19.第二幕の始まりだ
19.第二幕の始まりだ
コウテンの軍事塔では慌ただしく人が動きまわっていた。ここ最近確かに平和ボケとも思えるような環境だった。蛮族に対しても『慣れ』というものが出てきた矢先のことだった。
「なんだってこんな時に! 迷子船じゃないのか!?」
アヴァンネル騎士団、白のナイト、コーネルは急いで軍用飛行ゲートへと向かっていた。
「……だといいけど、そんなもの来たためしがない」
白のビショップ、リアもまたその隣を走る。
「ケイト団長に連絡は?」
「そっちでどうにかしろって。蛮族戦も一筋縄じゃいかなそう」
「くそっ」
コーネルは苦い顔をして吐き捨てるようにそう言った。
「まぁ、こっちはすぐに終わるだろうがな」
「……だといいけど」
リアは抑揚なくそう言った。
「お前なんなんだよ、さっきから! 今から人間を撃ち落とすはめになるかもしれないんだぞ!?」
コーネルはリアの淡々とした口調に苛立ちを隠せなかった。
「それが何? 蛮族だって人間には違いないのに」
「……」
リアのその言葉は核心をついていた。コーネルは正義感の強い男だ。コーネルに1つの大きな問いをリアは投げかける。
「それに、まだこの目で見るまでわからないでしょ。焦ってとちらないでよナイトさん。私、あまり実戦は得意じゃないのよね」
「あ、当たり前だ」
コーネルはそう言うと走りだす。立ち止まってしまっていた。
「言ってたじゃないみんな。コウテンよりも発展している星はない。この宇宙には、コウテン以外ないも同然だって」
リアは意味深に話を続ける。コーネルは黙ってそれを聞いていた。そう、そのはずだ。コーネルは特に反論することもなかった。
「宇宙は広いのに」
「リア……、白のビショップの素質として勉強熱心なのは知ってるが、それはどういう意味だ? わかるように言ってくれないか」
「私たち、少し調子に乗りすぎかもしれないわよ。まるでこの世の神みたいに振る舞って」
「……リア、団長の言った通りだ」
コーネルは再び足を止めてリアと向き合う。
「何よ」
リアは少し目を細めた。
「喋りすぎだ。気味が悪い」
「……失礼な男」
目的地には着いていた。リアはコーネルに背を向け離れる。
「リア様! 全機揃ってます!」
「そう。じゃあ早速出るわよ。ルーク隊は蛮族戦でいないし、私たちはナイト隊の援護ね」
そんなリアの後ろ姿を、コーネルは暫くの間見つめていた。
「コーネル。空域防衛線にいるポーンたちも含め、あなたが指揮官よ」
「……お前の隊の援護なんていらないよ」
自分にもわからない怒りが湧き上がってコーネルを包んでいた。知らず知らずのうちにでてきた言葉はリアに対する敵意が込められたものだった。
「あら、それは頼もしい」
それをさらりとリアはかわした。
「ナイト隊! 発進準備! どこの誰だか知らんが、コウテンに喧嘩を売るとはなんたる愚者だ! 一気に片をつけるぞ!」
コーネルはその怒りをぶつける相手をまだ見ぬ侵入者へと切り替えた。
一方、キングとクイーンの塔もまだその急報に揺らいでいた。
「団長! 俺らも行かせてくれ!」
アザナルが黒のルーク、団長ザルナークに食ってかかっていた。
「お前は城内の警護だ!」
ザルナークは有無を言わさずアザナルを退ける。
「こんな内側に来るわけないだろ! 白の騎士団頼りかよ!」
「アザナル! 白の騎士団には白の。黒の騎士団には黒の、それぞれの役割があると言っただろ。黒の騎士団はキングとクイーンの護衛だ」
「つまんねぇって言ってるんだ!」
アザナルの本音がそこで出た。
「忘れているようだが、あくまで白は先発隊だ。内側が戦場にならなけりゃいいな。すでに蛮族戦が始まっている今、蛮族以外から攻められたことのないコウテンは、全く新しい未知の危機にさらされていると知れ。軽率な行動は慎め。単独で行動するな。黒のナイトとしての役割を果たせ。出番がないならないにこしたことはない。いつからそんなに戦争を好むようになった。お前は仮にもイリスの婚約者を名乗る者なんだろう? 器がたりんぞ。笑わせる!」
ザルナークはアザナルに厳しく言った。その顔もまた険しかった。滅多に見せない表情だ。何か大きな意味を感じた。いつもと違う。アザナルは沈黙した。
「ナイト隊もすぐに動けるよう準備しておけ。私の指示があるまで勝手はするなよ」
「……はい」
アザナルはそう言うと自分の持ち場へと向かった。
ウィィィーン、ウィィィーン。
機械音が鳴る。
ガシャ、ガシャ、ガシャン。
様々な機械音が。
城壁に備え付けられてある対空砲は、首を回して異物が飛んでこないか見張っている。いつもより軽快にその首は回る。準備運動をしているようにも見えた。
誰が何を狙ってんだ。
アザナルは靴音のしない絨毯をどかどかと勢いをつけて歩いていた。それでも靴音は響かない。
「……ふん、こりゃあ……不用心だな」
アザナルはふとそんなことを言った。靴音のしない廊下。こっそりと、背後を狙われてもおかしくない。
「まぁ、不用心にもなるよな。ここはコウテン。警戒態勢に入れば、この城は完璧なる要塞と化す」
「アヴァンネル様……」
ザルナークがキングの部屋へと入り跪く。
「……うずく」
アヴァンネルは左目の眼帯の上から目を強く押さえつけていた。
「数少なき昔馴染みよ」
「はっ」
「私の家族を守れ。私を優先するな」
「そっ、それはっ……」
ザルナークは伏せていた顔を上げる。
「それは……」
言葉は続かない。
「二度と、同じ悲劇は起こさせぬ」
アヴァンネルは眼帯を外し、真っ直ぐにザルナークを見た。
「信をおける昔馴染みにしか頼めぬ仕事だ」
「……、必ず」
ザルナークはそれを言う他なかった。そしてそのまま部屋を後にした。
「ナイト隊にキングを守らせろ」
「えっ? あいつの隊ですか? なぜ! キングの警護は我々じゃ……」
ザルナークの隊員たちは解せない顔をした。
「キングのご指示だ。我々は、王妃と王子の護衛だ」
「えぇ?」
「ふ抜けた顔をするな! ある意味いちばんの重圧がある。この任、しくじったらキングが黙っちゃいない」
ザルナークはしっかりとそう言った。確かなことだ。
「わ、わかりました」
そのザルナークの言葉と表情に不安を感じ取った隊員たちは気を引き締める。今、この星で何かが動きだそうとしている。それはもしかして大きなものかもしれない。それぞれが一抹の不安を胸に抱いていた。
「できすぎだ……」
ザルナークは呟く。このタイミング。蛮族の総攻に合わせ突如現れた不審機、双方からの攻撃。この、タイミング……。何事もなく、我々黒の騎士団の出番がなければそれでいいが……。
「ナイトはイリス様の護衛の方がよろしいのではないですか?」
そのうち1人が言った。
「……、いや、私情は持ち込ませるな。それに、キングの方がでかい仕事だと言えばあいつは納得する」
ザルナークは少し笑ってそう言った。
皆が疑心暗鬼で動く中、この男だけは確信していた。
「……来るぞ」
そう呟くのは、コウテンのキング。全宇宙の頂点であるはずの男だ。
「第二幕の始まりだ」
珍しく血走ったその目の片方には、くっきりと深く傷跡が残っていた。
読んで頂きありがとうございました!
いうなれば長いプロローグが終わりまして、次から本編の始まりです。
出来る限り、早く続きを書き続けていきます。お気に召して頂けたなら最後までお付き合い下さい!(先は長いですが……)
では、次はep3で!