2.レジスタンス(1)
2.レジスタンス(1)
急に未来へ飛ばされたみたいだった。
俺のイメージとは違う。未来ってのは、地下へと潜るものじゃなくて、天へと羽ばたくものだ。地上の下には、死んだ悪人が苦行をする「ヘル」ってのがあるだけで、地下へと続く、新しい世界なんてあるはずないんだ。
「なぁ! 俺には全然わかんないんだけど!」
ジャスティーは階段を降り続けるミズの赤いマントに向かって言った。
「……すっげーって、興奮してはしゃぐだけかと思った」
ミズは、意外だったジャスティーの反応に少し不満そうだった。
「こんなとこ、今まで隠して……」
「隠さなきゃいけない」
ミズの厳しい声に、ジャスティーは一瞬で黙りこんだ。
「何も知らねぇ奴が口出すな」
そこにライラの声がした。
「なんっ……」
ジャスティーはカッとなる。
「待て」
ジャスティーが怒鳴る前に、ミズは素早くジャスティーの前に手を出しそれを止めた。
「ライラ、ジャスが何も知らないのは、僕とレイスターが何一つ話してないからだ。ジャスの無知は僕たちのせいだ」
ミズの厳しい口調は、今度はライラへと向かった。
「……お前らは、家族みたいなもんじゃねぇのか」
ジャスティーの目から見て、なんだかライラは不機嫌そうだった。きっといつも不機嫌そうにジャスティーには見えるのだろうけど。
その問いに、ミズは何も答えなかった。
「……レイスターのせいか」
ライラはそう言うと、溜息をついて、少し距離の開いてしまったレイスターの元へと飛ぶように駆けていった。
「?」
ジャスティーは混乱した。何がなんだかわからない。ここはどこだ?
「地下レジスタンス」
ミズはそのジャスティーの心を読んだかのようにそう言った。
「レジスタンス?」
「抵抗するぞ」
「ミズ……」
ミズの目は冷たく燃えていた。その目はジャスティーをぞっとさせるような恐ろしい目だった。
「ジャス、来いよ。お前にだけ教えてやる」
次の瞬間には、ミズはいつもの優しい目に戻っていた。
お前に『だけ』っていう言葉はジャスティーにとってすごく魅力的だった。そして今の状況を考えてもうれしくてしかたなかった。ジャスティー『だけ』が知らなかった秘密の要塞。
でも、本当に? ミズ。ここにミズと俺だけしか知らない場所なんて存在するのか?
「つまり、僕だけの秘密のものだったって訳だ」
ジャスティーの考えをまたまた見透かしたようにミズは言った。そして、永遠に続くような階段から脇道にミズは入った。
「リフトとかいるんじゃないの?」
ジャスティーは階段を一歩降りたときからそう思っていた。
「もうすぐできるよ」
俺が思いつくようなことをミズが思いつかないわけないか、とジャスティーは思った。
「レイスターからもだいぶ遅れをとったことだし、また怒られるのなんて御免だよな」
ミズが言った。
「あっ! マジだ。今日何回怒られればいいんだよぉ。ミズ、やっぱ寄り道はいいよ」
「バカ。だから近道に決まってるだろ」
狭い脇道をさらに曲がると、行き止まりの通路の下に、スチール色で四角く区切られてある箇所があった。ジャスティーはそれを見た瞬間、嬉しさよりも不安な気持ちの方が勝った。ミズはその鉄板の前に座り込むと、細い取っ手のようなものを取り出し、鉄板にくっ付けた。磁石のように取っ手は吸い込まれているようだ。そして、その取っ手を掴み、持ちあげ、鉄の扉は開かれた。
風が勢いよく下から上へすり抜けていく。上からのぞき込む限り、底なしのように思えた。暗くて狭い。ミズはその底なしの扉の先を覗き込むと、薄らと口に笑みを浮かべた。
「取っ手を……」とミズが言いかけたので、「取って?」とジャスティーは言って、さっき鉄板を開けた時に使った磁石みたいな金属の取っ手をミズへ渡した。ミズは一瞬、ジャスティーの顔を見て真顔になった。
「あ、ダメだった? 取ったら」
ジャスティーはその表情を見て焦る。
「いや……、取れたのか?」
ミズはまだ固い表情を崩さずに聞いた。
「すっげぇ力入った」
ジャスティーは真っ赤になった手をミズに見せた。でも、取れないわけないし、秘密の通路に取っ手を残すなんてバカなこともないだろうと思って、ジャスティーは思いっきり引っ張り取っ手を引っこ抜いた。
「……バカだな、ジャス。これで磁力を中和するんだよ」
取っ手を取る取っ手? どんだけ面倒なんだ。
「ふーん……。でもそれをミズだけが持ってんならさ、ミズしかやっぱりこの通路は入れないってことだね」
「そのはず……」とミズは呟いた。ジャスティーにその声は聞こえていなかった。
「行くぞ!」
その声ははっきりと聞こえた。「うわっ!!」
ジャスティーはミズに腕を引っ張られ、抱きかかえられるような状態になった。そしてそのまま倒れ込むように鉄の扉の中に入った。そしてそこはまさしく、ダクトシューターのような垂直に落ちていくただの穴だった。
ジャスティーは必死にミズにしがみつく。「うわっ! わっ!」
落ちる! 死ぬ!
「しっかり掴まってろよ! 死ぬぞ!」
ミズはそう言って体を反転させた。そして、閉じられた鉄の扉に向かって黒い銃を構えた。ジャスティーはその行動にぎょっとした。
パシュッ……
その銃から発射されたのは弾ではなく、銀色に光るワイヤーだった。パンッと音を立ててワイヤーの先端が鉄の扉に当たったのがわかった。はっきり言って、音でしか状況がよくわからない。ここは真っ暗だ。だけど、ただ落下していたジャスティーたちは、反動により今度は上へと跳ね上がった後止まった。
「……はぁ……」とジャスティーは声を漏らした。クスッとミズは笑った。
「ここからはちゃんとゆっくり降りれるよ」
ミズはそう言うと、トリガーでワイヤーを調節しつつ、スムーズに、最も適しているであろう速度で地面へ降り立った。
「ジャス、着いた」
ミズはトリガーを二回引いてワイヤーを戻す。
「ジャス?」
ジャスティーはミズの背中にへばりついたまま動けないでいた。
「もしかして……」とミズが言った。
「うるさいな! てか、どんだけ地下……」
ジャスティーの腰は抜けきっていた。「ははっ」と無邪気に笑うミズは、ジャスティーをそのままおぶった。
クソー……、ジャスティーは唇を噛んだ。
「いや、安心した」
ミズが言った。
「何が?」
「お前が腰抜かすような奴で」
「なんで? 失礼じゃない?」
しかも逆だろ、腰抜かす奴がミズの言う『抵抗』なんて出来るのか? ジャスティーは落ち込んだ。
秘密の通路から降りた、というか落ちたジャスティーたちは、細い通路を抜け、どこか広い通路の脇道から再び出てきた。正規ルートに合流したということだ。
そこに、ひときわ目立つ大きな黒いゲートが見えてきた。目的地に到着したということが一目でわかった。そのゲートの横に木の葉のようなマークと数字盤がある。
「ミズ」
ミズはその木の葉マークに向かってそう言った。
『後方異物発見致しました』
「ジャスティー、カードの一枚」
『了解致しました。認証完了』
後方異物? って俺? ってか機械が喋った!? 戸惑いは、ここへ入ってきた時から途切れずジャスティーにくっついている。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
大袈裟な音を立てて、黒いゲートは開く。