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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
四章 桜
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二十話 咲きゆく桜

 第四週の金曜日は遊歌と昇華の決闘だった。


 しかし、抽選会はおろか第四週の他の決闘にも遊歌は顔を出さなかった。抽選会に代理出席した誠に遊歌の所在を尋ねてみたが、何やら苦笑いを浮かべるばかりではぐらかされてしまった。


 家を訪ねてみても誰もいないのか呼び鈴が家に木霊するだけだった。今朝一緒に登校する際にも、遊歌がこの一週間何をしていたかは決して明らかにしなかった。


 どうにも予想ができない遊歌の一週間に疑問の様相を隠せずにいられない桜下は、遊歌と別れて観客席へ向かった。

 観客席には、遊歌が家から出てくることが遅かったこともあり他の面々は揃っていた。


「遊歌は来たか?」

「はい。何をしてたかは教えてくれませんでしたけど、元気そうでした」


 陽に遊歌について尋ねられた桜下は素直に答える。何も連絡がないということは逆に元気である証拠であるという話を聞いたことがあるが、それでも最低限の心配をせざるを得なかった。

 桜下の返事を聞いた陽は「そうか」とだけ返して肩の力を抜いた。真貴も遊歌の無事を聞いて胸を撫で下ろした。


 そんな観客組に近付くものが一人いた。長い金色の髪を揺らしながら、薄く笑みを浮かべて、実に楽しそうに。


「ここは空いているか?」

「えっ、ああ、って匠さん!?」


 匠に話しかけられたドレッドは身じろいで驚く。隣に座っていた黎は非常に鬱陶しそうな顔をした。


 ドレッドが驚くのも無理はない。決闘については誰よりも詳しく、正しい匠だが決闘の観戦に来ることは初めてだった。幼馴染であるレイズも遊歌の決闘の場に匠が現れたことに目を剥いている。


 ドレッドの隣に座った匠は、今までにないほどに楽しそうだった。


「何か、えらくにっこにこすね……」

「ああ。きっと、今日は面白いものが見られるぞ」


 腕を組み、訓練場の中央で準備運動を行っている遊歌を見つめた。


 そんな匠の姿は誰の目に見ても異様で、ドレッドが黎に少しもたれかかったが黎は仕方ないと割り切った。


「匠さん、何したんだろう……」


 決闘の開始を知らせるブザーが鳴ったので、疑問を拭えないまま訓練場に視線を移した。


 零次戦と同じく、開幕と同時に棍を突き出す。否、投擲する。

 遊歌も開幕から全力で戦うことを決めていたのか、それとも昇華の行動を見てから決めたのかは定かではないが一夜蛍を発動し、眼前に迫る投擲された深黒の棍――(シン)を砕月でいなす。

 そのまま腰に砕月を添え、抜刀切りの要領で一閃。


 大気を切り裂くその一刀を、スライディングで避けた昇華は訓練場の壁に突き刺さった真を引き抜く。

 今の昇華の動きから、遊歌は昇華の術具の限界効果範囲が最大の十五メートルであることを見抜いた。いくら昇華が頻繁に術具を手放すからといって、効果範囲外に出るような失態は犯さないだろう。


「……なにが、あったの」


 遊歌の動きが今までよりも遥かに向上していることに昇華は気付いた。


 動きの最適化、体力の向上、精神力の成長。これらが匠との山籠もりで成長した部分だ。筋力、瞬発力はさほど成長しなかったが、これらの成長は遊歌の身体能力に大きな変化をもたらした。


 しかし、それだけで二人のLvの差が埋まることはないだろう。特に身体能力強化はそれが顕著に表れる傾向にある。


 だから遊歌は昇華が慢心しているうちに決着を着けたかったのだが、どうやら世界はそう上手くは回らないようだ。


「前時代的な修業も悪くないってこった」

「そう」


 理解できなかったのか、興味がないとばかりに話を終わらせて根を構えて駆ける。


 突き出された根をさっきと同じように砕月でいなして、空いた左手で拳を作る。そして、相手が少女だということを忘れているのかと思われる威力の一撃を腹部に放つ。

 少し表情を歪ませた昇華だが大したダメージは入らなかったらしく、左足で遊歌の脇腹に蹴りを放つ。しかし、それを見越していた遊歌は床に突き立てた砕月を支えにその場に踏み留まる。


 ダメージは免れなかったものの、反撃の前蹴りを放った遊歌は自身の成長を確かに実感していた。


「痛ったいなあ……ちょっと、怒った」


 三メートルほど吹き飛ばされて漸く止まった昇華の表情には、言葉通り少しの怒りが混ざっていた。怒りの雰囲気織り混ざる昇華は、槍投げのフォームに近い動きで真を投擲する。


 そんなもの、狙いと射出地点が分かればいなすも避けるも容易だと高を括っていた遊歌は慌てて真を弾く。

 昇華の怒りとやらは本人のモチベーションに大きく関わっているようで、投擲された真の速度は音を置き去りにしていた。


 視線を昇華がいた場所に戻せば、そこにもう彼女の影はなかった。

 視線を落とし、自分以外の影がこの場にあることに気付いた遊歌は頭上を見上げる。


東風霧流(こちぎりりゅう)一之改(いちのかい)――天之黒点(あまのこくてん)


 東風霧流。噂程度に聞いたことがある東雲の流派だ。本来は槍や刀剣用の武術だったはずだが、改と本人が言っていることから、少しだけ我流を加えてアレンジしたものだろう。


 昇華を見上げた遊歌は太陽の光に一瞬目を眩ませる。その瞬間、先程の速度より速い、およそ人間に出せるとは到底思えないような速度で真が投げ下される。

 咄嗟に一歩身を引いた遊歌は、目の前に突き刺さった真及び吹き荒れる突風に冷や汗を流す。


 だが、昇華は今空中。狙うのならば今と、遊歌は落ちてくる昇華に狙いを定める。


 太陽を背に、昇華が口を開く。


「貴方にできて、わたしにできないことはない」


 そう言うや否や、地に突き刺さっていたはずの真が昇華の手元に戻る。

 最早特別感がなくなった術具操作であることは瞬時に理解できた。しかし、昇華が次の業を繰り出してくることは読めなかった。


「東風霧流五之改(ごのかい)――真空(しんくう)


 腕を引き、神速の突きを遊歌の心臓がある位置に向けて繰り出す。死を予感した遊歌は反射で心臓と真の間に砕月を滑り込ませる。


「があっ」


 斜め上の攻撃は防御を突き抜け、遊歌の胸部にダメージを与える。その強大すぎる衝撃に、遊歌は背から倒れた。


「あ、ぐ……ってえ……」


 胸を押さえながら立ち上がる。防御した甲斐あってか、戦闘不能になるほどのダメージは受けなかった。


 すぐ目の前に立つ昇華の雰囲気から怒りは消え失せ、いつも通りの、何事にも無関心な雰囲気に戻っていた。棍で二度床を叩き、首を回して自身の調子を確かめている。

 つまらなそうにため息を吐いた昇華は、何かを思いついたかのような表情に変わる。


「ねえ、遊歌ちゃん(・・・・・)の実力は、そのていど?」


 上から目線で、そして嘲るように。昇華は遊歌を煽った。


 額に青筋を浮かべる遊歌も、流石に昇華のこの幼稚な目的には気が付いた。昇華は、遊歌に常夜蛍を使わせるつもりだ。自分がつまらないから、自分が楽しみたいからという、自分勝手がすぎる、幼稚な理由で。


 外見だけじゃなく内面も幼いのかと呆れつつ立ち上がる。今はまだ、怒りよりも呆れの方が大きかった。


「黙ってろ、僕の本気はここからだ」

「ふうん。じゃあ、早く本気出してよ」


 真を床に突き刺し徒手で遊歌を誘う。言われずとも分かる。「遊歌ちゃんなんて、すでで十分」とでも言いたいのだろう。

 そんな昇華の嘗め腐った態度に、遊歌も砕月を地に突き刺して、徒手で反抗する。


「……どうせ、わたしが勝つのに」


 小さな体躯が懐に潜り込んでくる。身を屈めた昇華の顔を、膝で蹴り抜こうとするも左手でそれを押さえ込まれる。そして右手で心窩ではなく、敢えて腹部を捉える。

 左足一本ではその威力に耐えきれずによろめく。そこを横蹴りで突かれ、再び胸部を衝撃が襲う。

 短く声を漏らした遊歌はさらに追撃の拳を受け、徐々に壁際へと追い詰められていく。


「早く、早く、本気出して、遊歌ちゃん(・・・・・)


 馬鹿正直に言葉を鵜呑みにする昇華の言葉に、ついに呆れが怒りを超える。痛みも、衝撃も、すべてを抑え込んで、昇華の両肩を掴んで、顎に膝蹴りを打ち込む。


 完全に入った。そう確信した矢先、


「――ひひ。それ、いい」


 一際気色の悪い笑い声が聞こえたかと思えば、顔面を蹴り抜かれていた。


 壁を砕く勢いで頭部をぶつけた遊歌は一体何が起こったのかと目を凝らす。


「えひ、ねえ、遊歌ちゃん(・・・・・)


 どうして顎に膝蹴りを受けて笑っているのかが理解できない。マゾなのかというくだらない発想が浮かぶも、それはないだろうと両断する。だが、少なくとも、昇華は何処かがおかしい(・・・・・・・・)ということは理解できた。


 砕月を片手に、遊歌に歩み寄る。気色の悪い笑い声を垂れ流しながら、ゆっくりと迫る昇華は下手なホラー映画よりはよっぽど迫力がある。

 二メートルほどの距離で昇華は立ち止まり、手に持った砕月を放り投げた。遊歌の目の前まで転がった砕月は、それでも翠を吐き続けていた。


あれ(・・)を使えば、勝てるかもしれないよ、遊歌ちゃん(・・・・・)


 昇華の表情、声音に若干の狂気を感じながら、遊歌は砕月を拾う。


「馬鹿に……するなよ……!」

「ごちゃごちゃ言ってないで、早くあれ(・・)使ってよ」

「……僕の、名前を……!」



 ――僕の名前 (坂上遊歌)



 名前は、遊歌にとって非常に特別なものだった。

 七年前に殺された父――龍成が遊歌に遺した、唯一とも言える遺産。それが「遊歌」という名前だった。


 龍成が殺されてから塞ぎ込んだ遊歌がいじめに遭うことは、ある意味必定だったのかもしれない。

 無視や暴力は耐えることができた。しかし、名前を馬鹿にされることは、我慢ならなかった。

 匠や誠に師事を頼み込み、自分を馬鹿にした奴らを見返すために強くなった。当時から片鱗を見せていた遊歌の力は半年と経たずに開花する。


 名前を馬鹿にした奴らは全員力で捻じ伏せた。中学に上がると、馬鹿にする人数が増えたが、遊歌のやることは変わらなかった。名前を馬鹿にした奴らを捻じ伏せて、二度と同じことを言えないようにする。もちろん、上級生からも目を付けられた。しかし、遊歌は既に中学のレベルを超えていた。中学一年の時点で、遊歌は学内で一番の実力を手にしていた。


 そうして、遊歌が暴れまわっていた中学二年生の春、転校生がやって来た。なんでも、その転校生は天才らしく、今まで術具専門の学校に通っていたが、本人の要望で今年から効率の中学に通うことになったらしい。


 興味はなかった。遊歌は自分を馬鹿にする奴ら全員に勝てるように、強くなることしか考えていなかった。それが父への孝行だと思っていたから。


 ある日、いつものように名前を貶され、いつものようにそいつを捻じ伏せようとしていたところを転校生に見つかった。遊歌の悪評や噂は一週間と経たずに転校生の耳に届いたらしい。

 しかし転校生は関係ない。ギャラリーがいようがいまいが、遊歌のやることは変わらない。


 ――そして、遊歌は転校生に力で捻じ伏せられた。


 ボロボロになった馬鹿が泣きながらどこかへ消えて行ったのを確認してから、転校生は壁に背を預けて座る遊歌に目線を合わせた。


『どうしてこんなことをするんだい?』

『……父さんがつけてくれた名前を馬鹿にしたからだ』

『坂上君、だっけ。名前はなんていうの?』

『遊歌……遊ぶに、歌う』

『良い名前じゃないか。僕は好きだよ』


 転校生は、誰も――母さえも言ってくれなかったその一言を言ってくれた。


 転校生の笑顔はとても優しくて、その笑顔に遊歌は――



 立ち上がった遊歌はぽつりと言葉を零す。


「……なんで、忘れてたんだよ……」


 桜下の笑顔に、言葉に遊歌の心は救われた。たった一人の、たった一言が、坂上 遊歌という一人の少年を救った。


 思い出した。気が付いた。自分の、根源を。


 思い切り、肺一杯に息を吸う。


「桜下ぁ!!」


 唐突に名前を呼ばれた桜下は観客席で肩を震わせる。何事かと思うや否や、遊歌と目が合った。

 その黒い眼は、漆黒の中にしかと光を湛えていた。それに気付いた桜下は遊歌の呼びかけに笑顔で応じた。


「見ててくれ! 僕が、格好良く(・・・・) 勝つところを(・・・・・・)!」


 遊歌の勝利宣言にもとれる台詞に昇華は眉をひそめる。身体能力という根本で負けているのに、こいつは何を言っているんだ。とでも言いたげだ。


 ぐっと砕月を握り直した遊歌は、砕月の鋩を昇華に向ける。


「今度こそ応えろ! 砕月!!」


 その遊歌の声に呼応して砕月が砕け散る。

 内包されていた粒子は薄い紅――桜色へと色を変え、訓練場を包み込むように降り始める。

 桜の花弁にも思えるその粒子を掌に乗せた匠は、聖母のような笑みを零した。


 結界系の術具であることは分かる。元々規格外と例外の塊のような術具である砕月だ。顕現系から系統が変遷しようが何も驚くことはない。

 だが、結界系術具は総じて、術者に恩恵を与え、術者以外の者すべてに呪いを与える。その呪いの正体が未だ明らかになっていない以上、昇華はその場から動くことはできなかった。


「砕月・桜下蛍(おうかのほたる)


 遊歌は威風堂々とそのLv3の名を告げ、昇華の視界から姿を消した。


「えっ」


 気が付いた時には顔面を掴まれていた。


 所謂アイアンクローを食らわせたかと思えば、遊歌はそのまま昇華の頭蓋を床に叩きつける。床すら割れるその一撃は、桜下蛍の恩恵を如実に表していた。

 基本中の基本、身体能力強化。それが恩恵であることは誰の目にも明らかだった。


 床を割る一撃でさえも、昇華を倒すには至らないだろうと確信していた遊歌は念のために倒れる昇華から距離を取る。

 そして間もなく、ゆらりと昇華が立ち上がった。


「……いひ、ひひひ……いい、いい……っ!」


 まさに狂喜。頭部から流血しながらも狂喜の笑みを浮かべる昇華は鬼のようにも見えた。


 正直に言ってドン引きしている遊歌の脳内に、やはり昇華はマゾではないのかという発想が返り咲く。

 決闘好きもここまで来ると狂人の域だ。人殺しにまでは発展しないだろうが、自分が壊れるまで戦い続けそうな危うさがある。


 自身の身体能力の低下に気付いている昇華は、それがどうしたとばかりに瓦礫を蹴る。狂っていながら妙に理性的なその動きは野生動物の狩りを思わせる。

 しかし、強化の差は歴然。背を低くして迫る昇華の姿を、遊歌はしかと捉えていた。


「じゃあちょっと、試してみるか」


 余裕が生まれた遊歌は浅く一呼吸をする。訓練場を疾駆する昇華の姿を見失わないようにしながら、数分前の出来事を思い返す。

 そして、それを自分に合うように形を変えていく。


 遊歌の周りの人物は拳闘、足技等々、あらゆる形の格闘戦を得意とする者が多い。遊歌が目標と定めた誠などが良い例だろう。

 彼ら、彼女らが作り上げた、業とも呼べるべきものの中から、遊歌は最も自分に適したものを今日、見つけた。


 殴るのではなく、突く。それをイメージして、来る昇華を待つ。


「東風霧流五之新(ごのあらた)――真空」


 足元に潜った昇華の腹を遠慮なく蹴り飛ばす。足の裏で突き飛ばすように。


 他人の心境を透かすことに長けるということは、本質を見ることに長けるということ。実践で、同格以上の相手にこれを試すことはしなかった遊歌だが、勝ちを確信した今こそ、その特技の試運転を行う。


 目の前で見た相手の業の本質を見抜き、自己に適するように改造する。これが、遊歌が今の今まで使えなかった(・・・・・・)、名も無き遊歌だけの業。


「う、ぎい」


 四つん這いになって衝撃を殺した昇華に止めを刺そうと遊歌が駆けた。それを見た昇華はフェイントをかけずに、真っ向から遊歌に対抗する。


 互いにあと一歩という距離まで迫ったところで、訓練場を覆っていた粒子が不意に消失する。

 全力の一歩を踏み出した昇華は突如戻った強化に戸惑う。


 その神速の一歩は、仕組まれたものだった。


 遊歌の手元には一夜蛍の柄が昇華の心窩に直撃するように構えられていた。自身の裂傷を鑑みずに突き出された砕月の柄は、止まることができない昇華の心窩に突き刺さる。


 カウンターの要領で繰り出されたその一撃は、昇華の意識を奪った。


 意識を失って倒れてきた昇華をそっと抱き留め、遊歌は愛する者に向けて呟いた。


「桜下……僕は、格好良かったか?」


 その呟きは、遊歌の勝利を知らせる放送によってかき消えた。

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