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夜半の蛍は砕月也  作者: 白谷 衣介
二章 誰が為に
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十話 アイデンティティ

 伯父が明日来るということで、大月家に一泊することになった二人はやはり、時間を持て余していた。時刻はおよそ十五時。やることがなければ昼寝でいいのだが、人の家に招待されてまで昼寝するのも失礼かと、ただ抱き合ってゴロゴロしているだけだった。


 これでもいいことはいいがどうも貴重な青春の時間を浪費しているように思えて仕方がない。何かやることはないかと、二人はしばらく考えていた。


「決闘は……庭が荒れちゃうからなしかな」

「決闘、決闘か……決闘だ!」


 桜下の決闘という言葉に激しく反応する決闘馬鹿は何かを思いついたようで、声を上げる。


「決闘だーって、何するのさ」

「特訓だ!」





 真貴を庭に連れ出した遊歌はことの概要を述べる。


「暇だから真貴ちゃんを鍛える!」


 動きやすい服に着替えた真貴は庭に来るなりその宣言を受けた。


 簡潔すぎる理由に桜下も苦笑いを浮かべる。真貴は望むところという姿勢で、大真面目に遊歌の瞳を見つめる。


 陽は傾き始めているがそれでもまだまだ十分に明るく、夏の到来を感じさせる。同時に、快晴であるために気温も高く、立っているだけで雫が垂れる。

 程々に水分補給を摂ることも考えながら、特訓プランを組み上げて行く。


「まずは、桜下と真貴ちゃんで格闘戦をしてみてくれ」

「僕でいいのかい? あんまり格闘戦向きじゃないんだけど」

「それでも多分、互角ぐらいにはなると思う。真貴ちゃんはまだまだ経験が足りないからな。一応言っとくけど、Lv3は使うなよ?」

「分かってるよ」


 桜下の術具にも身体能力強化の能力はあるが倍率はそこまで高くない。対して、真貴は身体能力強化に類する能力がLv1とLv3に持つ。普通に考えれば格闘戦での桜下の負けは見えているように思える。が、決闘というものは経験の差が露骨に現れる。精々十戦やそこらの回数しか戦っていない真貴では桜下には敵わないだろうという判断だ。


 暗に弱いと言われた真貴はその事実を素直に受け止める。自分が弱いことは当たり前だ。ついこの間決闘を始めたばかりの十四歳なのだから。

 それでも、いつまでも甘えてはいられない。この前のような事件を一人で解決できるようにならなくてはという思いが真貴にはあった。


「じゃあ、適当に始めてくれ。僕は観察しとくから」


 遊歌がそう言うや否や、真貴は白金剣を地面に突き刺した。


 桜下がそれを見た時には既に、真貴の拳は回避不能な距離にまで肉薄していた。

 しかし、真貴の拳は、体は、桜下にあと一歩で触れようというところで微動だにしなくなった。


「ごめん。びっくりしてLv3使っちゃった」

「あ、いえ、不意打ちしたわたしこそすみません」


 反射的にLv3である支配者(ルーラー)を発動してしまった。真貴の身体能力と集中力は確かなものだということを再確認した桜下は支配者を解除し、気を入れ直す。


 体が自由になったことを確認した真貴は決闘のように一旦離れる。


「坂上先輩、合図をしてもらってもいいですか?」

「ん。じゃあ、試合開始」


 実に気の抜けた合図で二人の格闘戦は始まる。


 最初に行動を起こしたのはやはり真貴。先手必勝とでも言わんばかりの勢いだ。

 確かな速さ、確かな狙いを付けた真貴の拳は簡単に桜下に避けられてしまう。そして、隙だらけの真貴の足元を払う。


 顔面から地面に着地しそうになった真貴は咄嗟に両腕を地面に突き出して前転する。桜下は自身に背を向けた形になった真貴の後頭部を蹴り抜こうとする。

 蹴りがやってくることを察知した真貴はいつかの遊歌のように、蹴りに合わせて頭部を思い切りぶつけることで衝撃を殺すことを狙う。


「おっとと」


 さして威力の高くない桜下の蹴りは見事弾き返され、桜下はそのままバランスを崩す。その隙に真貴は桜下に向き直り、仕返しとばかりに重心の偏った左足を払おうと足を伸ばす。


「ちょっと、遅いね」


 片足のまま、寸でのところで跳躍する。二メートルほど後退した桜下は庭に刺さっていた白金剣を抜く。所有者でないために術具の能力こそ扱えはしないが、武器としては十分だ。本物の刀剣ほどの重さもないため、投擲などに利用することもできる。


 しかし、あくまでこれは格闘戦。自身の体以外の使用した攻撃はご法度だ。

 白金剣を握った桜下はそのまま真上へ放り投げる。


「ええっ!?」


 桜下の行動の意図が読めず、驚嘆の声を上げる。強化された身体能力で放り投げられた白金剣は粒ほどの大きさになる。

 それにいつまでも気を囚われていては攻撃されると予測した真貴はせめて一撃見舞おうと地を蹴る。


「え……?」


 体が重い――否、白金剣の能力が・・・・・・届いていない・・・・・・


 術具の効果範囲、もとい、魔術士の意識の外に出てしまった術具は能力を発揮することができなくなる。遊歌は一夜蛍の性質上、この制限に最も気を払っている。桜下のような、形を持たない術具であればその制限は霧散するが、武具などの形を持つ術具である魔術士はまず自身の術具を見失ってはならない。


 魔術士にとって、生身であるということは棒立ちも同然。動揺する真貴に詰め寄った桜下はそっと真貴を抱く。


「はい、僕の勝ち」


 桜下がそう言うと同時に、白銀剣へとレベルダウンした白金剣が庭に深々と突き刺さる。


 一連の戦闘を見ていた遊歌は真貴の変わらない癖を見つけた。

 以前指摘したことが治っていないということは、相当体に染みついてしまっているのだろう。この癖は長期間かけて治していかないといけないようだ。


「やっぱりまだ集中の仕方がなってないな」

「……う」


 ひとつのものに囚われて他のものが見えなくなる自分に自覚があるのだろう、遊歌の指摘に小さく声を漏らした。


「自覚があるならまだマシだ。じゃあ、次はそれを意識しながら僕の攻撃を防御するか回避してみようか」


 手元に砕月を顕現させ、白銀剣の隣に突き刺す。砕月が淡く発光しているだけなところを見るに月下蛍のようだ。


「Lv3って、使っていいんですか?」

「最初のうちは慣れないだろうし使っといた方がいい」


 強化の倍率に大きな差が生まれてしまうが、遠慮はいらないという意を込めた言葉を返す。


 月下蛍はあくまでも仮初の能力。言ってしまえば、倍率を下げた代わりに反動をなくした一夜蛍そのものだ。出力を抑えることで疑似的な能力として発現しているものの、術具の特性である能力の重ね掛けはできない。


 気を抜けば一夜蛍になってしまう能力の関係上、月下蛍は精神的に負荷が大きい。しかし、だからこそ月下蛍で戦う遊歌は、真貴の目指すべきひとつの到達点であると見た。


 深く息を吸う。深く息を吐く。遊歌の一挙手一投足を見逃さないように、気を散らす。


「攻撃する直前にどこ狙うか宣言するから、ちゃんと対処しろよ?」

「が、頑張ります」

「よし。じゃあ、()


 初っ端から遠慮も迷いもなく、後輩の頭部を蹴り抜こうと右脚を唸らせる。


 遊歌の背後にある白銀剣が輝く。形状を変えていき、豪奢な装飾が施された剣――白金剣へと姿を変える。

 遊歌の不意打ちにも思える回し蹴りに反応し、真貴はしゃがみ込むことでそれを回避する。


()


 もう一度頭。嫌な予感がした真貴はバネの要領で後ろへ飛ぶ。すると、数瞬前まで真貴がいた地面が踵落としによって抉られる。

 顔面蒼白。真貴の才能を信じているのか、遊歌はかなり本気なようである。


 爪先を何度か地面に打ちつけ、足の調子を確かめた遊歌は顔を上げて真貴を視界に収める。


()両足(・・)


 地面が爆ぜたというべきだろうか。遊歌がいた場所は表面が抉れ、土埃が舞っていた。爆心地近くに立っていた桜下はLv3、支配者の能力で自分に土埃が当たらないようにしていた。


 遊歌が最初に狙ったのは両足。遊歌の足払いを跳ぶ形で回避した真貴は、すぐさまその選択が間違いだったと気付く。

 跳び、空中に身を任せた真貴の顎を殴り抜こうと、遊歌は右の拳を握った。

反射的に両腕で防御するも、勢いを殺すことはできずに打ち上げられる。


脇腹(・・)


 打ち上げられた真貴は、再び回し蹴りの体勢に入った遊歌の目を見て戦慄する。


 目が本気(マジ)だ。


 さっき攻撃の精度や爆発からして、遊歌がこの特訓を決闘と同一視していることは確定的だ。


 できればもっと落ち着いた場で使いたかったが、仕方ない。


「来て! 白金剣!」


 真貴がそう叫ぶと同時、地面に突き刺さっていた白金剣がひとりでに宙を舞う。


 真貴のまさかの行動に目を丸くする桜下。確かに、遊歌はやろうと思えば誰にでもできないことはないと言っていた。しかし、如何に真貴の術具適性がEXと(いえど)も、これの習得には驚愕せざるを得ない。


 何と言っても、遊歌のアイデンティティのうちのひとつが失われたのだから。


 しかし、当の本人は一切動揺していない。まるで、真貴が術具制御を習得していること知っていたかのようだ。


「っく」


 真貴の脇腹を守るように飛来した、白金剣を蹴った遊歌は脚に鈍痛が走る。白金剣ごと真貴を蹴り抜こうとしたが、予想以上に真貴の術具制御力が高かった。


 隠し玉により防御に成功し、うまく着地に成功した真貴。その隣には、ロボットアニメのビットばりに白金剣が浮かんでいる。遊歌のAランク相当の術具適性でも、ここまでの操作は余程訓練しなければ習得できない。


「何だよそれ、格好いいな」


 恐らくはこの状態のまま斬撃を撃つこともできるだろう。そうなれば本格的にビットだ。


 まだ制御に慣れていないのか、苦い顔をしながら遊歌の次の動向を伺っている。

 真貴の異様な成長速度に先輩として嬉しくは思うが、同時に二つの懸念を抱く。しかし、今言っても真貴の努力を無下にしてしまいかねないと口を噤む。


「次は……どこですか?」


 気丈に振る舞う真貴は白金剣を携えながら遊歌の次の行動を待つ。

 遊歌もその気はあるのだが、如何せん白金剣がどういう軌道を描くのかが分からない。真貴が反応しなければ動かないということは分かっている。であれば反応させない、もしくは反応できない攻撃が望ましいが、そんな手は遊歌にない。


 どこまでも近接一辺倒な遊歌は飛び道具を一切持たない。まったく、見よう見真似でよくこんな芸当ができるものだ。


 狙いを付けた遊歌は次の標的を告げる。


白金剣(・・・)右腕(・・)


 脇目を振らずに白金剣に手を伸ばした遊歌の行動はいつも通り我が身を省みない、やや捨て身気味の行動だった。

 白金剣の刃を掴もうとした遊歌は、直前で前進できなくなる。この能力には心当たりがある。さっきも見た、桜下の術具だ。


 ギギギと、錆び付いた擬音でも付きそうな動きで首を捻った遊歌は怪訝な顔をする。


「ここに匠さんはいないんだから、怪我するのは駄目」


 諭すように言った桜下の言葉ではっと我に返る。普段なら匠が怪我を治せるが、桜下の言う通りここに匠はいない。暇人故に呼べば来るだろうが桜下としては遊歌が怪我をしないのならば、それに越したことはない。


 そんな桜下の気持ちを察した遊歌は力を抜く。桜下も術具を解除して遊歌を解放する。


「今回はこの辺りにしとくか」

「なら、お風呂の準備をしますね。汗いっぱいかいちゃいましたし」

「うん、お願い」





 大浴場のような風呂に、遊歌は一人で浸かっていた。

 女子組は後でいいと言われたので、言葉に甘えて先に入った次第だ。


 泳げそうなほどに広い湯船の端に、ちょこんと座る遊歌の姿はかなりシュールだ。どこを見るでもなく天井を見つめて呆けていると、不意に風呂場の戸が開かれる。


「やあ」

「『やあ』じゃねえ」


 一糸纏わぬ桜下が、入り口に堂々と立っていた。

 タオルも持たず、正真正銘の全裸。それは遊歌も同じで、むしろそれが目的で桜下は乱入してきたのだろう。


 まあ、もう体は洗い終えている。湯船にも十分浸かった。ならさっさと上がればいいだけのことだと、遊歌も遊歌で堂々と立ち上がる。


 腕を掴まれた。それはもうがっしりと。思い切り胸が当たっていることはこの際どうでもいい。遊歌は今、湯船に浸かっていたことと、桜下の全裸を見たことで非常に頭に血が上っている――逆上(のぼ)せかけている。


 ぶっちゃけもうふらふらである。


「あの、桜下……?」

「背中、洗って?」


 いろいろとまずい。全裸で互いに引っ付いていること、意識が朦朧としていること、桜下が猫撫で声でお願いしてきたこと。状況のすべてが遊歌の意識を狩り取らんとしている。


「ごめん、逆上せて……」

「なら、ちょっと外で涼もうか」


 この女、どう足掻いても全裸での密着を解かない気だ。何を思ったのか、腕を抱く力を強める桜下。もういっそ、意識を手放そうかと諦めかけたその時、再び風呂場の戸が開いた。


「混浴はご遠慮ください」


 縁だ。風呂場だというのにしっかりとメイド服を着込み、汗ひとつかいていない。鉄面皮であるその顔は、全裸の二人を見ても動じなかった。


「わっ、ちょっと、離してよ!」

「今は遊歌様がご入浴中ですので、お上がりになってからご利用ください」

「恋人なんだからいいじゃないか!」


 抱えられた桜下はそのまま縁に連れ去られて行った。


 風呂には鍵が必須かもしれないという思いを巡らせつつ、遊歌は体を拭き始めた。

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