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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
四章 桜
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二一話 西行学園四天王

 九月十二日。世間よりは少し遅い夏休み明け、西行学園は始業式だった。


 最終週ではドレッドのみ昇華に敗北したものの、遊歌と桜下は無事スサナと零次に勝利を収めた。ドレッドは二勝三敗、遊歌は三勝二敗、桜下は全勝で三人の四天王選出戦は幕を閉じた。


 他の三人は昇華を除いて一勝二敗であることから、四天王に選ばれる者は分かり切っていた。


 昇華と同じ三勝二敗である遊歌は、勝った相手、負けた相手の関係で第二席に着く。遊歌はそういった順位を激しく気にするが、昇華はまったくもって無頓着なので、この結果で丸く収まったと言える。


 やはり定型文しか話さない学園長を始めとした教員たちが話している時間を、これもまたやはり睡眠時間に充てている遊歌は例によって馬鹿面を晒していた。

 いい加減、遊歌に視線を注ぐことすら馬鹿らしくなってきた学園長は、極力遊歌を視界に入れないように尽力する。


「ふふん」


 比較的自分と近しい実力だからか、遊歌のことを気に入った昇華も学園長の話を聞かずに、遊歌の背をキャンバスにして人差し指で何かを描いていた。

 鼻歌を歌う昇華に気付かずに眠りこける遊歌が、一部の教員から嫌われていることは言うまでもない。


 そんなマイペースな二人を列の後方から見ていた桜下は遊歌が寝違えないかと、的外れな心配をしていた。


 ちなみに、四組の後ろから三番目にも馬鹿面を晒している馬鹿がいる。


「約二名が居眠りをしておりますが、これより西行学園四天王の発表を行います」


 皮肉を込めて四天王発表の旨を、マイクを通して知らせる。抽選会の時とは違い、全校生徒が残っているので、学園長の狙いは馬鹿二人の晒し上げだろう。


 しかし、馬鹿二人は「四天王」という言葉に反応して目を覚ました。大口を開けて体を解す遊歌を見て学園長は小さくため息を吐いた。


「ん、起きた?」

「起きたけど、お前何してんの」

「お絵描き」


 遊歌が起きても気にせずに昇華は遊歌の背を指でなぞる。若干のくすぐったさを覚えつつ、注意してもやめないだろうと察した遊歌は正面に向き直った。


 昇華のお絵描きよりも、遊歌は目下気になっていることがあった。

 それは、四天王に授けられる称号についてだった。


 四天王に選ばれた者は学園が称号を授けるという風習がある。それは術具を扱う高等学校すべてが行っていることであり、西行学園もその例には漏れなかった。

 正直に言って、他人から勝手に呼ばれるのならともかく、自分からその称号を名乗るのはいささか気が引ける。主に、中二病的な意味で。


 ドレッド辺りならノリノリで名乗りそうだが、遊歌はそういう性格ではない。長ったらしく恥ずかしい称号を与えられた日には激しく落ち込む。できればまともな、四字熟語辺りであることを願いつつ、学園長の言葉を待った。


「第四席、“緋色の砲”大和 ドレッド」


 選出戦の戦績順で四天王内の序列が決まる。四人の中で最も戦績が芳しくなかったドレッドがまず呼ばれ、寝惚け眼を擦りながら舞台の上に上がる。

 目尻に涙を浮かべ、欠伸をしながら猫背で舞台の上に立ったドレッドは教員の視線を一身に受けるも、図太くもう一度欠伸をした。


 学業に支障が出るほどに馬鹿なドレッドがここに立っていることは誰も驚かなかった。


「第三席、“金鬼”東雲 昇華」


 続いて遊歌の後ろにいた昇華が立ち上がる。昇華の後ろ姿を見て、背中のくすぐったさが消えた遊歌は漸くゆっくりできると一息吐いた。


 階段を一段ずつ上がるのが面倒だったのか、昇華は軽く膝を屈めて一跳びで舞台に上がる。いくらスパッツを穿いているからといって、その所作は女子として問題があるだろう。


 やはり四天王は例年通り問題児ばかりだと、学園長は安心しつつも肩の荷は下りなかった。


 そして次はいよいよ遊歌の番。今までの流れを汲むのであれば、この心配は杞憂であろうがどうしてもそれを拭うことはできなかった。

 冷や汗とも違う変な汗をかきながら、遊歌は何故か至って平静を装っていた。


「第二席、“夜半の蛍”坂上 遊歌」


 予想以上にまともだった自身の称号に安堵の息を吐く。そして一拍遅れて立ち上がる。学園長とは対照的に肩の荷が下りた遊歌は首の関節を鳴らしながら舞台に上がった。


 暑さから制服を着崩している男子二人。式だというのに半袖のカッターシャツのボタンを全開にして、ドレッドは猫背で立ち、遊歌は腕を組んで明後日の方向を向いている。昇華も遊歌に絡みたいのか、隣の遊歌をちらちら見ては落ち着かない様子だ。


 注意しても無駄なことは分かり切っている。学園長は最後の一人にして、最も常識を持つ主席を呼ぶ。


「主席、“千変”藤原 桜下」


 呼び出された桜下は姿勢よく舞台まで歩き、階段をすっ飛ばすようなことはせずに一段一段丁寧に上がって行く。そして、右脚に重心を寄せる遊歌の隣に直立する。


 優等生という言葉に相応しい態度の桜下は遊歌とは違い、問題児の多い西行学園に所属する教員たちの癒しである。


「以上四名が、西行学園四天王である」





 始業式が終わり、後は連絡事項と配布プリントをいくつか受け取って下校。担任教師が教室に来るまで暇な生徒たちは各々雑談をしていた。


「ねえ、遊歌ちゃん。今日決闘できる?」

「お前あれから毎日聞いてくるけど僕はそれほど暇じゃねえからな? 今日だって祝勝会的なのやるし」

「その後は?」

「お前ほんと人の話聞かねえな」


 自分の席に腰を下ろした遊歌は歩み寄って来た昇華の質問攻めに遭っていた。


 昇華との決闘が終わった次の日から毎日毎日、休日も家に押しかけて決闘を申し込んできた。今までは四天王選出戦の規約があるために断ることができていたが、これからは特に何か事情がない限りは断ることができない。


 どうしたものかと考えていると、昇華の襟元を桜下が掴んだ。


「人の彼氏にちょっかいをかけるのはやめてもらえるかな」

「ちょっかいじゃない。決闘の申し込み」


 屁理屈をこねて桜下を睨む。圧倒的実力差がある桜下のことは嫌いなのだろう。襟を掴まれた昇華はシャツを脱ぐことで桜下の拘束から脱した。肌着一枚だけになった昇華はそのまま遊歌の後ろへと隠れた。


「お前さあ、もうちょっと女子としての自覚ってのを持てよ」


 桜下以外の女子にはまったく反応を示さない遊歌は、自分が言えた義理ではないが恰好に無頓着すぎる昇華を窘める。


 昇華はそんな遊歌の善意を聞き入れずに遊歌の肩から顔を出して唸っている。


「篠森先生が来たら怒られるからさっさと制服着ろ」


 少し声のトーンを下げて窘めるのではなく命令する。肩に置かれた手が震えたと感じた時には、目の前の白い布は消えていた。


「まったく、つまらないことに術具を使って……」


 額に手を当てて呆れ果てる桜下。それを睨む昇華。挟まれた遊歌は他人事のように、高くなり始めた秋の空を見ていた。

 秋が終われば冬。冬休みには鳳戦が控えている。全国でもトップクラスの実力を誇る西行学園の生徒でも、苦戦することは必至だろう。精神力と技術のランクが上がったことによりAランクに昇格した、してしまった遊歌は、誠のような偉業は成せないと少しだけ気を落とした。


 何やら昇華と口論をしている桜下を見る。


 それでも、この少女に自分の格好良いところを見せられるなら――


「ああ、幸せ、だな」


 黒い少年はそれを噛み締めた。




「外食に行くぞ」


 校門の前で遊歌たちを待ち伏せしていた匠は唐突にそう言った。


「金持ってんのか?」

「私の懐をなめてくれるな。火車に焼かれている高校生とは違い、暖かすぎて自然発火するまでだ」


 結局燃えてんじゃねえかという突っ込みはさておき、それだけ金があるならアイスぐらい自腹で買えという思いがこみ上げる。


「マジっすか!? じゃあ焼き肉行きましょう! 食べ放題じゃないとこ!」

「あんたほんと清々しいほどに図々しいわね」


 他人の金で飯を食うという状況に激しく反応するドレッド。目は爛々と輝いている。

 隣の黎は呆れつつも反対はしない。どうやらこの二人は匠の言う、「火車に焼かれている高校生」らしい。


「えと、わたし、四天王選出戦に出てないんですけど……」

「気にするな。胸を借りるつもりで食え」


 校門に背を預けていた匠が歩き始める。どこに行くのかは分からないが、金を出すのは匠だ。焼き肉にしろ何にしろ、最終的な決定権は匠が持っている。


 焼き肉を連呼しながら歩くドレッドが黎に後頭部をすっ叩かれたところで、匠がふいに振り返る。


「何をしている。私はこの辺りの土地に明るくない。さっさと道案内をしろ」


 この場にいたほとんど全員が困惑の表情を浮かべた。

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