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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
三章 開幕、四天王選出戦
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十七話 敗北が生む失望

 白い部屋で目が覚めた。


 先週も似たような経験をしたが、ここは保健室ではなく病院のようだ。視線をずらせば点滴の管が遊歌の腕に向かって伸びていた。無茶苦茶な術具の使い方をしたというのに、大きな体の異常はない。


 近くの棚で今日の日付を確認する。八月十六日。零次との決闘が八月九日だったことを考えると、丸一週間は眠りこけていたことになる。加えて今日は火曜日。三週目の決闘が不戦敗になってしまうかもしれない可能性をみつけた遊歌は居ても立っても居られなくなり、病床から飛び起きる。


 そして、病室の戸に手をかけようとしたところで遊歌が開くよりも先に、何者かが病室の戸を開いた。


「漸く起きたか馬鹿たれ」


 匠だった。遊歌が起きたのを察知したのか、それともただの偶然か。それはさておき、匠は見るからに不機嫌だった。


「お前が最後に使った、常夜蛍(とこよのほたる)は二度と使うな」


 勝手に名前が決められていることはこの際突っかかるのはやめておこう。しかし、あれを使うなと言うのはどういう意味か。使った本人だからこそ分かるが、常夜蛍は身体能力の強化の倍率が途轍もなく高かった。


「あれは反動が大きすぎる。あの後、すぐに私が駆けつけていなければお前は一時間と経たずに衰弱死していただろうな」

「そんなにか……」

「せめて、使うのなら私の目の前でだけにしろ」


 まあ、そもそも二度目があるのかが分からない。あの時と同じように激昂すればもしかすればと思いもするが、遊歌本人としては二度目がないように感じていた。


 敗北の失意に沈む遊歌は大きくため息を吐いてベッドに腰掛ける。


 準備は万全だった。調子も良かった。持てる力以上のものすら引き出した。それでもなお敗北したというのなら――

 やはり、単純な実力不足。そして、願いの根源の欠如。特に、後者の問題をどうにか解決しなければこれ以上強くなることは難しいだろう。今残っているできることと言えば、精々体力の補強だ。


 今までの分はこの一週間の入院で霧散したに等しい。しかし、だからといって今からやり直すような気力が遊歌に残ってはいなかった。


 気骨が、折れた。


「なあ、匠……僕の願いは、何なんだ……?」


 縋るように、まるで願い求めるように、遊歌は俯きながら言った。


 心の芯を完全に失った遊歌を見下げながら、匠はふんと鼻を鳴らす。

 我が従弟ながら、府抜けたものだ、と。


「私は全知の神ではない。戦神がいいところだろう」


 腕を組みながら呆れたように遊歌に諭す。そして、そのまま言葉を続けた。


自分の願い(それ)が分からないのなら、ここがお前の限界だ」


 切り捨てるように言い放って、匠は病室から出て行った。

 遊歌は匠が出て行った後も、一人病室で拳を握り続けていた。


 すぐ傍に飾られた、白いガーベラに気付かずに。





 第三週の遊歌の決闘相手は桜下だった。目覚めたその日に、家の権力をフルで振りかざして退院した遊歌はその後、誰とも顔を合わすことなく自宅へ戻った。というよりは、誰かと会うような気分にはなれなかった。それは、桜下にもだった。


 決着を急いて、無様に地に這いつくばった挙句、無理矢理に限界をぶち破って半死半生の重傷だ。一夜蛍ですら普段禁止されていることから、常夜蛍の反動でどれだけ桜下が遊歌のことを心配したかは想像に難くない。


 会いたくない。不格好な自分を見せたくない。欠陥を抱えた心を露呈し(みせ)たくない。いやだいやだと駄々を捏ねていても事態が進展しないことは分かっている。

だけど、それでも、こんな坂上 遊歌は、自分自身でも初めてなんだ。どうしていいのか分からない。


 空っぽな心のガワ(・・)すら壊れそうになりながら、遊歌は八月十七日、第三週水曜日、三度目となる決闘の日を迎えた。


 控室で俯く遊歌の雰囲気は異様なほどに鬱屈としたものだった。本人にそういった気はないのだろうが、周囲すべてを寄せ付けない重さが遊歌の心から滲み出ていた。


 「中身がない」。「ここが限界だ」。二人に言われた言葉が何度も頭の中で反芻して気が狂いそうになる。どれだけ頭を振っても、掻き乱しても、こびり付いて離れない。呻き声を漏らしながら、時には声にもならないような叫びを上げながら、何も見えない闇の中をのたうち回る。


 吐き気を催しながらも遊歌は控室から出て行く。

 既に中央に立っている桜下が、とても遠く見えた。


 体が軋むような感覚を感じながら、ゆっくりと、殊更にゆっくりと、訓練場を進んでいく。普段の遊歌からは想像できない暗雲立ち込める様相に、観客組も遊歌をじっと見つめる。

 誰も口を開こうとしない中、一番遊歌との付き合いが長いレイズがぽつりと言葉を零す。


「……駄目だ」


 そんなこと、言葉に出すまでもなく皆が分かっている。が、それを思わず口にしたということが、事態の重さを物語っている。


「かれこれ、遊歌と十年以上つるんでいるが、あいつがあそこまで落ちているところは見たことがない。中学の時ですらもう少しマシだったぞ……!」


 拳を震わせながら遊歌の異様さを語る。いや、語らずにはいられなかった。


 狂気に囚われようすら見える今の遊歌は非常に危なっかしい。何を起こすか、何をしでかすかがまったく読めない。レイズは遊歌の幼馴染として、遊歌が目を覚ました時にその場にいなかったことを激しく悔いた。


 あの時、遊歌に何があったのかは誰も知らない。昨日から今日にかけて、ここにいる面々で遊歌と顔を合わしたものは一人としていないからだ。

 誰が、何を言ったのかは分からない。それにしても、遊歌がここまで他人を拒絶することは初めてだった。レイズが言ったように、中学の時の荒れていた遊歌でさえ、レイズなどの友人には普通に接していた。


 その遊歌が他の一切を断ち切っているということは、言葉にもならない異常、非常だった。


「ねえ、ドレッド」

「あん?」

「今の遊歌と決闘したい?」


 黎がドレッドに尋ねた内容は至極普通。しかし、その言葉が孕んでいる意味はそうではなかった。


「……ぶっちゃけ、決闘にもならねーだろうな」


 そう言ったドレッドは実につまらなさそうな顔をしていた。


 ドレッドの言葉の意味を決闘にもならない戦い(・・・・・・・・・・)と捉えた黎は、ため息を吐いて頭を振った。


「レイズの言う通り駄目ね。あんな遊歌の決闘の価値なんて、ゴキブリほどにもありゃしないわ」

「み、湊先輩、どこに行くんですか?」

「適当なところで時間潰してくるわ。終わったら連絡頂戴」

「湊先輩!」


 真貴の制止も聞かずに、黎はそのまま訓練場から出て行った。元々決闘に対して興味が薄い黎に強くは言い出せず、真貴は悲しそうに瞳を伏せた。


「まあ、あいつの言う通りだ。今の遊歌は情けなさすぎる」


 陽が隣で落ち込む真貴の頭を優しく撫でる。後輩思いの陽ですら、今の遊歌は擁護しきれない。桜下がいれば何か言うかもしれないが、生憎桜下は遊歌の決闘相手。観客組に、遊歌をフォローできる者はいなかった。


 そして、訓練場の中央に立つ桜下は遊歌が無事だったことに安堵の息を吐き、遊歌の心が弱っていることに心を痛めていた。


「わざと負ける、なんてことはできないけど、この決闘で僕にできることがあれば言ってほしい」

「……何も、ねえよ……何も、何も……」


 伽藍堂の遊歌には、桜下の言葉も届きはしなかった。


「序列一位、藤原 桜下。序列十四位、坂上 遊歌の決闘がこれより開始されます」


 放送から流れる凛とした声は非情なまでに普段と変わらない。


 そして、決闘開始を知らせるブザーが鳴り響く。

 ブザーの音が鳴り止まぬ中、遊歌は小さく、力なく右手を挙げた。


「坂上 遊歌は、降参する」


 空気が、凍る。


「今、あいつ、何て言った……!?」


 レイズが思わず観客席から身を乗り出す。その危険行為に教員たちが止めに入るも、レイズは手すりからその手を放そうとしない。怒りにも似た疑問がレイズの心を支配していた。

 それは陽も同じで、陽は席から立ち上がり、怒号を上げる。


「遊歌! てめぇ!」


 観客席に座っていた遊歌を知る者たちが驚愕と怒りに飲まれる。が、今、この場で最もこの状況を、遊歌の降参を許せない者がいた。


 彼女は早足で遊歌に歩み寄り、遊歌の頬に思い切りビンタを食らわせた。


 その光景は、観客席で騒然としていた者たちを黙らせるには十分だった。


「しばらく、顔を見せないでくれ……!」


 涙を溜めて――否、涙を零しながら桜下は踵を返して控室に戻って行く。桜下の勝利を知らせる放送なぞ、最早誰一人として聞き入れていなかった。


 その場から桜下が消えて数秒、嗚咽を漏らしながら遊歌は膝から崩れた。


「だって、仕方ねえだろ……! 僕は、僕は……もう……」


 空っぽの遊歌は独り、涙を流し続けた。

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