも興味はないが、大金が何処から入ってくるのかについては非常に気になっていた。


「世界を回っていると、お前には想像もつかないようなことがあるのさ」

「胡散くせえ……」


 答えをはぐらかす匠に辟易としながら半目で睨む。短いため息を吐いて、目線を斜め上へとずらした。


 秋の四辺形が見えてきた九月の中旬。都会では肉眼で見える星の数は少ないがそれでも強く輝く星々は自然と目に入る。隠れ始めた夏の大三角形を見て、遊歌は時の流れを感じた。


 規格外なLv3の中でも特に規格外な桜下蛍。まだ誰も気付いていないだろうが、桜下蛍はどんな相手にも勝機を作ることができると言っても過言ではない。桜下の前で格好良いところを見せたい遊歌としてはこれ以上ない能力だろう。


 満腹になったことで眠気がこみ上げ、小さく欠伸をする。


「私は用事がある。お前たちは先に帰れ」

「何だよ用事って」

「用事は用事だ。二人で甘い時間でも過ごしていろ」


 匠は普段は左折する曲がり角を右折して、何処かに向かう。気を利かせたのか、それとも本当に用事があるのかは定かではないが、二人きりになり、匠の目が届いていないであろうこの状況は遊歌にとって都合かよかった。


 匠が逆方向に向かってから数秒経って、遊歌は桜下の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「どうしたの?」

「僕と、決闘してほしい」





 皆見町にある決闘場は他の地域の決闘場に比べると小さく人気がない。派手な能力を制限されるということは、それだけで不人気の理由に直結する。西行学園の第九訓練場にも同じことが言える。

 しかし、二人の能力にはそういった派手さはない。桜下蛍は結界系ゆえに演出こそ派手だがそれが危害を加えることはない。


 誰もいない夜の決闘場というのもこれはこれで風情がある。しんと静まり返った決闘場は、ここに二人しかいないということを強調しているようにも思えた。


「もう、気にしなくていいのに」

「いいや、僕が気にする。桜下を泣かせたんだから、その分の埋め合わせはキッチリしとかねえと」


 遊歌がここに来た理由はあの日の決闘をもう一度行うためだった。

 決闘とも言えない結果に終わってしまった第三週の桜下との決闘は、Lv3に覚醒してなお、遊歌の心にしこりを残していた。


 桜下も口ではいいと言いつつも、何処かで遊歌と戦えることが嬉しいのか、言われるままに着いて来た。


 一対一という決闘の制度により、ルールの下にある限り桜下は負けることがない。対象とすることができるのはひとつだけだが、それでもベクトルの大きさを変更するという能力は強力だ。

 大げさな話、徒歩で地球を壊すことも可能だ。下限は零だが上限は存在しない。まさしく無限の能力を持つ桜下は紛れもない天才だった。


 遊歌とは違って簡易的な準備体操を済ませた桜下は掌を何度か開いては閉じて、自身の体調を確かめる。食後に少し歩いたことが幸いしたのか、それほど体は重く感じなかった。


 最後に大きく体を伸ばし、首の関節を鳴らして準備体操を終える。


「桜下、行くぞ」

「うん、いいよ」


 決闘の合図にしてはあまりにも雑な掛け合いだが、二人の場合はそれでいい。


 桜下の許可と同時に一夜蛍を発動する。桜下は遊歌ほど近接に特化しているわけではないがそれでも身体能力はEX、Lv2に身体能力強化を持つ。月下蛍では太刀打ちできない。早急にLv3を使ってしまえば片が付くが、二人にそんな気はないようで、互いに薄い笑みを浮かべながら相対する。


 先手を打ったのは意外にも桜下。先の昇華との決闘を見ていた桜下は遊歌のLv3に、相手の身体能力低下が含まれていると睨んでいた。それを使われてしまっては巻き返すことは容易ではないと判断したのだろう。


 砕月を逆手に握り、槍投げと酷似した投擲を行う。予備動作が大きく、加えて直線的なその一刀は難なく避けられる。

 避けられることを前提としていた遊歌は落ち着いて一歩を踏み出した。それに違和感を覚えた桜下は、しかし構わずに右の手で拳を作った。


 どこかで見たような動作で、その拳が突き出される前に左手で抑え込む。攻撃を抑え込まれた桜下は一瞬その場で硬直する。

 その隙に、遊歌は投擲した砕月を術具操作で引き戻す。まるで逆再生でも行ったかのような動きで遊歌の元に戻ろうとする砕月を、桜下は視認もせずに地に落とした。


 瞬間、遊歌は大きく後ろへ飛び退いた。


「意外と早いな」

「遊歌が成長している証拠さ」


 予想以上に早い、支配者の登場。だが、遊歌はその射程を知っている。五メートル二十五センチ。それが桜下の支配が及ぶ範囲。改めて桜下の術具適性がEXでないことに安堵した。


 術具適性とは才能そのもの。努力によって引き延ばすことができず、強化する術具も、とあるたったひとつの術具を除いて他にない。

 砕月はLv1の能力として、術具適性の強化を持つ。最高でA相当にまで引き上げられるその能力は砕月の異質さの入り口だ。


 並みいる強者が望む適性強化。しかしそれは、遊歌のアイデンティティだった。


「じゃあちょっと、他人の猿真似でもやってみるかね!」


 桜下の支配から解放された砕月を浮遊させる。一夜蛍を発動している現状は、月下蛍発動時よりもはるかに集中力を使わなくていい。だからこの手で桜下の簡易的な対策を行う。


 ビットと化した砕月が高速で桜下の周囲を飛び回る。しかし桜下はそれに見向きもしない。


「ねえ遊歌、僕のLv1を忘れていないかい?」

「あ」


 桜下のLv1は自身の術具防御を上げるというもの。術具によって起こった一次的な事象に対してのみ、桜下は鉄壁ともいえる防御力を誇る。その能力は、顕現系術具を持つ者たちの天敵のような能力とも言えた。

 先程の砕月を落としたのは遊歌がそれを忘れていた場合のミスリード。遊歌はそれにまんまと嵌まってしまったというわけだ。


「そ、それでも牽制にはなるからんっ!?」


 突然重くなった体に、思わず膝をつく。間違いない、桜下の支配だ。


「ぬぎぎ……んぎゃっ」


 重力に抗おうと必死の抵抗を見せる遊歌だが、さらに重くなった体を支えきれず、情けない声を上げて地に這いつくばった。


 普段の数倍以上の重力をその身に受けながら、軽く体を浮かすことのできる遊歌の身体能力は流石と言える。しかし、そんな状態ではまともに戦うこともままならず、恐らくは立つことすら厳しいだろう。


「僕の勝ち、でいいかな?」

「いいわけ、ねえ、だろ……!」


 この往生際の悪さもいつも通り、この状況も、桜下の勝利宣言も。


 すべてがいつも通りの中、桜下の背後で何かが弾ける音が聞こえた。


 何事かと振り返れば、地に落ちていた砕月が爆ぜ、その身に宿していた粒子を吐き出していた。それはあっという間に決闘場を包み込み、辺りの住宅にもその範囲は及んだ。

 桜色の粒子は雪のように降り注ぎ、天上に浮かぶ月と相まって幻想的な空間を作り出す。


 まず、異変に気付いたのは桜下だった。

 支配者が使えない(・・・・・・・・)

 自身の心と術具が直結している桜下の術具はこの異変にいち早く気が付いた。Lv1、2は問題なく機能している。ならば何故、Lv3のみが使えない?

 その問いに答えたのは、立ち上がった遊歌だった。


「砕月・桜下蛍。能力は、自分の身体能力強化と、自分以外全員のLv3の封印」


 これが、あらゆる相手に勝機を無理矢理に生み出す遊歌の奥の手。匠相手でさえも希望が見えるという破格の性能だ。

 愛する者のために勝利を求めた少年の、勝利のための能力。それが桜下蛍だった。


 服に付いた砂を払い、桜の花弁の中に遊歌は立った。


「……ふふっ、あははっ、あははははっ!」


 我慢できないという様子で大笑いを始めた桜下を、遊歌は怪訝な目で見つめる。


「ああ、嬉しい。遊歌に、遊歌に負けるのが、すごく嬉しい」


 桜下は目尻に浮かんだ涙を拭って、とびきりの笑顔で。


「僕の、負けだ」

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