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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
三章 開幕、四天王選出戦
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学びの終わり、戦の始まり

 西行学園は終業式を迎えていた。総勢約千名の生徒が体育館で、まったくもってどうでもいい学園長の話を聞いている。


 否、訂正しよう。


「……くぅ……ん……」


 黒髪黒目で馬鹿面を晒している少年――坂上 遊歌はその限りではなかった。


 出席番号の関係上、比較的前に座っているにも関わらず、堂々たる眠りようである。もちろん学園長もその馬鹿面は視界に入っているが、毎度のことなので注意する気も失せている。周りの生徒も定型文のような学園長の言葉などまともに聞いている者は少なく、遊歌の居眠りを非難する者は生徒の中にもいなかった。


 遊歌のよく話すクラスメイトたちはことごとく出席番号が離れており、スマホゲームに熱中しているわけでもない遊歌が暇を潰す方法は睡眠以外に存在しなかった。


 羽目を外しすぎないようにだの、遊びだけにかまけて弛んではいけないだの、小学校から延々と聞かされ続けている台詞を聞く身にもなってほしいものだ。


「では、以上で第二四回西行学園終業式を終了します。三年生を除く序列二十位以上の生徒は体育館に残り、四天王選出戦の抽選を行ってください」


 まず三年生が体育館から出ていき、それに続いて二年一年と、序列二十位未満の者たちが体育館から出ていく。


 足音にすら気付かずに眠りこけていた遊歌は背中をつつかれて漸く目を覚ます。


「……ん?」

「貴方は、二十位以上?」


 振り返ると、セミショートの黒髪に金色の瞳を携えた、非常にちんまい少女が座っていた。


 遊歌の記憶が正しければこの少女の名は東雲(しののめ) 昇華(しょうか)。小学生のような体型をしているが、れっきとした十七歳。魔術士の名家、東雲家の出であると記憶している。


 詳細な理由は知らされていないが不登校気味だったはずだ。彼女については月に一度ほどの頻度で学校に来て、序列をちまちまと上げていた程度の認識しかない。それでも元々の六技能が高いおかげで三位にまで登っていた。


 腐っても名家。四天王選出戦には出ざるを得ないのだろう。


「今は十四位だ」

「じゃあ、貴方が坂上 遊歌?」

「そうだけど、それがどうした?」

「女の子かと思ってた」


 遊歌の額に青筋が浮かぶ。表情もぴしりと固まり、まるで石膏のように微動だにしない。


 遊歌は自分の名前を馬鹿にされることを非常に嫌う。今の昇華の台詞も、十分に馬鹿にする域にある。そもそも、クラスメイトの性別すら覚えていないということは如何なものか。


「あ、ああ、よく、言われる」


 言葉に詰まりながらも、何とか暴言を吐くことを堪えた。いくら腹が立つといえど、いきなりことを構えるのは良くないと中学で学んだ。


「やっぱり」


 それだけ。それだけ言って、昇華は遊歌から視線を逸らした。


 文句のひとつでも言ってやりたい。欲を出せばこの澄ました顔を思い切り殴りたい。しかし、それでは中学の頃に逆戻りすると分かっている遊歌は、拳を思い切り握ることで怒りを逸らす。


 これ以上昇華と相対していると何が起こるか分からないので、深呼吸してから正面へ向き直る。


「今年は参加者が六人のみということで、六人による総当たり戦とします、まず序列十四位、坂上 遊歌からくじを引きなさい」


 くじを引くのは序列が低い者から。そして、最初に遊歌が呼ばれたということは、レイズは二十位から陥落したのだろう。


 三年生は受験があるとはいえ、序列が高ければ高いほど大学受験や就職で有利になれる。影響が出ない程度に決闘することは自明の理。レイズは単純に実力不足だったということだ。


 くじで決定させるのは決闘をいつ行うかだ。夏休みをほぼすべて使って行われる四天王選出戦は毎週抽選を行い、同じ曜日の者同士で対戦相手を決める。


 これは総当たり戦の場合であり、トーナメントの場合は学園側が勝手に抽選を行う。


 全五戦の今回の四天王選出戦のボーダーはおそらく三勝二敗。そのうち一回は負けがほぼ決まっていることを考えると、負けが許されるのは一回まで。もちろん負けるつもりは毛頭ない。だが、こういう場では負ける可能性も視野に入れなければならない。


 箱の中に手を突っ込んで適当な紙を掴む。紙に書かれていたのは火の一文字。


「次、大和 ドレッド」


 ドレッドも遊歌と同じように適当な紙を掴む。


「遊歌、何曜だった?」

「火曜」

「いいねえ、楽しそうじゃねーか」


 ドレッドの手には、火と書かれていた。つまりは火曜日の組み合わせがいきなり決定してしまったことを意味する。


 遊歌とドレッド。西行学園きっての決闘馬鹿二人の決闘は非常に興味深いものだ。序列こそドレッドの方が上だが遊歌には一夜蛍がある。ここ最近は不測の事態が多く、多用していた一夜蛍は本来ならば桜下から禁止されている手だ。


 事実、学園での決闘では過去に三度しか使用していない。知る人ぞ知る遊歌の奥の手であるのが一夜蛍だ。


「楽しみは最後まで取っときたかったんだけどな」

「そう言うなよ。俺は楽しみだぜ? 何たって元八位を倒したんだからな」

「何で知ってんだよ」


 どこで聞きつけたのか、ドレッドは遊歌が陽に勝利したことを知っていた。それ故だろうか、ドレッドは遊歌と決闘することを心待ちにしていたように見える。


「不知火先輩が絶賛拡散中だぜ? あの人今知り合いに言いふらしてるから」

「何やってんだあの人……」


 陽は後輩が大好きだ。だからまあ、遊歌の成長を喜ぶ気持ちは分からないでもないが、自分が負けたことを触れ回るのはどういうことなのか。

 あの陽のことだから負けた悔しさよりも、負けた嬉しさの方が勝っているのかもしれない。


 兎に角、遊歌の第一戦の相手は悪友ドレッド。おそらくは第一週で一番の注目カードだ。それ故に本人たちのやる気も高まる。


「次、スサナ・シリウス――」


 その後も順調に抽選は進んでいき、第一週の対戦カードは火曜日坂上 遊歌対大和 ドレッド、木曜日藤原 桜下対スサナ・シリウス、金曜日東雲 昇華対下野 零次となった。


 一年生最強と名高いスサナと、得体の知れない昇華の実力が気になるところだ。

 五位の零次は万能型の術具を使う、普通(・・)を突き詰めた先の男だ。あくまで秀才である彼は、五位にまで登りつめたところで才能の壁にぶち当たったという。


 抽選会が終わり、遊歌、桜下、ドレッドの三人は体育館の出口で待っていた黎と合流する。真貴は同学年の友人と先に帰ったようだ。


「なあ聞いてくれよ黎! 初っ端から俺と遊歌だぜ! 熱くね!?」

「熱いのはあんたよ」


 黎の至極正論な返しにもまったく怯まないドレッドは熱苦しい雰囲気で、黎に嬉々として決闘とは如何に楽しいものかを熱弁している。


 そんな可哀想な黎に哀れみの眼差しを向ける二人。よくもまあこんな熱波にも等しい男と幼馴染みをやっているものだ、という一種の尊敬にも値する念が込み上げる。


 ドレッドの熱弁は担任の誠に注意されるまで続いた。





 四天王選出戦の開幕戦までにはおよそまだ一週間ある。学校に通う必要もなく、修業をするにはうってつけの期間だがしかし、匠はその一週間を大人しくしているように遊歌に命じた。

 体調の万全を期すためだということを、言われずとも理解した遊歌は大人しくそれに従った。


 真貴の誘拐事件から遊歌の強さに対する意欲は今までよりも一層強いものとなっていた。あの事件から、遊歌は強さの権化とも言うべき匠の師事を真面目に受け続けた。


 時にはストイックになりすぎて匠に怒られることもあったが、自分なりにこの数ヶ月は真貴という強い刺激があったこともあり、とても充足したものだった。


 それだけに、今の遊歌は自信に満ち溢れていた。今までにないほどの自信。何者にも負ける気がしないとまでは言い切れないが、今なら桜下以外の誰にも負ける気がしない。いや、負けられない。


 強く在りたいという自分の願いに報いるために、勝利をその手に掴むために。


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