十五話 覚醒の輝き
ドレッドは控室で息巻いていた。第二週初戦はドレッド対スサナの決闘であり、下克上をスローガンとして掲げるドレッドには、八位であるスサナは決闘相手に相応しいと言える。
逸る鼓動を落ち着かせつつ、ドレッドは控室の戸を豪快に開いた。
マンホールで目玉焼きが焼けるのではと錯覚するような気温の中、観戦組のうち、遊歌と陽を除いた全員は暑さに耐えかねて押し黙っていた。
「勝てると思いますか?」
「無理だな。相性が悪すぎる」
意気揚々と控室から出てきたドレッドを見るなり、陽はドレッドの敗北を宣言した。スサナについては他の候補者とは違い、真貴から噂を聞いていた遊歌はその術具の全容を知っている。
Lv2で気配遮断、Lv3で自身を透化する能力を持つボウガンの術具を操るスサナは、確かに近接一辺倒のドレッドを圧倒するだろう。
しかし、ドレッドはLv3として覚醒していないという可能性を秘めている。その可能性を念頭に置いている遊歌はドレッドの勝利に僅かな希望を抱いていた。
「なら、ドレッドがどういうLv3になれば勝てます?」
「んー、ぱっと思いつくのは未来予知だな。未来予知ってのは消費魔力が少ないから、あいつにも合ってる。逆に言や、それ以外勝ち筋はねえ」
ピンポイントすぎる能力を引き合いに出す。その話は決して遊歌も他人事ではない。現状、ドレッドと同じくスサナに対処法を持たない遊歌は、ドレッドのこの決闘で糸口を見つけ出そうとしていた。
ドレッドに遅れて控室から出てきた青髪赤目の少女は慣れない環境に肩身が狭そうだ。通常の中学では一般的に決闘は行われないため、こういった場は初めてなのだろう。辺りをきょろきょろと見回す不安気な姿は転校当初の真貴を思わせる。
真貴の友人のひとりでもあるスサナにとって、少なからず真貴と交流のあるドレッドと決闘を行うこの場は非常に居心地が悪かった。
「や、大和先輩っ! よろしくお願いしますっ!」
「こっちこそよろしくな。遠慮とかいらねーから、思いっきりかかってきな」
「ひゃいっ!」
盛大に噛んだことに顔を真っ赤にするスサナ。それを見てにははと笑うドレッド。
そんな平穏な空気はひとつの放送によって打ち砕かれる。
「序列十二位、大和 ドレッド。序列八位、スサナ・シリウスの決闘がこれより開始されます」
さっきまでの先輩然とした雰囲気の中に、確かな闘気を織り交ぜる。武人にも思えるその雰囲気の扱いはドレッドが生来持つ特技のようなものだ。
それを感じ取ったスサナは自分もドレッドの真似をしようと、それらしい雰囲気を纏ってみる。
しかし、それは所詮その場凌ぎの猿真似。無茶をしているということはドレッドの目にも分かった。
そして、決闘が始まる。
「S・ファルコン!」
この場にいるスサナの術具を知る者全員が予想していた通り、スサナは開幕と同時にLv3の能力を解放した。気配遮断と透化。その二つの併用は実に凶悪。音までは消せないとはいえ、めいいっぱい離れればそれも誤魔化せる。
術具の詳細な能力はともかく、大まかに想像をつけたドレッドは開幕からベルトの能力をフルで使用することは無駄だと判断しLv1で留める。
ボウガンの矢が何処から飛んできてもいいように、動きにくくならない程度に身を縮めつつ周囲に気を張り巡らせる。
第一週の初戦からは想像もつかないような慎重なドレッドに、若干予想が外れたスサナに嫌な予感が過ぎる。一度頭を振ってその予感を振り払いつつ、ドレッドの背後からボウガンを速射する。
スサナの持つ速射の技術にLv1の能力である矢の加速が加わり、矢は音にも迫る速度でドレッドの右アキレス腱を狙って直進する。
残り数メートルというところで、ドレッドのベルトが淡い輝きを放った。
「その辺か」
その声が聞こえた時には既にドレッドは地を蹴っていた。
矢は地に突き刺さり、スサナのこめかみの数センチ横を何かが掠めた。風を感じた瞬間、背後から岩が崩れるような音がした。
恐る恐る振り返ると、抉れた訓練場の壁と首をかしげるドレッドの姿がそこにあった。
「っかしーな。ここだと思ったんだが」
観客席からドレッドの行動を見ていた遊歌と陽はドレッドの不用心さに嘆息を漏らした。こういう場合は撃った直後にその場から移動することが定石。安易に隙を晒しては矢の雨に沈みかねない。
まあ、スサナはドレッドの左斜め後ろで冷や汗を流しているのだが。
(なんでこの人私の場所分かるの!?)
心の中で悲鳴を上げる。と同時に、次からは移動しながら狙い撃つことを心に決める。
一射一射毎に足を止めていたのではいつか必ずドレッドの拳の餌食になる。身体能力強化の能力を持たないスサナは一撃でも食らえば即気絶だろう。
兎に角、今はこの場から一刻も早く離れることが先決だ。スサナはドレッドから視線を外さずに、そして足音を立てないように慎重にドレッドから離れる。
壁を前にしたドレッドは壁に背を預ければ、少なくとも背後からの狙撃がないことに気付き、抉れた壁にもたれる。
それに呼応するようにベルトも光り、元の装飾へと変化する。
鬱陶しそうに紅い髪をかき上げたドレッドを注視しつつ、距離を取っていたスサナは漸くドレッドのちょうど正面にある壁に辿り着いた。
ここまで来れば流石にドレッドといえど一足では来られないだろうと踏んだスサナは走り出す。
できるだけドレッドに近付かないように、しかし大きく。
狙いを定めたスサナは魔力でボウガンの矢を番える。次はドレッドの右肩を狙って速射。
再びベルトを光らせたドレッドは正面から飛んできた矢を平然と掴み、発射地点であろう場所へ駆ける。
しかし、それはスサナの策の内。ドレッドの側面に回り込んだスサナは脇腹を狙って矢を放つ。
「おっ、と」
視界の端に矢を捉えたドレッドは危なげながらも矢を掴む。
スサナがどこにいるか分からない以上、相手の攻撃位置を追う、または予測するという手しかない。格闘戦での先読みならばともかく、予測ということが苦手なドレッドが取ることができる手は前者のみ。それでは埒が明かないということは馬鹿なドレッドでも薄々勘付いているが、それ以外にチャンスがないのだから仕方がない。
まったくもって面倒な術具だと辟易する。
方向転換のために訓練場を滑るドレッドの、さらに背後に回り込んだスサナは左腿を狙う。
「うぇ!?」
死角からの速射に、慣性に流されていることもあり行動が送れる。慣性に逆らうことをやめ、身を任せることでその一撃を回避する。
振り向いても何も見えないことを分かっていても、つい振り返ってしまう。そこに、左肩を狙うように矢が迫る。
スサナは最初の数射以外はドレッドの死角、または意識の外から矢を射っている。ドレッドの行動パターンを予測したスサナは最初の数射で気を引き、死角から射ることで次の、さらにその次の一撃が当たりやすくなるように状況を操作している。
ドレッドも次々と迫る矢に冷静さを少しずつ欠いている。これでは矢に当たることも時間の問題だろう。
「ああ、ちくしょー! めんどくせー!」
四方八方から襲い来る矢のひとつひとつを捕まえるか回避し続ける。その間はもちろん術具のレベルは2のまま。アステロイドベルトの能力は一般的な身体能力強化だが、ドレッド自身の保有魔力が少ないために実質的な時間制限がある。
遊歌の一夜蛍のように反動があるわけではないが、能力が切れればこの矢の量を凌ぎ切ることは不可能と断言できる。
スサナも決して体力が多い方ではない。女子としてはかなり多い方に区分されるだろうが、年上であり男であるドレッドには敵うはずもない。
この決闘は両者のチキンレースのようにも取れる。
その決闘を俯瞰するような視点から覗いていた観客組はドレッドの危なっかしい戦い方に安心できずにいた。
「あの馬鹿……! 相性ってもんを考えなさいよ……っ!」
「ドレッドさん、真っ直ぐですから……」
黎は猪のように矢の発射地点に突っ込んでは別の矢に襲われるということを繰り返しているドレッドに苛立ちを隠せない。
まあ、無理もない。ドレッドの幼馴染である黎は、ドレッドが昔から馬鹿正直なせいで馬鹿を見ているところを近くで見続けていたのだから。
決闘主義になってからはそういったことは少なくなったものの、こうして厄介な相手にぶつかった際に負けてしまうことが非常に多い。
黎自身は決闘に興味がないものの、ドレッドが負けるところを見るのは好きではない。
見るからに苛立ち、汗を多分にかいている黎を見た真貴がフォローを入れるも、あまり意味はない様だ。
「落ち着け。あいつは根性がある。なんとかするさ」
「そんな無責任な……」
「戦った僕が言うんだから間違いねえ」
根拠はない。しかし、ドレッドはこの状況を何らかの形で打破するだろうと遊歌は予測していた。何の対抗策も持たないドレッドだが、十二位まで上がってきた実力は伊達ではない。
遊歌を一瞥した黎は遊歌の言葉に謂れのない説得力を感じ、これ以上は何も言わなかった。
観戦組の心配など露知らず、決闘馬鹿筆頭は延々と矢を避け続けていた。
しかし、徐々に肉体、精神共に疲れが蓄積する。今はまだ大きなものにはなっていないが、これは無視できない。
「しんどいな……これ」
魔力の底を感じ始める。恐らく、このままの状態が続けばあと十分程度で魔力が切れる。そろそろこの膠着状態を崩そうと感覚を研ぎ澄ます。
それから数瞬、矢の射出位置に一歩ではなく二歩踏み込んだその時、
「いっ……! だっ!」
ドレッドの左肩に矢が突き刺さった。鋭い激痛が左肩から走る。その激痛により動きが鈍ったドレッドを、スサナの矢が追い打ちをかけるように飛来する。
矢は全部で六。そのすべてが命中することはなったが、半数が致命傷を避けるようにドレッドの体を穿つ。
「ぐぅっ」
左肩に続いて、右腿、右脇腹、左膝に矢を受けて苦悶の声を漏らしたドレッドは前のめりに倒れる。
それを観客席で見ていた黎はため息を吐いて目を閉じる。陽もふんと鼻を鳴らして椅子に背を預けた。真貴も唇を噛み、漏れそうになる声を必死に抑えている。
だが、遊歌、桜下、レイズの三人は、これでドレッドが終わるはずがないと、未だ訓練場で倒れるドレッドを見つめていた。
倒れたドレッドから遠からず近からずの位置に立つスサナは勝利を確信したのか、術具を解除しほうと安堵の息を吐いた。
ドレッドは今までに戦ったことがないタイプの魔術士だった。この学園には脳筋が多いという情報を持ってはいたが、なかなか決闘する機会がなかったスサナにとって、この決闘には大きな意義があった。
「勝者、スサナ・シリ――」
「おい……逸るなよ……!」
寸でのところでドレッドが立ち上がる。しかし、その姿はとても痛々しい。両脚を負傷してなお立ち上がるその根性気力には感服するばかりだ。
「俺は、まだ、戦える!」
それが虚勢だということは誰の目にも明らかだった。穿たれた傷跡からは血が噴き出しており、放っておけば失血死の可能性を孕む危険な状態だ。
それでも学園側はドレッドの戦闘意欲を汲んだのか、決闘を続行させる。
しかし、スサナに対する手段を依然として持たないドレッドがいくら虚勢を張ったところで、スサナに勝てる道理がない。
そんなこと、分かっている。
こうなった原因は自分の実力不足だ。逸った自分の未熟さだ。冷静に一射を放つスサナと比べれば実力も精神も負けている。
そんなこと、分かっている。
三敗すれば四天王から漏れる可能性が非常に高まる。ここで負ければ、後に控える桜下との決闘での計三敗を喫することはまず間違いない。
そんなこと、分かっている。
そうならないための方法も分かっている。単純に勝てばいい。
そこに行きついたドレッドは、同時に自身の願いの根源に辿り着く。
「戦うことが好きなんじゃねー、戦って勝つことが好きなんだ」。
「……勝つ……!」
呟くように宣言したドレッドのアステロイドベルトが眩い輝きを放つ
何もない、空洞であるはずのバックルのリングの中心部分から。
「まさか……」
思わず声を漏らしたスサナはドレッドのベルトに起こった変化が何なのかを察する。その予想が正しいのであれば、非常に面倒な事態を引き起こしてしまった。
先手を打つべく、輝きに目を閉じたままドレッドが立っていた場所に向けて一射放つ。当たりはしないだろうが、牽制にはなると放った。
光が収まり、目を開ける。予想していた通り、ドレッドはどこかに移動したようで、ドレッドが立っていた辺りの床には、小さな窪みができていた。
なれば、ドレッドは何処へ。
そう思考した瞬間に、視界の端に紅い髪がちらついた。
「ひっ」
反射的に身を捩らせる。尻餅をついたスサナの頭があった場所を唸る拳が通過した。
これは予測ではなく、確信を持っていると、スサナは直感で感じた。
「どこにいるか、いや、どこに行くかは分かってるぞ」
ドレッドのバックルに、銀河のような輝きを内包した宝石が嵌め込まれている。そして、ドレッドのこの台詞から、観戦組のうち、遊歌、陽、桜下、レイズはドレッドの勝利を確信した。
「あいつ、マジで未来予知かよ」
「らしいっつーか、なんつーか……」
自身に一番必要な能力を手にしたドレッドに、特に違和は感じなかった。ドレッドは自分に必要なものを掴み取ると、信じていたからかもしれない。
息を呑んでいた黎たちも、ドレッドがスサナに対して強力な札を手に入れたことにより、安堵の息を漏らした。特に黎はドレッドの覚醒に人一倍嬉しそうに笑みを零した。
「逃げても追う。俺は勝つまで諦めない」
「わ、私だって、負けたくありません!」
苦し紛れに矢を射るも、それを事前に視ていたドレッドは半身になることでそれを回避する。サテライトベルト改め、フォトンベルトには身体能力強化の能力も内包されている。今はそれを使って騙し騙しで立っているが、ドレッドも満身創痍に違いない。
満身創痍に違いないはずなのに、スサナはドレッドに勝てるビジョンが見えなかった。
きっとドレッドは宣言通り諦めないだろう。それこそ、最後の一滴の血を流しつくすまで倒れないだろう。
そんな未来が見えたスサナは大人しく能力を解除した。
「……私の、負け、です……」
◆
決闘の決着が着いた直後、保険医に攫われたドレッドを追いかけて、観客組一同は保健室の前に立っていた。
「入っていいのかしら……」
「遠慮なんざいらねえよ。白神がちっと騒ぐだろうが、ウザいようならアタシが黙らせてやる」
陽が物騒なことをほざく。それをあてにしたわけではないだろうが、黎は恐る恐る保健室の戸を開けた。
「……ケッ」
黎の顔を見るなり顔を歪めたその男は白神 奏。保険医に似つかわしくない不健康なその相貌に反して、こと治療に関しては日本でも五指に入るレベルの術具を持つ男だ。
白神は典型的な反リア充であり、どういう形であれ男女が揃うと不機嫌になる。
窪んだ双眸から覗く汚れた視線は相変わらずで、既に治療を終えていたのか、白神は席を立つ。
「滅びろ」
わざと黎の隣を通り過ぎる時に、聞こえるようにそう言ったのを、陽は聞き逃さなかった。
「いよう、白神ぃ。学校通ってた頃は世話んなったな!」
「……不知火か。何の用だ」
「ちょっとお礼参りさせろや」
襟元を掴まれた白神は無抵抗のまま陽に連れ去られて行った。
一連の流れを見ていた遊歌たちは自業自得だとばかりに白神に冷ややかな視線を送っていた。
候補者である遊歌と桜下はもちろん、真貴とレイズも空気を読んで、保健室には入ろうとはしなかった。
直後、黎がドレッドをビンタしたであろう音が保健室から響いた。




