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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
三章 開幕、四天王選出戦
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十四話 果てと果て

 木曜日の桜下とスサナの決闘は、開始直後のスサナの降参で終わった。


 決闘とも言えない結果に不満を漏らす桜下は翌日、遊歌の付き添いで零次と昇華の決闘の観戦に来ていた。


 一般人対名門魔術士の戦いは、既に結果が見えていると言っても過言ではない。いくら零次が自分に持つものすべてを極めていたとしても、才能に勝てるとは思えない。二人の六技能こそ見ることができないが、そういった確信が桜下にはあった。


 まあ、隣にいる馬鹿は結果など二の次だろう。


 候補者の六技能が閲覧できない取り決めがある以上、相手の情報は事前に仕入れたものか、こうやって決闘を観戦に来て得るしかない。

 選出戦開始までは自身の決闘でいっぱいだった遊歌は、二人のことを噂程度にしか知らない。大まかな戦闘法として、零次はオーソドックスな剣術、昇華は棍を使った武術だと聞いている。


 リーチに差はない。術具というものの性質上、そう簡単に斬れはしないこともあって、この戦いは遊歌とドレッドの決闘のように、二人の地力の差が露骨に表れるだろう。


 一瞬で決着が着く可能性を考えて、遊歌は訓練場の中央に立つ二人を注視していた。


「これより――」


 昨日も聞いた声が聞こえてくる。そして、数泊置いてからブザーが鳴る。


 その小さな体躯からは想像もつかないような速度で昇華は棍を突き出す。元々の長さもあり、零次の心窩に向かって刹那という言葉ですら不十分な速度で棍が迫る。


「っく」


 寸でのところで反応した零次は右手に握った武骨な刀で棍を弾く。

 それを予見していたのか、されるがままに棍を手放した昇華は零次の懐に潜り込む。棍を弾き飛ばされ、見向きもしていないにも関わらず能力が切れていない。その状況だけで、昇華の異様さが伝わってくる。


 拳を握った昇華はダメージよりも意識を刈り取ることを優先して、零次の顎をアッパーで殴り抜く。

 しかし、零次も一撃では沈まない。昇華の拳に合わせて少し後ろへ飛び、拳と顎の接触面積を小さくする。


 それでも昇華の拳の威力は計り知れるものではなく、ほんの一センチ程度の接触面積で零次の体が浮く。術具の強化がかかっているとはいえ、一五〇センチ程度の小柄な体から大地を抉るような一撃が放たれるとは到底思えない。


 零次の顎を殴るために軽く跳んだ昇華は浮いた零次の腹に前蹴りを放つ。

 くの字に曲がりながら弾かれた零次は訓練場の壁に背を強かに打ちつけ、肺の中にある空気をすべて吐き出してしまい、激しく咳き込む。


 悠然とした足取りで棍を拾った昇華はふうと息を吐く。


「つまんない」


 低いその身長から、零次を見下す。


 暗に弱いと言われた零次は嫌な顔ひとつせずに優しく微笑む。


「俺では……力不足かな?」

「有体に言って雑魚」


 歯に衣着せぬ物言いにも程がある昇華の暴言に、しかし零次は怒りの様相を見せない。


 昇華の言い分は尤もだ。昇華と拮抗した実力を持つ者はこの学園には序列第二位の岩見(いわみ) (しょう)太郎(たろう)だけ。もしかすると、昇華が不登校気味な背景にはこのことが関係しているのかもしれない。

 しかしそれは閑話。昇華の前に満身創痍で立つ零次には何の関係もないことだ。


 棍の先を零次に向けた昇華は娯楽を知らないような半目で零次に言い放った。


「つまんないから貴方で憂さ晴らしする」


 その言葉には退屈さの他に、怒りも含まれていた。


 元々静まっていた訓練場の空気が冷え切る。誰も言葉を発しないのではなく、誰も言葉を発することができない。昇華の異様な雰囲気が、そうすることを抑え込んでいた。


 観戦に入り込んでいる遊歌はまだしも、桜下は唾を飲んだ。

 ここまで歪んでいながら、昇華が社会の枠に収まっていることに違和感を覚えて仕方がない。


 棍を放った昇華は最早立っていることで精一杯の零次の腹を殴る。壁に背を預けていた零次は衝撃の逃げ場がなく、短い呻き声を漏らした。

 痛みで垂れた零次の顔面を右手で殴る。空いた心窩に左の掌底を打ち込む。壁と挟み込むように回し蹴りを腹に叩き込む。


 そうした一方的な攻撃が約一分間続き、最後に昇華が零次の顎を蹴り抜いたところで決闘が終わった。


 ふんと鼻を鳴らした昇華はゴミを捨てた後の如く清々しい表情をしていた。


 皆、一言も会話を交わすことなく訓練場から出ていく。無理もない。あれは決闘と呼べるような代物ではなかったのだから。


「東雲はともかく、下野がどういう術具かまったくわからなかったんだが」

「……あれは仕方ないよ。昇華ちゃんは脳筋の果てみたいなものだから、下野君とは相性が悪い」


 桜下は二人の術具について知っているが、取り決めによりこの程度しか口に出すことが許されない。


 あくまで零次は普通の果て。純然たる才能の前には成す術もなく敗れ去るしかないということらしい。

 遊歌はそれが他人事には思えなかった。


 普通のままで居続けるにしろ、脳筋を極めるにしろ、零次と昇華、そのどちらのようにもなりたくはないと遊歌は切に思った。


「術具自体は羨ましいんだけどな……」


 昇華の術具は恐らく、能力のすべてが身体能力を強化するものだろう。半端な遊歌からすれば喉から手が出るほどほしいものだ。


 ぶうと文句を垂れる遊歌の隣を歩く桜下は遊歌の心配をしていた。


 桜下は分かっている。今のままの遊歌では昇華に勝つことは不可能だと。確かに、遊歌の一夜蛍はLv2にしては破格の性能だ。だからと言って、Lv3全員に勝てるのかと問われれば、答えは否。相性などの問題でレイズには勝利できるが、上位互換にも等しい昇華の術具には対抗できない。


「遊歌」

「ん?」

「頑張って」

「応ともよ」





「なあ、匠。やることないか?」


 遊歌は分かっていた。自分はまだ力不足だと。決闘による成長速度が早いと言っても、その方法で強くなることは現在不可能だ。それを今日の零次と昇華の決闘で再確認した遊歌は今自分に出来ることはないかと、匠に尋ねる。


 タンクトップにショートパンツのみの匠は棒アイスを乱暴に齧る。


「強くなりたいならランニングでもしておけ。お前の技術はA相当には磨かれている。残っている課題は経験と体力程度だ」


 面倒臭そうに、しかし的確にアドバイスを送る。

 匠の言うことは決闘についてという一点においては常に正しい。先日の対ドレッドの決闘も、遊歌とドレッドを一目見ただけで決闘の経過から顛末までを言い当ててみせた。

 過去の透視でもできるのではないかというほどの観察眼を以て出された指示が間違っていたことは今のところ一度もない。


「いくら一夜蛍が強力だといっても、術士がそれに見合っていなければ意味がない。十キロを三十分以内で走って息切れしない程度に体力をつけろ」

「いやそれ、マラソン選手とかの練習じゃね?」

「それぐらいの気概でやれと言っている」


 棒アイスを食べきった匠は我が物顔で冷房の電源を入れる。あくまでも匠は居候の身であることをここに明記しておく。


「ああ、そうだ。一応誠にも師事を仰いでおけ。あれはあれで全国一の魔術士だからな」

「そうする」


 以前匠が言ったように誠は教職を勤め始めてから実力が落ちている。しかし、それでも言葉で伝えられることもあるだろうと、匠は遊歌に声をかけるように言った。


 今日は金曜日。明日学園で抽選会を行うことを考えると、誠からアドバイスをもらうのは明日でもいいだろう。


 ひとまず今日はゆっくり休んで英気を養おう。そう思って遊歌は冷凍庫にあるはずの棒アイスを食べようと、冷凍庫を開く。


「……アイス、何本食った?」

「六本」

「八本入りだったよな?」

「そうだな」


 あまりにも傍若無人すぎる居候に、遊歌は拳を握る。


「ちょっとは遠慮ってもんを考えろ!」


 怒りが頂点に達した遊歌は背を向ける匠に殴りかかる。


 もちろん、迎撃されたことは言うまでもない。


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