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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
三章 開幕、四天王選出戦
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先ゆく桜

 遊歌は独り、下校していた。俯いた遊歌の前方には、桜下が一人で先を歩いていた。


 そんな二人を、真貴は遊歌の更に後ろから見つめていた。陽とレイズは遊歌の降参に怒り、ドレッドは腹が減ったと言って、黎はドレッドに着いて行く形で遊歌を待たずに先に帰った。


 元々、他の面々とは変える方向が違う真貴は、駅まで遊歌と桜下の二人と一緒に下校していた。が、今日はそれも叶わず、二人の後ろをとぼとぼと着いて行くだけだった。陽とレイズが怒る気持ちも分からないではないが、それ以上に、真貴は遊歌を心配していた。


 遊歌の心は見るからにボロボロだ。桜下との喧嘩のような状態もあって、非常に弱っているに違いない。それは分かっているのに、対人関係に乏しい真貴はこういった場合にかける言葉が見つからない。

 だからこうして後ろを着いて行っているだけ。それ以外に、真貴にできることはなかった。せめて自分だけでも遊歌の傍にいようと、真貴は遊歌の隣に歩み寄った


「先輩、その、えっと、あんまり、思い詰めないでくださいね……?」

「……ああ」


 声に覇気がない。どこを見ているのかも分からないその双眸は、普段以上に黒く深いように見えた。


 既にLv3として覚醒している真貴は下手に声をかけるのは逆効果だと、これ以上遊歌に声をかけることはなかった。何故か涙がこみ上げてきた真貴は、そのまま別れるまで遊歌の隣に居続けた。





 駅で真貴と別れた遊歌は本格的に独りになる。ちょうど目の前に桜下が座っているが、目を閉じて外界を遮断している。つまらない景色を眺めながら電車に揺られる。

 電車から見える景色はこんなにもつまらないものだったかと思い返す。


 思い返せば、瞼の裏に映るのは桜下の姿ばかり。ああ、そうか。景色なんて、最初から見ていなかった。遊歌が見ていたのは桜下だった。


 自嘲気味に笑って、遊歌も目を閉じた。


 こんな景色には意味がない。見ていても何にもならない。耳に響く車掌の声に苛立ちを覚えながら、遊歌は座席に背を預けた。


 しばらく目を閉じていると、車掌が皆見町駅に到着したことを知らせる。重い腰を上げて立ち上がれば、今まさに電車から降りようとしている桜下の姿が目に入った。


 あんなこと(・・・・・)をしたのに、我ながら女々しい奴だと思いつつ、遊歌も電車から降りる。


 桜下が隣にいないだけで、辺りの景色が色褪せて見える。駅の階段も、改札も、住宅街も、桜下が、愛する者がいないだけで、こんなにも世界は変わるのかと。


 桜下の背を見つめながら、自分がしたことの重大さを再確認する。


 桜下は決闘が好きだ。馬鹿がつきはしないが、それでも人並み以上に決闘が好きだ。


 幼い頃からLv3として覚醒し、同時に決闘も好きだった桜下はしかし、対等に戦える相手がいなかった。坂上家のような家庭に生まれていれば何か変わっていたのかもしれないが、藤原家は極々普通の一般家庭だ。


 術具の専門学校に通っていても、そこで手に入れたのは友ではなく最強の地位。時折イベントで桜下と戦う者もいたが、彼らは開幕降参という形で自己保身に走るものが非常に多かった。稀に、桜下を知らない者と戦うこともあった。しかし、二度目はなかった。


 だから桜下は校則を破ってまで、諦めずに自身に挑む遊歌やドレッドのことを心底気に入っていた。


 言わば、遊歌は桜下を裏切ったのだ。


 気に入っていた者――それも、愛する者――に裏切られた桜下の心中は計り知れない。


 だが、遊歌の心も非常に弱っている。どうすればいいのか分からないのに、それでも心が勝利を求める。勝つべきだ、勝たなければいけないという義務感が、罅だらけの心の殻を内側から叩き続ける。


 そんな、得体の知れない欲求に身を任せることが怖かった。


 勝利の果てに何がある? もしもこの願いが「願い」ではなく「欲望」だとしたら?

 そんな疑問を知ってしまった遊歌は決闘を避け始めていた。その結果が今日の降参だ。


 自宅の戸を開けた遊歌はリビングには向かわずに、まず自分の部屋へと向かった。


 そして、そのまま冷房をかけることもなく、ベッドの上に寝そべる。


「遊歌、あんた、ボロカスに負けたんだって?」


 自室の前で遊七が遊歌を煽るように決闘の結果を告げる。

 嗤いに来たのかと、遊歌は無視を決め込んだ。


「あんたが桜下ちゃん以外に負けるなんて久しぶりねえ」

「……茶化しに来たんなら帰れよ」

「言っとくけど、どんな負け方でも、頑張ったんなら格好悪くはないよ。あんたいっつも勝ちたい勝ちたいって言ってるけど、世の中勝つだけがすべてじゃないからね」


 その言葉を聞いた遊歌はベッドから飛び起きた。


「あたしは決闘に関してはよく分かんないけど、それだけは言っとくから」


 心に落雷を受けたような錯覚に陥る。

 「格好悪くない」という遊七の言葉が、今まで頭の中で反芻していた言葉たちに変わって響き続ける。疾く鼓動する心臓を落ち着けながら、今の感覚は何だったのかと、罅から心の中身を覗く。


 真っ暗で何も見えない。それは何も変わらないが、何かが変わったような確信が遊歌をお襲っていた。


「僕は……僕の、願いは……」

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