13.急転回
13.急転回
カンカンカンカンカン……。歪な靴音。音の響きやすい格納庫に力強くそれは響いた。
「ちょ……、ちょっと……、なんですか?」
「どけっ!」
バインズはハートを押し倒し、「♠10」の機体に乗りこんだ。
「えっ! ちょっとまだそれ……」
「うるせぇ!」
バインズはメインスイッチをONにする。『いくぞ、バカ野郎!』
「ジャス、お前の燃料はまだいれとらん!」
「わりぃ、ハゲ。少しでいいんだ」
ジャスティーはそう電気工に言うと「♠J」の機体に乗りこんだ。
「おい、なんだよ、こんな時に喧嘩か?」
「うん……、でも今のうちに、ちゃんとしとかなきゃいけないんだ……」
ジャスティーは今では少し冷静になり、そう呟くように言った。それを見た電気工はため息をついてジャスティーを見送るしかなかった。
「知ってんのか? ミズは」
「いや、でもライラにはわかってる」
はぁ、電気工はまたため息を吐いて少し燃料を入れようとした。
「いいよ、すぐ終わるから」
ジャスティーはそう言うとメインスイッチをONにした。
『いけよ、この陰険野郎』
「きゃああ!」
バインズは勢いよく飛び出していった。ハートが発進の風圧で地面に転がった。電気工が急いでハートの傍に駆け寄る。
「さっさと見せつけろ!ジャック!」
電気屋は怒ってそう言った。
「だろ? あいつは、今ここで叩きのめすべきなんだ……よっ!」
ジャスティーは周りに人がいないことを確認し、グンッと操縦桿を引くと一気に飛び出していった。
腕は変わらない。あの初心者だった頃の自分じゃない。ずっと訓練してきた。あいつの何倍もスピードに乗ったし、あいつが寝ている時だって俺は常に訓練してた。今じゃスピードだって俺の手足のように転がせる。俺が、ジャックになってもいいいんだ。そう、今、この場で俺がこいつを『越えている』ということを証明できたら、あいつを撃ち落としたら、俺がジャックになれるってことだ。バインズは本気だった。操縦桿を握る手に力が入る。
レーダーをちらと見た。そろそろ追いついて……。
しかしそのレーダーには何も映っていなかった。ん? あいつ、来なかったのか?
フオン……。
確かに音がした。バンズは目視した。自分の頭上を「♠J」が越えていった。
「チッ!」
バインズは機体を持ちあげ、フルスピードでそれを追う。手が操縦桿の下にあるボタンに触れようとするのを必死に堪える。
「ちょっと、何ぃ? 今の」
ダリアが騒動を聞きつけて格納庫に入ってきた。
「喧嘩ですよ。喧嘩」
「はぁ? ちょっと、♠10は? ちゃんとボルト入れ替えた? ハート」
……。
「だって、何を言う暇も……」
「ええっ!? またあいつ!? 機体に無理させすぎなのよ! まったく! 練習熱心もいいけど、大事なことがわかってないわ。どこかで『墜ちる』わよあの機体。ちゃんと異変に気づけるかしらね」
ダリアは眉間に皺を寄せてそう言った。
「……どうしたの?」
ミズがそこに加わる。
「ミズ!」
ダリアが頬にキスをしようとしたのをさらりとミズはかわした。
「あん」
見境ないな……。ミズは苦笑した。
「レイスターに似てきたから」
はぁ? ミズは思う。いや、今はそうじゃなくて……。
「♠の10が飛んでっちゃったのー! 劣化したボルトのままー」
「え? なんでまたこんな時間に?」
「ジャスも一緒だ。よりによって喧嘩しに行った。機体をめいっぱい無理させると思いますぜ」
電気工は「行け!」とGOサインを送ったことは内緒にしておいた。
「えぇぇ……、何やってんの、あいつら」
「ジャスはすぐ終わらせるって、言ってましたけど……」
電気工が付け加える。
「あいつの言うこと……、あてにならないからなぁ……」
がっくり、とミズは頭を下げた。ジャス、ちゃんと帰ってこいよ、お前にかかってるんだぞ。
ジャスティーは無言のまま、ただ機体を気持ちよく飛ばしているだけだった。この後ろ姿で全てを悟れ、とジャスティーは思っていた。
ジャスティーの体が気持ちよさを感じる。『乗れている』。この時のジャスティーに敵うものなどなにもない。
その時、
「うわっ!」
ジャスティーは機体を左にずらした。
『何やってんだよ!』、そしてバインズに言う。まじで撃ってきやがったな!
『遊びじゃねぇんだよ! 俺は本気だ!』
『……、はぁ、わかったぜ』
ジャスティーもまた覚悟を決めた。好きにさせてやるよ。生憎、全然負ける気しねぇんだよ。
ジャスティーは前を飛ぶ。赤いネスの光線を避けながら。なお優雅に飛んだ。赤い光線はジャスティーの操縦の上手さを証明するものにしかならなかった。何かのショーみたいだ。それは予測されたコースのように、動揺している様子もなく飛んでいた。
バインズは悟った。
……。
操縦桿から手を放し、ガツン、とレーダーを叩きつけた。
無言の時間が流れる。バインズは深呼吸をして負けを認めなければならない現状を受け止めた。負けず嫌い。ただ、それだけの情けない男だったんだ。
ピンピン……
レーダーに反応して音が聞こえた。動かない俺を迎えにきたのか? 力なくバインズはレーダーに目をやる。
「はっ、嫌みな速度……」
と、言った瞬間、もう1つの光が見えた。え? 2機?
『バインズ! 避けろ!』
え? ジャスティーの声にやっとバインズは顔を上げた。なんだ? あれ……。
バインズはやっとコックピットから速度をあげたまま自分に近づいてくる丸い物体を見た。
直線状だ……。避けなきゃ……、避け……。
『バインズ!?』
機体が動かない。
やばい……!!
『バインズ!』
ガシャン
ジャスティーは自分の機体をバインズの機体にあて、バインズを物体の軌道上から外した。「ちっ、わりぃな」。自分のスピードにそう言って、再び体勢を整える。ツタの伝道が、数本墜ちる。
『バインズ、大丈夫か?』
『バインズ!?』
『ああ! 大丈夫だ。機体の不具合だ。操縦桿が効かない。どっか壊れてる。俺はゆっくり帰る。だからお前が先に行け』
『何で?』
バインズはやはりジャスティーのことが好きになれそうにない。
『頭のネジも交換できたらいいのになぁ! あの物体はネスに向かってるぞ! さっさと戻って対応しろ!』
バインズは怒鳴った。
『ああ! そうじゃん!』
ジャスティーは急いで目的地をネスの基地に合わせる。
『ほんとに大丈夫か?』
ジャスティーは最後にもう一度バインズに聞く。機体の損傷って、どれくらいのものなんだろう? 俺もさっきぶつけたし……。
『いい!』
はいはい、ジャスティーは速度を上げ、飛んできた謎の物体を追いかけた。
レーダーには何も映ってない。1人取り残された宇宙の中で、バインズは暫く漂っていた。いや、漂わざるを得なかった。
……死ぬかと思った……。
俺は、ああいう行動がとれるのかな……、もし、仲間がやられそうになった時、ああやって、やみくもに助けることができるのかな……。
『バインズ! ジャス! 応答しろ!』
ミズの声が聞こえた。俯いていたバインズはその声に少し顔を上げたが、もうジャスティーに任せることにした。
が、ジャスティーからの返事がない。
『おい!? 応答しろ!』
あいつ……、無線切ってんのか? だからバカだって言ってんのに……。そもそも早く本部に知らせろよ……。
『こちらバインズ。申し訳ありません。あと、大事なことが。変な丸っこい物体がネスに向かって飛んでいきました。そちらで確認を』
『え! わかった。バインズ、君の機体はボルトが劣化してる。大人しく無理せず機投しろ』
『……はい』
『あのバカは?』
『?……まだ着いてませんか?』
『……バカ……』
そのミズの一言を残し、無線は切れた。