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「……ミズの顔を潰すなよ」
ライラは念を押すようにジャスティーに向かって言った。
「どういう意味……っ」
「すみません隊長! ちゃんと言っておきます」
怒鳴りかけたジャスティーの口をすかさずルイが覆い、ライラに向かって頭を下げた。「はぁ?」、ジャスティーは心の中でルイに問う。ライラは「ふん」と鼻で笑うと、ジャスティーの前から下がり、皆の前に立った。
「おい!」
ジャスティーはルイの腹に肘を入れた。
「うっ!」
ルイは悶絶する。
バシッ!! その瞬間、足を思い切り蹴られた。ルイじゃない。ジャスティーに蹴りを入れたのはハルカナだった。
なんだよ……。ジャスティーは気が抜けた。
「ここからはもう遊びじゃない。仲良しごっこでもない。実践訓練だ。ダメな奴はすぐに降りてもらう。なぜなら、そいつのせいでこの星が丸ごと一個ふっとんじまう可能性だってあるんだからな」
ライラが話し始めたので、ハルカナはジャスティーから目を逸らし、真剣な面持ちで前を向いた。ルイもまた、ジャスティーを怒鳴りつけることなく前を向いている。
この星が丸ごと一個吹っ飛ぶ……? ジャスティーも二人と同じく前を向いた。一体どういうことだ? ジャスティーは睨みつけるようにライラを見ていた。特に怒っているというわけでもなく、集中しているだけだった。
俺の知らない間に話は進んでいたようだが、ここから先は俺もネスの人間として、ネスの存続に全てを捧げる。
「……」
ライラとちらと目が合った。一瞬だけ。すぐにライラはその目を逸らした。
「……とは言っても、基本的にはここにいる俺を含めた11人で戦うと思ってくれていい。多勢対多勢で戦うとき、個々の力よりも集の力の方が大事になってくる。今、自分の隣にいる奴を信じろ。これから敵を殺すための武器の訓練なんかもしていくが、いちばんの武器は仲間の信頼だということを覚えておけ。当然、信頼に足る人間になるには強くなくては話にならんがな」
ドクン……。ジャスティーの心臓は高鳴った。
ライラ……。レイスターやミズが一目置くだけあってかっこいいこと言うじゃねぇか。
単純なジャスティーはすぐにライラに好感を持つことができた。
「……お言葉ですが」
そこで、一人の少年が異議を申し立てるように手を上げた。
「なんだ?」
「この隊の人選は公正ではないと思います」
「……理由は?」
ライラはその少年の目をじっと見てそう聞いた。ただそれだけで、その少年の足は半歩後ろに下がった。
「じっ自分は、この隊に入るために、基礎検定というものを受けました。なのに……、何も知らない、そして、危機感や緊張感もない奴がいきりなりこの隊にいるのは納得できません!」
最後の方は叫ぶように少年は言い切った。
――ん?
「……って言われてるが?」
ライラはジャスティーを見た。
あ……、やっぱり俺?
「まぁ……、正直、言い返す言葉は思いつかない。俺だって、なんでここにいるのか……よくわからない」
ジャスティーは言った。
「バカ正直……」
ボソ、と呟くようなルイの声が聞こえた。だけど……
「るせぇ。ほんとのことだもんよ」
「じゃあなんだ? 言われた通りに思うのなら、ここから出て行くのか?」
「……」
ジャスティーは暫く黙りこんだ。
「そ……そうよ。あんた……は嫌い」
違う声も聞こえてきた。フラニー……だっけ? この喋り方は確か俺をミズから落とした奴だ。お前もこの隊にいるのかよ……。
「フラニー! あんたは関係ないでしょ!」
ハルカナが苛立ってフラニーを怒鳴る。ジャスティーは冷汗をかいていた。
なんか……、これ、この状況。俺のせいなの?
「ジャスティー、お前に聞いてる」
そのライラの一言で、みんなは黙りこみ、ジャスティーは11人全員から一斉に視線を浴びた。
「……ここにいたいです」
本当のことしかジャスティーは言えない。
「……じゃあ、ここにいろ」
ライラはあっさりとそう言った。ジャスティーは少し間抜け面をする羽目となった。
「なっ……なぜですか!?」
最初に異議を申し立てた少年がライラに食らいつく。
「レイスターが言ったんだ。だからこいつはここにいる。ここにいる力があるってことだろ。俺はレイスターを信じているからな」
「う……」
その少年は口をつぐんだ。そして、ジャスティーを睨みつけた後、「わかりました」と言って下がった。
絶対納得してねぇじゃん、その表情……。ジャスティーは苦笑いをしたが、そりゃそうだよな、と素直に思えた。
「まったく……、仲のよさそうな隊だな」
ライラはため息混じりに言う。
「俺が言ったことわかってんだろうな。下らんプライドは捨てろ。その所為で死ぬことになるぞ」
全員がその言葉に気をはった。「死ぬ」。
「改めるぞ。俺はライラ・ロイド。この第一部隊隊長だ。俺の言うことに従え。責任は俺が持つ」
「はい!」
全員が声を揃えて素晴らしい返事をした。
「右から順次、一歩前へ出て名前」
「はい! バインズ・ジョー」
「ランドバーグ・グロス」
「マナシー・エメラルド」
3人の少年がキリっとした表情で名を述べる。そこには俺を睨みつけた奴もいる。
「アリス・フランです。よろしくお願いしますっ」
そこで一度膝が折れそうになった。この場にそぐわないふわふわとした雰囲気が流れた。
「アスレイ・レイ」
「同じく、シスカ・レイ! お願いします!」
元気のいいハツラツとした声が響く。レイ兄弟。兄は静かで弟は元気。絵に描いたような真逆の性格をした兄弟。
「ミレー・コーラン」
「ふっ、フラニー、フラニー……ユン……。ユング……ベ」
「ハルカナ・ライトです!」
おい、ハルカナ、それは酷いぞ。
「ルイ・ウォーター」
そこで間が空いた。あ……。
「あ、ジャスティー! ……です。よろしくお願いします……」
尻すぼみながらジャスティーは自分の名前を言った。
「……よし。お前らは、今日から運命共同体だ」
ライラは言う。
「はい!」
みんなの返事は素晴らしいが、内心は知れたもんじゃない。だけど、知っていけばいいだけのことだ。ジャスティーは単純にそう思っていた。
「なぁ、なんでこんなことになってるんだ?」
ジャスティーはハルカナとルイに向かって言った。
初日は簡単な説明で実践訓練は明日からということだった。ジャスティーは少し緊張の解けた様子で2人に話しかける。
「できることなら、きっとジャスには参加してほしくなかったのよ」
「え?」
「親バカだもんね、総長様」
「総長様ってレイスター?」
ルイは頷いた。
「なんで?」
「そりゃ、親バカだからさ」
「そんなん理由にならねぇぜ。お前らはちゃんと知ってんのに、なんで俺だけ知らないんだよ。それに、どうせ知ることじゃないか!」
ジャスティーは拳を振り上げて立ち上がった。
「……止められると思ったのよ、わずかな希望もあった。私たちは、一応の態勢を整えるために集められていた。大きな情報はパニックを引き起こす。でも、何人かは知っておかなければならない」
「それがお前ら?」
「何怒ってるのよ! レイスターもミズも、できることならここにジャスを連れてくる日なんて来てほしくなかったのよ!」
ハルカナはいじけたような幼稚な表情をするジャスティーに向かって真剣に怒鳴った。ジャスティーは少しハッとする。緊張感のなさは、ジャスティー特有のもののような気がした。みんな、ピリピリしてる。
「嘘だ。この星一個飛ぶんだぜ。対策は早い方がいいだろ。止められる希望なんてあるはずないんだ。なんで俺が最後に知らなきゃいけないんだ。いちばん近くにいたのに。何かできることがあったはずだ」
ハルカナとルイはお互いを見合って肩をすくめた。
「私たちだってね、聞かされてただけで、実際はまだ何もしてないよ。ありきたりなトレーニングはしてたけど」
「?」
「だって、とてもじゃないけど手伝えない。あんなもの、どうやってつくるのよ」
ハルカナは視線を戦艦へと向けた。そしてその砲台を睨みつける。
「私たちは、平和に暮らしてた」
「暮らしていいはず」
ルイも言った。
「コウテン星はね、一瞬で人を殺せる道具がごまんとあるのよ。あんなのまだおもちゃなの」
「なんだって!?」
ジャスティーは叫んだ。
「でも、大丈夫。ミズがなんとかしてくれる」
「ミズ?」
「そう、ミズは、ミズだけはわかってる。私たちの知らないこと。電気屋と一緒にすごいものつくってる。希望なのよ」
ハルカナの顔は穏やかなものとなっていた。ジャスティーはその顔に少し見とれる。そしてハルカナの視線の先にはミズがいた。ジャスティーはミズの部屋にあるおびただしい量の本を思い出していた。ジャスティーには到底理解できなかったもの。ミズの頭の中には、あの大量の本の知識がつまっている。
「ミズ……」
ジャスティーは呟いた。
「ジャス、もう一度、この星でなんにも考えずに、ただ走り回って遊ぶ日が来ればいいね」
ハルカナは言った。ジャスティーはその悲しげな表情を見た。
「明日も遊べるだろ」
「ジャス……」
ルイが力なく言う。
「慰めじゃない。この星が終わることなんてあるはずない。だから、明日だって普通に生きていていいんだ」
まだ来ぬ未来に怯える必要なんてない。ジャスティーの目には強い決意がみてとれた。この星を、諦めない。