18.最後の団らん(2)
18.最後の団らん(2)
待って、待って……。どうして私を置いていくの? 私のことはもうどうでもいいの? 私にだって何か出来ることがあったはず。どうして何も頼ってくれなかったの? ずっと、昔っから、私たちで防衛団をやってきたのに! ひどいじゃない……。
「レイスター!!」
アスリーンは自分の赤いマントを着て、初めてネスの地下基地へと足を踏み入れた。レイスターはちょうど、スペースシフターに乗りこむため、搭乗階段へと足を一歩かけたところだった。
「アスリーン?」
呆気にとられた顔をしていた。それを見たアスリーンは歯が鳴るほどの怒りを覚えた。力強く近づいていく。
「レイスター!」
「どうした?」
「どうしたじゃないでしょ!!」
パンッ! その音はよく響いた。そしてその音はみんなの動きを止め、静寂を生みだした。
「総長が……」
皆がポカンとする。
「こら! 動け!」
「はっ、はい!」
ミズはその静寂を一瞬のもので終わらせるよう怒鳴った。皆は最終準備に入る。
「まったく……」
ミズはレイスターとアスリーンを見てそう呟いた。
「そりゃそうだよね……。ほんと、レイスターって不器用だな」
ミズもまた、アスリーンの顔を遠目で暫く眺めた後、自分の仕事にとりかかった。
「なっ……、何をする……!」
レイスターの呆け面は直らない。
「何をするじゃないでしょ……っ。バカ……!」
アスリーンは言った。その顔はまるで鬼のようだった。
「何を……泣いている?」
泣きっ面の鬼。
「このまま黙っていなくなるつもりだったの?」
「……。言ってただろ、ずっと。お前にはもう10年前からこの日が来ることがわかってたはずだ」
「だからって! 何も言わずに私だけを置いていくことなんて許さないんだから! だいたい……、どうして私が外されてるのかもわからないわよ! レイスターの補佐ぐらいできるわ! ずっとやってきたし!」
アスリーンの勢いも虚しく、レイスターは相変わらず冴えない顔で俯いていた。
「いいわよ! 私だって乗ってやるんだから……!」
アスリーンはレイスターを押しのけてスペースシフターに乗ろうとした。
「……何よ」
アスリーンは言った。
「その手を放して」
レイスターは下を向いたまま、アスリーンの腕をつかみ、その足を止めた。
「悪かった……。余裕がなかった」
そして俯いたままそう言った。
「……っ、さよならも言わせないつもりだった? 私のこと忘れてたっていうの!?」
「忘れたことなんてない!」
レイスターは顔をあげて、アスリーンを見つめた。アスリーンは、そのレイスターの顔を見た瞬間に頭の熱が冷めた。
「……お願い。連れてって」
目を潤ませ、アスリーンはレイスターにお願いごとをした。返事はかえってこない。そもそも、連れていく気がないことぐらいアスリーンにだってわかっていた。だから、願った。
「……お願い」
「アスリーン……。お前には、ずっとここにいて欲しい。ネスに帰ってきたとき、お前がいないと嫌だ」
レイスターは真剣な顔でそう言った。
「何それ……」
「俺たちが留守の間、ネスを頼めるのはお前しかいない。お前しかいないんだよ」
「……」
アスリーンは黙りこむ。
「ジャスやミズが帰ってくる星には、お前がいないとダメだ」
レイスターは続ける。
「帰る場所を思い浮かべるとき、ネスの大地と共にお前の顔を思い浮かべると、絶対に帰りたいって思うから……」
レイスターは力なくそう言った。全てを失うことなんてできない。もし、俺が死んだとしても、アスリーン、お前がいるならネスは大丈夫な気がするんだよ。
「そんなこと言われたら……」
アスリーンの顔はぐちゃぐちゃになっていた。今抱えている感情も、なんと表していいのかわからない。嬉しいのか、悲しいのか、もうわからない。
「私はここにいるしかないじゃないの!」
アスリーンは結局そう言って泣いた。
「ははっ……」
それを見るとレイスターは安心してなぜか笑ってしまった。アスリーンはそんなレイスターをキッと鋭く睨みつける。
「俺たちがいない間、ネスのこと頼むな」
レイスターは微笑んだ。そしてアスリーンの頭に手をやる。
「……レイスター……」
アスリーンは呟く。
「アスリーン! こりゃあ久しぶりだぁ!」
空気の読めない電気工が満弁の笑みでアスリーンに声をかけた。
「……」
無言の笑みでアスリーンは電気工に向き直った。
「お別れの挨拶で?」
「ええ……実に、まったくその通りよ」
なんか怖いな……。電気工はそれだけはきちんと感じ取った。
「ふふっ」
相変わらずレイスターは笑っていた。
「俺が留守の間、この基地の代理責任者としてアスリーンが来てくれた。やっと出番だな、アスリーン。皆を頼むよ」
「……なっ!」
アスリーンは素早くレイスターに異議を唱えようとした。
「おお! そりゃ心強い。ネスの防衛団にはアスリーンがいてくれなきゃな。なんたって、親父さんは防衛団の団長だったんだから」
「……」
アスリーンはそれを聞くと黙りこんだ。そう、私のお父さんがネスの防衛団をつくった。そして、その後をレイスターが継いだ。お父さんは幼くして死んだから、私はよく覚えてない。だけど、たしかに防衛団に所属することで、傍にお父さんを感じてた。ネスのことを愛し、活動を始めたお父さん。そのおかげで、ネスは住みやすくて、大好きな星になった。
「ネスのことは任せて!」
アスリーンははっきりとした口調でレイスターにそう言った。その時のレイスターの顔はなんとも嬉しそうで優しくて、アスリーンはムカついた。「バカ……」
『レイスター! 何してる!』
ライラの大声が無線機を伴ったレイスターのカフスから聞こえてきた。
「あっ、ああ、悪い」
「ライラっ? 聞こえるの!?」
アスリーンはレイスターの傍に近寄った。
『ん? アスリーンか!』
アスリーンはレイスターのカフスをぶんどった。
「いてっ!」
「ライラっ!」
『アスリーン、久しぶりだな。時間もないが。最後に声が聞けてよかったよ』
ライラはそう言った。アスリーンはライラが心を開いている数少ない1人だ。
「最後だなんて言わないの!」
『ああ……、だな』
ライラはふざけたように笑った。アスリーンはムッとする。
「ねぇ……」
『大丈夫だ。レイスターは俺が守るから』
ライラはそう言った。
「……」
『約束する』
「ライラ……。私の……、子どもたちもお願いよ」
『あのバカ息子か? 1人は大丈夫だろうが、バカの方はどうかな……』
「お願いよ!」
ふぅ、ライラは1つため息をついた。
『善処する』
まったく! とアスリーンは思ったが、ライラのことは信用していた。レイスターと似てる。本当は優しいって知ってる。
『早くレイスターにカフスを戻せ。ただのしばしの別れだろ』
「わかってる!」
アスリーンはそう捨て台詞を吐いてカフスをレイスターに預けようとした時……、
「ライラ!」
『なんだよ……』
「あんたも帰ってきなさいよ!」
そう言い捨てるとライラの言葉を待たずにレイスターにカフスを返した。
「アスリーン……」
レイスターは呟く。
「何よっ!」
「……いや」
レイスターは首を振って話を終わらせた。
「はぁ? 気になるからやめて!」
アスリーンはすかさず食ってかかる。
「帰ってきたら言うよ」
レイスターはそう言った。アスリーンはそのレイスターの顔に見惚れてしまった。それは、私の欲しかった言葉ね、アスリーンにはわかった。
「必ず……、必ずよ」
レイスターはアスリーンを残し、力強く階段を昇っていった。
「総長様、遅いですわよ。もういつでも発進できますわ」
ダリアが出迎える。
「ミズ」
レイスターがミズを呼ぶ。ミズは凛々しい顔でコクンと頷いた。それを見たレイスターはスペースシフターの指令室から真っ直ぐ宇宙の先を見る。
「発進ゲート全開放!」
「♠隊、全機先行発進!」
フォンフォンフォン……。スピードのエネルギー音が唸る。11機が一斉に宙に浮かぶ。
『恒緯223°恒経29° ワープ予定点座標確認』
ライラからミズへ。
「了解。誤差なし」
『行くぞ、♠……』
『わっ、間違えた!!』
『おい……』
『ちょっと待ってライラ……』
『待たん! 予定点で待つ! ♠J以外全速発進最終準備!』
『はい!』
はいって、お前ら……。ジャスティーは焦る。縦と横の座標を間違えた。
『♠隊! 出るぞ!』
よし、間に合った。ジャスティーは誤差1,2秒後に発進した。
「……。大丈夫なのか? あいつ」
その様子を見ていたレイスターは不安を隠せないでいた。
「はは……。まぁ、飛んでしまえば無敵ですよ」
ミズは苦笑いでそう言った。ジャスってば緊張感無さ過ぎ……。
「さ、僕らも出ましょう!」
そして、気を取り直して前方、スピードが飛び立った先を見つめた。
一旦さよならだ、ネス。僕の故郷……。